bm-koishikeribu(yui)
M-CHARI-METAL

ベビメタ小説-『チョークで書かれた道標(上)』

-2015年7月30日-


【夏企画 怖い話(チョークで書かれた道標)】

SU- 「すぅね。不思議な経験をしたのね。その話をする前に。ところで、廃墟のチョークで書かれた道標の話って知ってる?」
YUI 「え?なにそれ?また怖い話?」
MOA 「もあ、知ってる!知ってる!」
SU- 「めぐのモノマネで言うな!知ってんなら邪魔だから、あっち行け!!」
MOA 「えぇーっ、もあも聞くよぉ。怖い話大好物だし♪」
SU- 「どうせ、すぅの話の邪魔するでしょ?あっち行けシッシッ!!」
MOA 「ほら、違う話かも知んないし。いいでしょ?ここで大人しく聞いてるから。」
SU- 「しょうがないなぁ。口挿まないでね。」
MOA 「ハーーイ♪」
YUI 「えーと・・・ゆいも知ってる。・・・だから、あっち行くね。 スタコラ。」
SU- 「もあ!ゆいをドキドキ確保して!!」
MOA 「タッタッタ! やだ、ドキドキ止まんなーい!! ガシッ!ギュュュュュ!!」
YUI 「痛い痛い痛い!あっ、ちょっと幸せ。でも、痛ーーい!!」
SU- 「もあったら、相変わらずの馬鹿力ね。そろそろ、力緩めていいわよ。」
YUI 「ふぅ。圧死寸前で新しい怪談が出来る所だったYO。」
SU- 「適当なウソ付いて、逃げようとするからよ。」
MOA 「逃がさないよ、怖がりちゃん♪」
SU- 「じゃー、そのまま聞いてね。ゆいもその状態なら怖くないでしょ?話の最後まで逃がさないからね。」
YUI 「うん。もあが守ってくれてる感じで大丈夫かも。ゆいが怖くなったの感じたら、ちょっとだけギュってしてね。」
MOA 「えへっ♪それって逆に、もあのドキドキも伝わっちゃうじゃん。ギュ♪」
・・・。

SU- 「とある廃墟に由結ちゃんと最愛ちゃんと言う、2人の女の子が探検に行くの。」
YUI 「やだやだ、名前使うのやめてよぉ。」
SU- 「探検に行こうって言い出したのは最愛ちゃんだったの。ホントは怖がりなんだけど、好奇心が強くて、オバケを見てみたいって気持ちがまさったのね。近くにオバケが見れる所が無いかな?ってGoogleを使ってネットで検索したら、一つ情報がHITしたの。
   最愛ちゃんが見つけたのは個人のTwitterの情報で、そこには画像だけが貼られていたの。その画像には壁の様な物に白いチョークで

   ≪○○専門学校跡地に助けに来てね。苦しみ続けるあの子を。≫

   って書かれてあった。書き込まれたのは、今さっき。字体は若干の丸文字だから、女の子が書いたのかも。
   最愛ちゃんはこの画像がすごく気になり、この専門学校の名前で色々検索してみたの。でも見つかる情報は、そこは数年前に倒産したデザイン系の専門学校で今は廃墟になってるって事だけ。怖い話や事件があったなんて事は出てこない。でもね、なぜか最愛ちゃんはココだ!って思ったのね。」
MOA 「うん。もあでもその専門学校の廃墟を選ぶかも。」
SU- 「最愛ちゃんは、小さい頃からのずっと一緒の大親友である由結ちゃんへすぐに電話して誘うのね。」

SU- 「最愛ちゃんの親友の由結ちゃんは、すごく怖がりな子なの。だからそんな場所には絶対に行きたくない。でも、昔から無鉄砲な最愛ちゃんの誘いが断れない。いや、断らない。いざって時の抑止役は自分だって考えてるのね。使命感ってやつね。だから、由結ちゃんは悩む事無く今回も最愛ちゃんに付いて行く事にしたの。
   ちなみに、最愛ちゃんはその後もう1人誘ったんだけど、その子は用事があって行けなかったの。」
YUI 「なんか、この由結ちゃん似てるかも。」
SU- 「待ち合わせ場所に集合した由結ちゃんと最愛ちゃん。最愛ちゃんは柄物のスエットズボンにグリーンのパーカー姿、動きやすい服装となるべく目立たない色でコーデしたのね。それに対する由結ちゃんは白ワンピ。『廃墟にいる由結を他の人が見たら絶対に幽霊だって思うよ』と大笑いする最愛ちゃん。『廃墟で白なら最愛とはぐれても、すぐに見つけてくれると思って』と言いながらちょっとムクれる由結ちゃん。明るい雰囲気のまま、二人は廃墟に向かうの。」

SU- 「廃墟の専門学校に付いた由結ちゃんと最愛ちゃんは、その廃墟を眺めて息を飲むの。
   その廃墟は、取り壊しの決まった大型団地に囲まれていて、半径数100mに渡って人の気配も無くて、おまけに外灯もまばら。その廃墟から闇が放出されているかの様に暗闇と静寂が辺りを包んでた。さっきまで感じていた風もピタリと止んで、生ぬるい空気が重くのし掛かる。
   大型団地は取り壊し前の背の高い白い仮囲いで囲まれていたけど、その中心の廃墟は黄色い工事用フェンスで囲われているだけ。そして、向かって右端の箇所はフェンス同士の連結が無くブロック塀に押し当てているだけだったの。だから、グイッと推せば簡単に人1人通れる隙間が作れた。
   建物を見上げると2階のガラス窓が何枚も割れてる。その内の一枚は完全に割れ落ちているのか、窓が開いているのかポッカリ口を開き、窓の向こうに闇が溢れているのが見て取れたの。
 
SU- 「2人は、隙間から廃墟の敷地に入る前に、まず準備を始めたの。
   最愛ちゃんは、作業用手袋をはめた。手の平部分が黒い天然ゴムで加工され、手の甲部分は赤い通気性の高いナイロン素材の手袋。同じ手袋をもう一双取り出して由結ちゃんに『割れたガラスとか有ると危ないから。』と渡したの。そして、知り合いから借りた懐中電灯を握った。警備員が持つ持ち手の少し長めの黒い懐中電灯。
   由結ちゃんは夜間ランニングの時に装備するLEDライトを左肩と右手首にマジックベルトで装着した。左肩のライトで前方を広い範囲で照らし、より照らしたい箇所は右手を向ける事により右手首のライトで照らせるようにしたのね。
   最愛ちゃんは、ここを選んだ原因となったTwitterに貼られたあの画像を由結ちゃんに見せようとしたの。でもね、いくら探しても見つからない。スマホに保存したはずなのに、それすら消えているの。
   2人してペットボトルの水を一口のみ。深呼吸する。さっきから黙っていた2人だったけど、最愛ちゃんから『行くよ!』と意を決した一言が放たれた。」
MOA 「ゴクリ。・・・もあの知ってる話と違う。・・・けど。」
YUI 「・・・うん。」
・・・。

SU- 「工事用フェンス脇を通った2人は、最愛ちゃんを先頭に廃墟の正門に向かって迂回しながら進んだの。床タイルが割れてその隙間から雑草が膝丈以上に伸びてる所が結構あってね。由結ちゃんは一応サンダルじゃなくて白いカワイイスニーカーで来てたけど、スカート姿だったから迂回せざるを得なかったのね。迂回しながら進むと、建物右側面に高さ130cm程度腰壁が等間隔で並んでいるのが見えたの。その一番手前の腰壁の向こう側のガラス窓が一部分割られているのか、懐中電灯の光を反射させず、窓の向こうの闇へと飲まれている。最愛ちゃんが懐中電灯でその窓を更に照らす。そして、2人はその前まで行ってみたの。引き戸タイプのガラス窓の左のガラスはクレセント(ツマミ鍵)の部分を中心に割られてた。最愛ちゃんと由結ちゃんの二人は腰壁の天端に片手を付くとヒョイと飛び越えたの。
   中は真っ暗。最愛の懐中電灯で照らしてみる。アルミ製の机が乱雑に転がってる。職員室かな。誰かが、侵入する際に窓を割ったのかしら?そっと窓を引いてみる。ギギッ。歪んでいるのか嫌な音を立てるが開く。最愛ちゃんは力いっぱい窓を引く。ギギギギギッ。30cm程開いた。その隙間に最愛ちゃんを先頭に最愛ちゃんと由結ちゃんは体を滑り込ませたの。」
YUI 「・・・ねぇ、もあ。もうちょっとギュして。ゆい、ちょっと怖いかも。」
MOA 「う・・うん。・・・この話、なんか・・。」
・・・。

SU- 「ざっと室内を照らす。やっぱり、職員室の様だ。最愛は床を丹念に照らしたの。由結が『何してるの?』って聞くと、『床に新しい足跡が無いか見てる。変質者とかいて、鉢合わせたらイヤでしょ?』最愛は丹念に照らして床の埃の状態を確認した後、今度は部屋中を照らし始めたの。由結も一緒に部屋中を照らし始める。そして由結が、予定表を書く横幅1m位の黒板を照らした時に、『あれ?』って何かに由結が気付いたの。
   黒板の右下の端に、白いチョークで何かが書いてあるみたいだった。二人は近づいて照らしてみると。

   ≪ここを出て右に行くと階段があるよ。≫

   ただそれだけが書かれてた。
   由結は怖くてもう帰りた気持ちでいっぱいだったのね。最愛に向かって『どうしよう?』って聞くの。すると最愛が『も、もちろん階段に行くよ!』って答えてドアに向かおうとしちゃうわけ。由結は慌てて最愛のパーカーの左肘あたりを掴んで付いて行くのね。そして部屋を出たの。左は正面口、そして左を見ると闇が続いている。懐中電灯とライトで照らしながら、一歩、一歩と2人は歩き出すの。チョークの文字に従い闇に向かって。」
MOA 「・・ね、ねぇ、すぅちゃん。この話って何かに書いてあったの?」
SU- 「ううん。書かれてないよ。」
MOA 「じゃー、誰からか聞いた話なの?」
SU- 「口を挟まない約束でしょ?」
MOA 「・・・う、うん。」
YUI 「・・・ねぇ。まだまだ続くの?」
SU- 「どうだろうね。・・・続きを話すよ。」
・・・。

SU- 「右手には今出てきた職員室を含めて5つの部屋があって、通路を挟んだ左側はトイレの入り口と丸窓の付いた水色の大きな扉があった。最愛は階段にそのまま行こうとしたけど、由結が『あの大きな扉なんだろう?』と気にするので、扉の前まで行く事となったの。大きな扉の上に“Aホール”と書かれたプレートがあった。2人で丸窓から覗いてみたけど、真っ暗でほとんど中が見えなかった。Aホールに入ってみようとドアに最愛が手をかけた時、ドアノブの横に何かが書かれているのに気付いたの。由結がライトで照らすと。

   ≪むかいの3ばんめのへや。≫

   赤いチョークで、文字が書かれていた。
   由結が『3番目だって』とつぶやく。最愛が『階段より手前だね。行ってみよっか。』と動きだす。他にチョークで書かれた文字が無いか、念入りにライトで照らしながら進んで行った。一応2番目の部屋も覗こうと扉に手をかけたけど鍵がかかっていてビクともしなかった。そして、手前から3番目の部屋に辿り着きドアに手を掛ける。カラカラっとあっさりと開いた。」
MOA 「ねぇ、すぅちゃん。ちょっと震えてるけど、大丈夫?」
SU- 「うん。大丈夫。ちょっと寒気がしただけだから・・・。」
YUI 「エアコン切る?ちょっともあ離して、リモコン取ってくる。」
SU- 「大丈夫よ。ゆいは、そのままでいてね。すぅが自分でやるから。」

SU- 「3番目の部屋は、スチロールカッターとか転がってたり、切断用の機械が数台そのまま置いてあったりしたから、模型製作の為の部屋だったのかもしれない。後ろの棚には、生徒たちの作品である建物の模型が数多くの並べられいた。結構奇抜な作品や綺麗な作品といった素敵なモノも多くて、ついつい2人は作品に見入っていった。
   その作品群の中で、とりわけ目を引く2つの作品があった。その2の作品は作品群の中央に並べて置かれていた。
   一つは、近未来的なドーム型のイベントホールの模型で、黒一色なんだけど、作り込みも凄くて、通路を歩く人等細かい所まで手作りで作られている。黒いシャツに赤いスカートの女の子等服まで色付けされてた。作品の手前には説明の書かれた札があり『音の反響を考慮したドーム型ホール』と書かれると共に“金賞”と書かれたキラキラのシールが張られていた。
   そしてもう一つ。その作品もドーム型ホールの模型だった。その作品はとても前衛的で真っ赤なデザインだったが、あまりにも奇抜な作品の為、このホールで歌った場合、音響が良く聞こえるのか、多少疑問の残る作品だった。この作品も作り込みが凄くて植栽は人々まで細かく作られてた。そして同じく説明紙には“金賞”のシールが張られていた。
   そして、2つの作品の間にもチョークで書き込みがされていた。

   ≪クロヤとアカヤ、うえ。≫

   また赤いチョークで書かれた文字だ。
   最愛は『クロヤ?アカヤ?』と首を傾げながら正面の壁を照らした。

SU- 「『あっ!』二人はすぐに気付いた。正面の壁に【受賞作品一覧】と書かれた紙とその右に額に入った集合写真が貼ってあった。【受賞作品一覧】には20名程の名前が並ぶ中、一番上に書かれた金賞受賞者2名の名前と作品名を最愛は照らした。
   そこには、
   [金賞 作品「ドーム型ホール」 黒川 沙夜]
   [金賞 作品「ドーム型ホール」 赤井 沙夜]
   と書かれていた。
   『なるほどね。黒川の黒と沙夜の夜で“クロヤ”と赤い夜で“アカヤ”って訳ね。廃墟になった後にこの2人がココに遊びに来て、チョークで落書きをしてったのかしら?』最愛は腕を組み考え込む。由結は最愛のパーカーの裾を左手で掴んだまま、すごい勢いで周囲を照らし始める。
   『ん?どうしたの由結。』『いや、ちょっと周りが気になって。暗いの怖いし。えへ。』由結は無理やり最愛に笑って見せたが、暗闇の中。その作り笑顔が強烈に引きつった笑顔だった事に最愛は気付く事が出来なかった。」
MOA 「ゆい?ゆいはこの話怖くないの?」
YUI 「えっ?まだ怖いの出て来てないけど、暗い所の話ってだけでイヤだな。聞いてたらちょっと頭が痛いかも。」
SU- 「ふーん。」
・・・。

SU- 「最愛がもう一度、2つの作品とチョークの文字を照らそうと懐中電灯の明かりを下げ始めた時、パーカーの裾を掴んだ由結の手にギュっと力が入った。『ん?由結?どうしたの?』『・・・。』『どうしたのってば?』『最愛、この部屋からもう出ていい?』と言いながら、由結は最愛のパーカーの裾を引張り、この部屋の出口に連れて行こうとする。『おっとっと。由結危ないよぉ。暗い中で引っ張られたら、転んじゃうよぉ。わかったから引っ張んないで。』最愛は由結に促されるまま、この部屋を出る事にした。
   部屋を出た最愛は『急にどうしたのよ?怖くなっちゃった?』と由結を問いただした。『怖いのは、ずっと怖いけど。・・・。』と口ごもる。『で、どうしたの?ねぇ?何かあった?』しつこく聞かれ、由結は観念した様に語りだした。『あの部屋の2つの作品ね。最愛が照らす前に、由結も照らしてたの・・・。たぶん気の所為だと思うんだけど・・・。その時は、チョークの文字なんて無かった。・・・たぶん。』『えっ?』『赤いチョークの文字で目立たないから、見逃しただけかも。・・・でもね、その事に気付いた瞬間、・・・強く気配を感じたの。』『ほ、ホントに?』『・・・わからない。怖くてそう感じただけかも。でも、そう思ったら怖くて怖くて。もうあそこに居いたくなくて。』そう話す由結はちょっと震えていた。」

SU- 「その時最愛は、由結とは対照的にワクワクしていた。この暗闇の中、当然最愛も強い恐怖を感じていた。しかし好奇心が僅かに勝ってしまう。『ねぇ。由結、ここオバケいるかな?』『わからない。・・・ねぇ、最愛そろそろ』由結が帰ろうと最愛に言おうとした時。『由結、2階に行くよ!』最愛は歩き出した。由結も慌てて最愛のパーカーの裾を掴みに暗闇の廊下の中を駆け寄った。
   4番目と5番目の部屋のドアに手をかけるも鍵がかかっていて閉まってした。そして5番目の部屋の正面に、上へと昇る階段があった。それは、まるでポッカリと開いた怪物の口の様に2人は感じた。
   ふと、階段の左側手摺の下を照らすと、またチョークで書かれた文字を見つけた。

   ≪あの子は2階にいるよ。≫

   白いチョークで書かれていた。さすがの最愛もこの文字を見つめたまま、なかなか一歩が踏み出せないでいる。『ねぇ、由結。ちゃんと裾掴んでる?』『うん、掴んでるよ。』『じゃー、掴んでるその手で、最愛の背中をちょっと押して。』そして、2人は更なる闇に飲み込まれていった。」
MOA 「痛っ。」
SU- 「もあどうしたの?」
MOA 「いや実は、もあも、すぅちゃんの話を聞き始めてから、ちょっと頭が痛くて。今強くズキンって。・・・もう大丈夫。すぅちゃん続きを話して。」
YUI 「・・・。」

SU- 「2階に上がると、さっきまでいた1階と明らかに空気が違っていた。正面の突き当りは窓のはずだ。外から見えていたガラスの割れた窓がそこに有る筈だろう。大した距離ではないのに、懐中電灯の明かりが闇に飲み込まれ、突き当りを照らすことが出来ない。割れた窓が有るなら、そこから風が入り、そして建物のどこかに抜けて行くはずだ。なのに、まったく風が流れていない。空気の匂いが何年も開けられていない土蔵に入った時のすえたそれだった。手を動かすのも億劫な位に空気が重い。
   階段を上がった正面の壁にそれはあった。

   ≪ここまで、来てくれたね。真っ直ぐ歩いて来てね。≫

   白いチョークの文字だった。全身に鳥肌が立つ。最愛はそれを振り払うかの様に両腕をこすり合せた。『他にも書いてある。』由結がぼそりとつぶやき、壁を照らす。壁には消えかけた白いチョークの文字が無数にあった。奥に続くにつれ、書き込まれたチョークの文字の密度が増していく。ほとんどの文字が読めない位にかすれていたが、中には読める文字もあった。それを読みながら、一歩一歩と奥へ進む。

   ≪・・は・・、・・だと信・・・。≫
   ≪・・・・・なんて、・・ばいい。≫
   ≪・・・だって、私が最初にメ・・に・・・のに。≫
   ≪あんなに信じてた・・・。≫
   ≪・夜がいるから・・は・・。≫
   ≪黒夜と赤夜は・・・だったなんて。≫
   ≪・夜の才能が妬ましい。≫
   ≪・夜が私の邪魔を・・・なるなんて。≫

   名前に関わる部分が書き殴った様で、読めない。階段側から1つ目の部屋の前を通り過ぎ、2つ前の部屋を通り過ぎ、奥に進むにつれ文字が新しくなり読める文字も増えて行った。

MOA 「痛っ!・・・すぅちゃん、この話を誰に聞いたの?!この話・・・知ってる。いや、忘れてた・・・でも、まだ・・・」
YUI 「・・・。」
SU- 「・・・。」

SU- 「3つ目の部屋のドワの脇に、新しいチョークの文字があった。

   ≪もうおさえられない。≫

   赤いチョークで書かれた文字だった。今書かれた様な、新しい文字だった。
   白いチョークで書かれた文字は、大きさを増し、量を増し続ける。そして書かれたのもより最近へと。

   ≪あ・子が、私か・全てを奪った!≫
   ≪才能も奪っ・≫
   ≪ライブのチ・ットも奪った!≫
   ≪赤夜・何もかも!≫
   ≪本当のパパを奪っ・のは、あいつだ!!≫
   ≪なんで私が、パパに殺されな・ゃならないの!!≫
   ≪本当のパパに殺された!!≫
   ≪あいつ・私の邪魔をする!!死・でまで邪魔をする!!≫
   ≪・・ちゃんに、会いにいきたい!≫
   ≪・・ちゃんに、私・知って貰・たい!≫
   ≪私のこの状態を知って貰・たい!≫
   ≪・あちゃんが、一緒にいれてくれれば。≫

   4つ目の部屋を越え5つ目の部屋にに差し掛かる頃には、数日前に書かれた文字になっていく。その文字は、折り重なる様に書かれていた。そして、文字は徐々に落ち着きを取り戻していった。

   ≪さみしぃ!≫
   ≪ここから出たい!≫
   ≪なんでここから出れないの?≫
   ≪なんで私はここにいるの?≫
   ≪誰もいない。≫
   ≪音楽も聞けない。≫
   ≪話も聞けない。≫
   ≪・あちゃんの事を考えてる時だけが。≫
   ≪・あちゃんに逢いたい。≫
   ≪・あちゃんと話したい。≫

   誰かにすがる様な文字に、変わっていった。」

MOA 「うぅ。頭が割れる。痛い。うぅ・・・見えるよ。文字が・・・。チョークの文字が見える。」
YUI 「・・・。」

SU- 「白いチョークの文字は、泣いている様に、哀願している様に、変わっていきそして。

   ≪もあちゃんに逢いたい。≫
   ≪もあちゃんに知ってもらいたい。なにを?≫
   ≪もあちゃんに知ってもらいたい。だれを?≫
   ≪もあちゃんに知ってもらいたい。わたしを。≫
   ≪もあちゃんがここにいれば、さみしくない。≫
   ≪もあちゃんがずーといれば。≫
   ≪もあちゃんとずーと?≫
   ≪もあちゃんとどうやってずーといれる?≫
   ≪もあちゃんもわたしと同じになれば。≫
   ≪もあちゃんもわたしと同じに。≫
   ≪もあちゃんとわたしは一緒。≫
   ≪もあちゃんが一緒!≫
   ≪もあちゃんが一緒に!!≫
   ≪一緒にぃぃぃぃぃ!!!!!!!≫

   最愛と由結はもう足が動かなくなってた。完全なる静寂の中、心臓の音が鼓膜を破りそうな程鳴り響く。
   最愛の後ろでライトの明かりが動く。由結は自分の足元を照らした様だ。
   最愛も同じ様に、自分のつま先の少し前を照らした。
   そこにも白いチョークの文字が

   ≪もあちゃん、来てくれてありがとう。≫

   ・・・。
   ・・・そして。
   ギィ。
   わずかに、きしむ音が聞こえる。
   ギィ・・ギギィ。
   左の5番目の教室。
   ギィッ・・ギギィ・ギギギギッ。バタン。
   その中で、何かが壁沿いに動き。
   ガチャリ。
   ドアのカギを開ける音が。』
 
SU- 「最愛は、懐中電灯の明かりを音のする方にゆっくりと滑らせた。
   教室のドア。
   ガリ。
   ガリガリ。
   爪でドアを引っ搔く音が。
   ・・・。
   ガギギギギギッ・・・ガリ。
   音に合わせて扉が5ミリ程開く。
   ・・・。
   ・・・。
   ガギッギギギギッ・・・ガリ。
   さらに扉が5ミリ程、音に合わせて開く。
   ・・・。
   最愛はその隙間から目が離せないでいた。
   背後で、パーカーの裾を握る由結の手がガタガタを震えているを腰で感じる。
   ぼやっ、と景色がふやけて戻る。大量の涙がほほを伝いボタボタと落ちる。
   キィーーーンと、耳鳴りが鳴り響く。
   手の感覚も足の感覚も痺れて消えていた。
   これ以上ない位に強く握りしめられた懐中電灯が震え、扉を照らす明かりもそれに合わせ強く揺れる。
   その揺れる光の中。
   ・・・。
   ・・・。
   ガギッガギッギギギギッ・・・ガギッ・ガギッギギ。
   ゆっくりと、ゆっくりと、扉が、音に合わせて開いていく。
   ・・・。」

SU- 「・・・。
   闇に満ちた数センチの扉の隙間から、何かが覗いていた。
   吐き気がする程に真っ白に濁った見開かれた片方の瞳だけが、闇の中に浮かんでいた。
   ・・・。
   ・・・。
   ガギギギ・・・・がしっ。
   扉のふちに、伸びた縦割れを起した爪をもつ、白い4本の指が掛かる。
   ・・・。
   ・・・。
   地割れ音の様な、声ともいえぬ音が鳴り響く。

   ≪もぉぉーあぉぉぉぢゃぁぁーん!!!!≫

   そして、ふちに掛かった白い4本の指に力が入っていくのが見えた。

   最愛はその声を聴いた途端、喉から血を吐くような、断末魔の絶叫を耳にした。
   『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
   最愛は鳴り響く絶叫から耳を遠ざけたい気持ちになった。
   しかし、恐怖と絶望から生まれたそれは、誰の物でも無く最愛自身の口から放たれる絶叫だった。

   ドンッ!!!!

   最愛は背中を突き飛ばされていた。いきなり渾身の力で。」

煌々と光る白熱灯の蛍光灯の会議室、不意に頭上の蛍光灯がバチッと鳴りチカチカと点滅したのち再度点灯した。先ほど すぅ がエアコンを26℃と弱めに設定し直した筈なのに、鳥肌が立つほど室内の空気は冷えて肌寒い。
語っていた すぅ は深く息を吐き、口を閉ざした。そして漆黒の瞳で、由結と最愛の2人をじっと見つめていた。その眼光の鋭さはSU-METALの時のそれに近かった。
由結は最愛にギュっと抱きしめられたまま、動かない。
最愛は、由結をきつく抱きしめ、肩で息をしながらボロボロと泣いていた。ゆい を抱きしめたまま、右手の甲から肘辺りまで使い、大きく涙を拭った。そして天井を見上げ、静かに口を開いた。

MOA 「・・・体が浮く位に突き飛ばされの。目の前のガラスの割れきった窓の向こうに向かって。
   飛ばされている間は、スローモーションの様にゆっくりと時が流れた。
   今まで動かなかった手足が、バランスを取ろうと宙をかいた。そして、飛ばされながらね、最愛 は体をひねって振り向いたの。懐中電灯が動き、後ろを照らしていく。そこ照り出されたのは、両手を突き出しながら号泣する由結の姿だった。
   由結は急に叫んだの。『当たり前だろぉ――!』ってね。最愛ではない誰かに向かって。
   そしてね、懐中電灯の広い光の中には、由結の足元も照らされていたの。そこにはチョークで文字が書かれていた。さっきまで最愛が立っていた所から、ななめ右後ろの床にね。スローモーションで動く世界に身を置いていた所為か、文字をしっかりと読み取る事が出来た。文字に視線を送ったのは、ほんの一瞬だったはずなのに。そこには、こう書かれていた。

   ≪もあちゃんをたすけられるのは、ゆいちゃんだけ。
    ゆいちゃん、もあちゃんをたすけ≫

   ってね。」

最愛は此処まで話し、再び溢れ出る涙を拭った。
そして上を向いたまま、また話し始めた。

MOA 「赤いチョークで書かれた文字だったの。その文字が最愛の懐中電灯で照らされている中で更に『て』の一文字が追加で書きこまれていった。そう、文字が増えていくの。
   これを見て、さっきの由結の叫びの意味と相手を知った。
   続けて由結が叫ぶ『最愛、飛べぇーっ!先に飛べぇー!!続けて飛ぶから!!』
   最愛は突き飛ばされた勢いを殺さぬ様に床を一歩二歩と蹴りながら、更に体をひねりベランダへと体を向けながら、ガラス窓のガラスが割れ落ちた部分へ体を滑り込ませる。左手に持った懐中電灯を右手に持ち直しながら、そこから左足一歩をジャンプ気味に蹴り上げ、左手をベランダ腰壁の天端へ向かわせる。左手を天端につき、一気に体を天端の向こうの何もない夜空へ飛ばす。更に空中で体をひねり、右手の懐中電灯で由結を照らす。・・・。
   最愛は、当然由結が自分の後を追い、走って来てるって思ってたの。さっきまでの、自分の状態を忘れて。
   由結は暗闇の中、さっきと同じ場所に立ってた。なんで??って思ったけど、すぐに気付いた。そうだ、由結も足が動かないんだ。恐怖と絶望で手足が竦み、動けないんだって。
   体が自由落下し始める中で、由結と目が合う。
   由結はボロボロと涙のこぼれる瞳をニィっと細め、笑顔を作った。そして突き飛ばした格好で固まった手の指をピースサインに変えていく。由結は大丈夫!とのメッセージ代わりに。
   その瞬間!!
   白い5本の指が、由結の顔面を鷲掴みにした!!
   『由結ぃぃぃぃぃーーっ!!』と叫び由結に向かって手を伸ばす。
   届かないと分かりながらも。
   空中に躍り出た最愛の体は落ちていく、由結が見えなくなっていく。
   そして、大きな絶望を抱えながら最愛は落下して行ったの。」

最愛は抱きかかえた、由結の肩に顔を埋めた。
そして、由結の体温を感じようとした。

SU- 「やっと、思い出したのね。」
MOA 「うん、はっきりと。でもこの後の事はボンヤリとしか思い出せない。
   ・・・そう、あの後、誰かが来たんだ。黒い影が駆けつけて来た。最愛の名前を叫びながら。
   ・・・誰だろう?そして地面に叩きつけられた最愛を介抱してくれた!」
SU- 「ううん、ちょっと違うわ。叫びながら、落下する最愛はね、地面つく直前に空中で体を捻り校舎の壁を右足で蹴ったの、そして左足で着地しながら、前受け身の様に左手、左肩と地面に付き地面を1回転してスタッって立った。そして、2階を睨みあげた後、由結の名を叫びながらその場に膝から崩れ落ちたの。すぅが駆けつけた時、最愛は無傷だったわ。5m近い所から飛び降りたのにね。さすがだわ。」
MOA 「見てた様に話すけど・・・。あっ・・・そうか。最愛はすぅちゃんも電話で誘ったんだった。でも、ひめたんと会う約束が有るからって断られたんだ。あの時来てくれたのはすぅちゃんだったんだぁ。・・・すぅちゃんにここまでの話をしたのは、もしかして最愛なの?」
SU- 「そう、最愛から聞いたのよ。ひめたんとお食事だったんだけど、食事してても2人の事が気になって気になって、ひめたんの話が耳に入ってこないの。だから、急いであそこに行った。建物前に来た時、最愛の凄い叫び声が聞こえて、慌ててフェンスを乗り越えた。で、建物を見たら最愛が落ちてきたって訳。」
MOA 「でも、すぅちゃんに話しをした記憶がないよ。」

SU- 「最愛に肩を貸して、立ち上がらせたの。それでね、『何があったの?なんで、落ちてきたの?』って聞いたんだけど最愛はグッタリしたままだった。でもね。『由結はどうしたの?』って聞いたら、『助けなきゃ!最愛が助けなきゃ』って、建物に向かって急に歩き出したの。目はまだ虚ろだった。『何があったか最初から説明してよ!』って強くいったら、今まで すぅ が話した内容と同じ話を事細かく、凄い早口で話し始めた。スイッチが入ったって感じだった。あの時の最愛はちょっと怖かったな。話している内容もなんだけど、何か口調とか色々機械的だった。最愛の情報を すぅ にコピーする作業って感じで・・・。緊急事態の為にバックアップって感じかな。
   話しを聞き終わる頃に2階への階段の前に付いたの。
   最初ね、すごーく手の込んだ、すぅ へのドッキリ大作戦って思って聞いてた。引っ掛るのヤだなぁ、とかカメラはどこだ?とか思ってた。それが、建物に入った瞬間に「ドッキリであります様に!」って祈る気持ちになった。で、最愛の話が終焉を迎えると共に階段の前に着いたの。で、階段の上を見上げた途端、『あっ、ダメだ。こりゃマジだわ。』って悟ったよ。暗闇見ただけで。
   その時突然に、肩を貸してた最愛が、ガクンと急に重くなったの。話し終えて、役目終了って感じで最愛、気絶してた。気絶している状態で2階へ最愛を連れて行くのはヤバいかな?って思ったから、とりあえず階段の下に寝かせちゃった。今更だけど、埃だらけの暗闇に寝かせちゃってごめんね。」
MOA 「そんな事が・・・。ごめん、やっぱり全然覚えてないよ。でも、なんで今まで全て忘れてたんだろう?」
SU- 「それは、おいおい話すよ。」

MOA 「すぅちゃん。その後、どうなったの?由結はここにいるいるから助けたんだろうけど。・・・なんか由結が、変なの。」
SU- 「うん。やっぱり、まだ早かった、・・・それに、ここじゃあ無理だったみたい。」
MOA 「早い?ここでは無理?なにそれ?」
SU- 「うん。説明するから、最愛を階段下で寝かせた後の話しをするね。」

SU- 「すぅ は階段をいっきに駆け上ったの。1人になっちゃったし、こんな恐ろしい所さっさとおさらばしたかったしね。でも、それが失敗だったみたい。高山病に近いのかな?急に空気・・・いや瘴気の濃い所に飛び込んだから、体と心が対応出来なかっみたい。2階に着き息を大きく吸った途端に眩暈が止まらなくなったの。
   ゆがむ景色の中、壁伝いに歩いた。最愛から受け取った懐中電灯で壁を照らすと、最愛が教えてくれた通りに、白いチョークの殴り書きがビッシリ。怖くてそんな壁はもう触れない。壁沿いにふらふらと由結の事だけを考えながら歩いた。そして、嫌な冷たい汗が背中を流れるのを感じながら、手前から2番目の教室前にやっとたどり着いた。その頃には、眩暈だけでなく吐き気までし始めてた。そこで、コツンと何かがつま先に当たったの。
   つま先を照らすと何もなかった。
   何もない、つま先の空間を照らしながら足を止め、うな垂れてた。
   足が一歩も前に出ない。
   そこで、変化が起こったの。
   何もない、つま先の前にチョークで文字が書かれ始めた。

   ≪このまま、ひだりのとびらに、はいって≫

   赤いチョークで書かれた文字だった。」

MOA 「赤い方のチョークの文字・・・。」
SU- 「うん、由結に最愛を助けさせた赤いチョークの文字。それでね・・・」

SU- 「最愛から話しを聞いていた所為か、その赤いチョークの文字に恐怖を感じなかった。
   懐中電灯で左の壁を照らすと、3m先にドアがあった懐中電灯の明かりで照らせるのはそこまで。その先は明かりを飲み込む濃い闇で満たしてた。
   具合の悪さから、もうその文字を頼るしかいって思った。
   左手を壁に付き、左足から一歩一歩と前に踏み出した。ホントに長い3mだった。やっとドアまで辿り着き、懐中電灯を左手に持ち替えた。そしてドアのフチに右手の指を掛け、力いっぱい引き開けた。そしてそのまま、倒れ込みながら部屋に入った。
   足元で、カラカラカラと扉が閉まっていく音が聞こえた。ゆっくりと空気を吸い込む。さっきまで、あんなに吸い辛かった空気が今は嘘の様にすんなりと肺を満たしていく。一気に吐き出す。そしてもう一度、ゆっくりと吸い込み一気に吐き出す。
   呼吸をするたび、急に体が軽くなっていく。ゆっくりと体を起こし立ち上がった。眩暈も吐き気もしない。
   懐中電灯で辺りを照らした。窓際には外の月明かりが入り込んでいる。椅子と机が並んでいる。目の前には教壇がありその右手には黒板がある。教室の作りだった。
   後ろの方の机と椅子は荒らされていたけど、普通の教室だった。懐中電灯の明かりで教室全体を照らす。そして左回りに順番に壁を照らす。最後に教壇を再度照らし、黒板を照らした。   その瞬間、再び鼓動が激しく打ち鳴らす。
   黒板には、赤いチョークでびっしりと文字が書きこまれていた。
   その文字は、ひらがなとカタカナと数字で構成されていた。
   最初に書かれていたのは、

   ≪すぅちゃん、ここから2りをたすけだしても、きょうふはきっとおわらない。≫

   だったの。」

MOA 「うそ?!恐怖は終わらないってどういう事??」
SU- 「現に、最愛は記憶を失くしていたでしょ?」
MOA 「あっ!確かに。そして、由結は・・・。」

SU- 「他にも色々と書かれていたけど、要約するとこんな内容が書かれていたの。

   ≪私は霊力が少なくて、漢字といった複雑な字は書けない。≫
   ≪ここで殺された為に、この場所は自分のテリトリーとなった。≫
   ≪私達霊は、自ら名を指し示すと名乗った相手との契約となる場合がある。その為に安易に名乗れない。≫
   ≪私はあの子に、この2番目の部屋で殺されたが、もう恨んでいない。≫
   ≪私は、この場所に縛られた浮遊霊となった。≫
   ≪あの子は、実の父親に5番目の部屋で殺された。≫
   ≪恨みが強かった事と死んだ私の霊力を食べた為に、あの子は怨霊となってしまった。≫
   ≪あの子の目的は、最愛ちゃんと一緒に居続ける事。≫
   ≪由結ちゃんは今、5番目の部屋であの子と共に眠っている。≫
   ≪後ろのドアから出て、呼吸を浅くしながら、ゆっくりと進めば5番目の部屋まで辿り着ける≫
   ≪由結ちゃんを見つけたら、抱えて一気に建物から出なさい。≫」

 
SU- 「さらに、こんな事も書いてあった。

   ≪最愛ちゃんは、あの子と目を合わせ続けた事により脳にある“恐怖の記憶”をあの子に食べられてしまったかもしれない。≫
   ≪最愛ちゃんが、眠りから覚めた時に記憶が無ければ、脳の“恐怖の記憶”を食べられた証拠。≫
   ≪最愛ちゃんの生命力が回復した数日後に、ここでの話を最愛ちゃんにすれば、脳以外の心臓等に残された記憶が活性化され、失った“恐怖の記憶”の再構築が行われるはず。そうすれば、ここでの記憶を取り戻すと思う。≫
   ≪由結ちゃんは、取り憑かれてしまったかもしれない。≫
   ≪取り憑かれていた場合、あの子は3日間由結ちゃんの心の中で力を蓄える為に眠りに入り、4日目の夜に目覚める。≫
   ≪3日目の夜に5番目の部屋で今日の話しを行い、力不足の状態で強制的に目覚めさせるれば、由結ちゃんからあの子を剥がすことが出来るかもしれない。≫
   ≪あの子は最愛ちゃんの事が大好き。最愛ちゃんに触れられていれば、恨みの力を減らす事が出来かもしれない。≫
   ≪私とあの子を調べて。それが、由結ちゃんを助けるヒントになる。≫
   ≪この建物の中に、あの子の日記が隠されている。≫
   ≪由結ちゃんを助けるには、すぅちゃんと最愛ちゃんの力が必要。特に最愛ちゃんの力が。≫
   ≪3人の歌の力を信じて。≫

   書かれていたのは、こんな事だった。」

MOA 「そういう事だったんだ。記憶を食われたか。嫌な表現ね。」
SU- 「うん。そうだね。」

SU- {すぅ は、書かれている通りに後ろのドアから出て、5番目の部屋に向かった。
   体を慣らしながら、ゆっくりとね。
   5番目部屋に辿り着くと、扉は開いたままだった。
   恐々と覗き込み懐中電灯で部屋の中を照らしてみた。最愛が見たあの子の恐ろしい姿はなかった。
   代わりに、並ばれた机の上で白いワンピースを着た由結は綺麗に眠っていたの。周囲に漂う禍々しい瘴気が無ければ、童話の眠り姫の様だった。
   すぅは、必死で由結を抱きかかえて。その部屋を飛び出し、一気に階段を下りた。そして、眠る最愛に向かって『すぐに迎えに来るからね。』と小声で言葉を投げかけ、エントランスを通り、正面玄関のカギを開けて由結を建物の外に運びだした。伸びきった芝生に由結を寝かせてから、最愛あなたを迎えに行ったの。」

SU- 「そして、敷地の外に2人を運び出し終った所でスマホでタクシーを呼び、やって来たタクシーの後部席に最愛と由結を寝かせて、まず最愛を送った。
   タクシーの運転手が事件の心配とかし出すから、『肝試しをしたら、ホント怖くて怖くて。タクシーを待ってる間に、疲れちゃったのか2人は寝てしまいました。乗せるの手伝って貰ったり、ホントご迷惑おかけします。』って伝えてね。
   そして、最愛を届けた。最愛のお母さんに『最愛ちゃん帰る途中でタクシーで寝ちゃいました。私がいながら、こんなに遅くなってしまい、すみません。』って伝えて最愛を届けた。そしたら『3人で肝試し楽しかった?』って聞かれたよ。正直に『めちゃくちゃ怖いだけでした。』って答えたよ。
   で、その後、由結の家にそのままタクシーで向かったの。
   由結が心配だったから、そのまま由結の家に泊めさせて貰っちゃった。
   次の日の朝、目覚めたら由結はいつもの普通の由結だった。
   ただ一つ、昨日の出来事は全て忘れていたけど。」

MOA 「すぅちゃん。今日って何日目?」
SU- 「3日目よ。だから、この話をしたの。あの子の恨みの力を弱める為に、最愛に由結を抱きかかえさせてね。ちゃんと最愛の記憶も戻ったし、ちょっと安心したわ。」
MOA 「ところで、今ってまだ、昼だよね?ここって会議室だよね?あの子たちの事、何も調べてないよね?」
SU- 「うん。だって、夜にあそこに行って怖い話なんて、出来ればしたくないじゃん。」
MOA 「そ、そうだけど・・・で由結のこの状態って。」
SU- 「うん。寝てるね。」
MOA 「つまり?」
SU- 「・・・失敗かな?えへっ。」
MOA 「失敗かな?じゃねーだろ!!・・・はぁぁぁ。ため息出ちゃうよ。」
SU- 「とりあえず起こしてみよっか?おーーーい、由結ーーーっ、起きろォーーっ!!」
MOA 「ほっぺぷにぷにしたり、ほっぺにチュゥしたりしても、全然起きないね。つまり舞台はここじゃないって事ですか。」
SU- 「そう言う事ですな。」
MOA 「・・・やっぱり、ため息出ちゃうよ。」
SU- 「じゃー、暗くなる前にそろそろ行きますか。」
MOA 「仕方ないね。眠れる姫こと、由結姫を助けられるのは、最愛だけなんだし。」
SU- 「すぅ も力になりますよ。最愛王子♪」

SU-/MOA 「眠れる姫よ、目覚めの時はすぐそこに!しばしお待ちを!!」

3人は渋谷の事務所を出る際に、すぅ が由結をおんぶして、軽い演技をしながら出た。
事務所の社員達は、『また、ゆいちゃん 寝ちゃったの?』と笑っていた。
最愛が、引き釣った笑顔で『そうなんですよ。』と返し、言葉少な目で すぅ に背負われた由結の背中を押しながら、そそくさとエレベータに乗り込んだ。
エレベーター内は自然と無言になる。
最愛が、無言のままB3の地下駐車場のボタンを押す。
会議室でスマホを使いタクシーは呼んであった。もう、タクシーはB3の荷捌所脇に来ているだろう。
エレベータを下りると荷捌所脇で待つタクシーの元へ向かわず、『ちょっと待ってて。』と最愛はビルの警備室に立ち寄った。由結を背負う すぅ は警備室の外で待っていると、最愛が黒い棒を持って警備室から出てきた。

MOA 「鞄に見覚えの無い懐中電灯が入っててさ。入れっぱなしにしてたんだ。やっとどこで手に入れたか思い出したよ。お礼を言って、ついでに後2本借りてきたよ。」

そして、最愛は歩きながら2本の懐中電灯を自分の鞄にねじり込み、由結を背負う すぅ を支えながら、タクシーが待つ荷捌所脇へと向かった。
3人はタクシーに乗り込むと、行き先を告げた。そして、3人を乗せ地上へ出たタクシーは、国道246をそのまま下って行った。
・・・。

3人は、タクシーで廃墟前まで来た。
すぅ が料金を支払い、最愛がサポートしながら、すぅ は再び由結を背負った。
最愛は自分のカバンを由結の大き目のリュックに押込み荷物を一つにまとめ、そして背負った。
すぅ も最愛も会議室から、ここに着くまで可能な限り明るく会話をしようと努めた。それが、この廃墟を見上げると、むなしいだけの空元気だった事を思い知らされる。
すぅ が背負う由結は、目覚める事無く眠り続けていた。

昨晩、すぅはこの様な展開になる事を見越し、由結と最愛に『レッスンの後、遊びに行くから走ったり出来る動きやすい恰好できてね。』とメールで連絡していた。
すぅ は、モスグリーンの柄物のスエットパンツにグレーの長袖の薄手のパーカー、中には白のTシャツを着ていた。足元はジョギング用の黄色ベースで緑のラインの入ったスニーカーを履いていた。
最愛は、伸縮性のあるデニム生地のパンツに若草色の長袖のパーカー、中には水色のTシャツ。そしてハイカットの黒いスニーカーを履いていた。
由結は、黒い薄手のカーディガンの下は、黒い膝丈のワンピースを着ていた。足元も黒いサンダルだった。
由結の肌の白さが際立ち、由結にとても似合っている。普段の由結以上に大人の雰囲気が出ていた。
その由結の姿に最愛は朝から違和感を感じていた。
そして今、すぅ に背負われるその姿を見ると、自然と目頭が熱くなってくる。自分が行ってしまった事が、取り返しの付かない結末へと流れて行く、そんな最悪な予感が湧いてくる。
小さな声で最愛はつぶやく、ぎゅっと瞳を閉じながら。

MOA 「最愛を助けれるのは、由結だけ。・・・由結を助けれるのは?」

嫌な予感を払拭するべく最愛は、両手で両ほほを持ち上げ、両薬指で目頭を押さえフゥーを息を吐く。そして、息を止めると同時に両手で両ほほをパァーンを打ち、気合を入れた。
最愛は閉じていた目を、ゆっくりと開いた。その眼の輝きには、先程まで色濃くこびり付いた弱気の影は、跡形も無く消えていた。
ほほを打つ音に驚き振り向いた すぅ に向かって最愛は声をかける。舞台へ飛び出すいつもの様に。

MOA 「すぅちゃん、そして由結。 じゃー行こうか!!」
 

最愛が先頭に立ち雑草をかき分け、正面玄関へと進んでいく。
まだ、16時過ぎで遠くの空は正午の様に明るいのに、廃墟頭上には厚い雲で覆われ、建物全体が薄暗い。一雨来るのか、湿度の高い空気の隙間を縫い冷たい風が入り込んでくる。
2階の窓が見えるが、見る気になれ無い。床を這う雑草に意識を向ける。もし2階を見てしまい、そこに見えてはいけないモノを見てしまったら・・・。きっと建物に入る事が出来なくなる。最愛も すぅ も斜め下を見ながら歩き続ける。
気付けば、正面玄関の扉が目の前にある。
先日、すぅ が内側から鍵を開けた扉だ。そのままなら、開いているはず。最愛が扉に手を掛け、勢いよく引き開ける。その瞬間、外気が建物に入り込んだのが原因なのか、ボォーーーッと廃墟全体が低い唸り声を上げ震えた。
廃墟内部は、外からの明かりが入り込み、暗さは残るものの灯りを必要とするまでも無かった。明るさが有った為、2人の恐怖心は途端に薄れ、硬くなった表情が若干やわらいだ。
正面を見ると、壁に建物案内があった。

 ・1号館1F
  北側
   Aホール、トイレ、階段
  南側
   職員室、学長室/医務室、制作展示室A、制作展示室B、Bホール
 ・1号館2F
  北側
   教室A~C、木工室、鉄工室
  南側
   教室D~H

と書かれていた。全体図を見ると他に1階に食堂や売店等がある2号館。そして体育館や部活棟も隣接している様だった。

MOA 「どこから、行こうか?」
SU- 「まずは、Aホールね。で、その後に職員室をちょっと覗く。そして模型が有った制作展示室Aね。」
MOA 「Aホール?あそこは鍵がかかってたよ。」
SU- 「ちょっと中が見たくてね。綺麗だったらいいんだけど。」
MOA 「??」

Aホールの入り口は、建物案内の貼られている壁から右側に回り込むと直ぐ目の前に観音開きの大きな扉がある。左右共に丸窓が付いていて中を覗く事も出来た。

SU- 「ふーん、やっぱり中は綺麗ね。締め切ってるし、大きなホールだし、採光もいいね。内開きかぁ、よしよし。最愛、開けてみて。」

最愛は 左右の把手をもち、ぐっと押す。そして、ガタガタと揺すってから逆に引いてみる。

MOA 「やっぱり、ダメだ。鍵がかかってるよ。・・・あ、あれ?」
SU- 「ん?どうしたの?」
MOA 「・・・文字がない。左のドアノブの所に赤い文字があったのに、消えてる。」
SU- 「そう。・・・やっぱりね。あれはチョーク風に書かれた意思だったって事ね。」
MOA 「意思?・・・どういう事?」
SU- 「文字が書かれて行く瞬間を最愛も見てるでしょ?その時にチョーク自体は有った?無かったでしょ?文字だけが書かれて行ったって事は、あの文字自体も霊の一部だったって事かもね。」
MOA 「・・・この建物に入って、すぐに霊を見てたって事か。」
SU- 「まぁ、そんなことより。最愛、開けてよ。」
MOA 「だから、鍵がかかってるってば。」
SU- 「知ってるよ。だから、得意の飛び蹴りでドーーンと開けてよ。」
MOA 「えぇーーっ?!壊れちゃうよ?」
SU- 「廃墟だし、いいの!もう限界だから、早くして!!もう、“ゆいペチャ”は十分満喫出来たからぁ!!」

すぅ の両手がプルプルと震えている。限界というのは、由結をおんぶしている事の様だ。
『りょーかーい♪』と返事し最愛は入口と反対側の壁まで下がっていく。それを見た すぅ は扉から3歩程離れた。
最愛の助走はわずか3歩。わずか3歩だが、瞬発的に加速する。
3歩目の左足がググッと沈み、そこから一気に跳躍する。正に全身がバネの様だった。
踏み切った足から扉まで2m以上は離れていたが、跳躍の頂点で左扉に右足がHITした。
ガゴォォーーーーン!!
左扉の上部ストッパーと下部ストッパー、おまけに上部蝶板まで粉砕した。
最愛は空中で90度クイッと体をひねり、すぅ にウインクをしながら、軽やかに音も無く着地した。ふんわりと、ゆっくりと、重力の鎖を感じさせずに。

SU- 「ひゅーっ♪さすが!!最愛って走り幅跳び何m飛ぶのよ?」
MOA 「真面目に飛んだ事無いから、わかんない♪でも校内トップだよ。まぁ、由結には負けるけどね。」
SU- 「モイモイが真面目に体育やったら、凄い事になりそうね。」
MOA 「水泳の授業はちょっと苦手かな。潜水は得意なんだけどね。」
SU- 「脂肪率低すぎて、浮かないんでしょ?」
MOA 「胸は浮くんだけどねぇ。」
SU- 「・・・はいはい。」

すぅ と最愛は、Aホールに入いる。中は若干埃っぽいが、廊下や他の部屋と比べたら、埃の量は断然少ない。部屋が大きいのと、完全に締め切られていたからだろう。
すぅ は、最愛にすぅの鞄から、雑巾と水のペットボトルを出す様に指示した。

SU- 「前回、最愛を埃の中で寝かせちゃって、悪かったなぁって思ったの。だから、今回は準備しちゃった。」
MOA 「すぅちゃん、えらーい♪」

そして、長机を4脚くっ付けて、濡らした雑巾で綺麗に拭いた後に、由結を2人でそっと寝かせた。
 
薄暗い講堂の中、上部の採光窓からの光に照らされる由結。採光窓から由結へとそそがれる光は埃を反射させ、キラキラと光る天への道の様だった。
最愛が振り向いた時、白い長机は白い花が敷き詰められている様に見え、由結の黒いワンピースがドレスの様に見えた。
瘴気渦巻く廃墟の中で、黒いドレスに身を包み、光が指す花の中、目の覚める事無き眠りに囚われる姫。そんな想像をしながら最愛は由結を見つめた。由結の黒いドレスから覗く白く伸びた両足のふくらはぎが、妙に艶めかしく見え、最愛は鞄からレッスンの時に使用したタオルを1枚取出しそっと由結の足に掛けた。
そして、鞄から畳まれた大き目のタオルを取り出し、由結の頭を抱きかかえる様にそっと持ち上げる。由結の頭を抱きしめ、由結の右ほほに自分の右ほほを付け、由結の右耳につぶやいた。

MOA 「大丈夫。最愛が助けてあげる。最愛を信じて。」

そして、由結の頭の下に畳まれた大き目のタオルを枕として敷き、抱きかかえたまま由結の頭を静かに下ろした。
ホールの出口に歩を進めていた すぅ は、その様子を眺めながら歩を止めた。そして、下唇を噛み誰にも聞こえぬ声で、『・・・信じて貰えていたら・・・』とつぶやくと、そのままAホールから出て行った。
すぅ の背が壊れた出口の扉をガリガリと押し開けて出て行く事に気付き、最愛は出口へと走り出した。

ホールはまた静寂へと戻る。
この時、由結の閉じた瞳から一筋の涙がこめかみを伝い流れ落ちた事に気付く者は、誰もいなかった。

最愛が、Aホールから出ると すぅ が後ろ向きに立っていた。スエットズボンのポケットに両手を突っ込み、えらく猫背だった。おもむろに両手を抜いた。抜いた両手が少し震えている。
パーーン。
すぅ は両手を叩いた。反響の余韻を味わうかの様に静止し、そして、首を回した後に肩を回す。そして両手を軽く擦り合せた後に軽く振った。

SU- 「・・・最愛。由結を寝かせるなら、出口の近いここかな?って思ってね。 すぅ は最愛も由結も信じてる。いつも、そしていつまでもね! よし、気分を切替てハイテンションで調査開始するよ!」

そう言うと振り向き、最愛に向かっていつもの幼いニカッっという笑顔で八重歯を見せた。
最愛は、 すぅ に駆け寄り抱きついた。 すぅ の肩に顔を埋めグリグリと左右に振る。

MOA 「すぅちゃん 、まるでお姉さんみたい。最愛は すぅちゃん の事も信じてる!今から頼っていい?」
SU- 「えぇ?今まで頼って無かったの?それに、 すぅ は2歳もお姉さんだよ!あっ、今は1歳か。」
MOA 「すぅちゃん は、ウチら3人の中でも末っ子でしょ? すぅちゃん を守るのは最愛と由結の役目だよ♪・・・でも、今日は すぅちゃん が最愛と由結を守ってね。お願い!」

そう言うと最愛は、 すぅ の肩に顔を再び埋めグリグリと左右に振る、そして抱きつく両手に力を込めた。

すぅ は、最愛の頭を優しく撫でて、肩を掴み最愛から体を話しながら最愛に確認する様に聞いた。

SU- 「最愛と由結が最初に入ったのは、職員室だよね?この後ろに有るのが、職員室でしょ。まだ、日が沈むまで時間があるけど、その時間で黒夜と赤夜の事を調べきれるかわからない。かといって、バラバラで調べるのは危険だし。だから、2人でどんどん部屋を回るよ。職員室では、黒夜と赤夜が何年の卒業生でどのクラスだったか?とか、担任は誰か?とか分かればいいけど。卒業アルバムとか無いか探すからね。」
MOA 「うん。確かに時間足りないかも。」
SU- 「じゃー、ハイテンションで調査開始!!」
MOA 「うん!!」

そして、すぅ は職員室の扉を勢いよく引き開けた。

職員室に入り、最愛は一歩一歩踏みしめながら周囲を見渡す。床をじっくり見たり、壁や戸棚を眺める。自分の記憶が、正常に復旧出来ているか確認する様に。
予定表を書く横幅1m位の黒板の前で足を止めた。黒板の右下の端を右手の人差し指で、そっと撫でた。

MOA 「すぅちゃん、やっぱりチョークの文字は消えてるね。この場所にね≪ここを出て右に行くと階段があるよ。≫って書いてあったんだよ。文字には由結が最初に気付いたの。その時、最愛は床を照らして、その後戸棚を照らしてた。この黒板予定表の日付を見ると・・・そっか廃墟になったのは去年の3月終わり頃かぁ。まだ1年数ヶ月なんだね。ガラスが割れてる所為で、この部屋は凄く荒れてるね。床も埃と砂だらけだし。廃墟になって何年も経ってるって思ってたよ。」
SU- 「黒夜と赤夜の作品が向こうの部屋に展示してあったって事は、去年の卒業生って事か。卒業制作で作った作品だったのかな?この部屋の去年の情報を全て集めよう。とりあえず、机の引き出しを手当たり次第開けてみようよ。」

すぅ と最愛の2人は教員机と壁に並ぶ戸棚を手当たり次第開けたが、たまにボールペンやクリップが出て来る程度で空だった。卒業式を迎えてからの閉鎖だった為、それなりに片付ける時間は有った様だ。卒業アルバムどころか出席名簿すらない。

すぅ は最後の机の引き出しを引きあけ、最愛は最後の戸棚の中を覗き込んだ。

SU- 「ホントに何も出てこないね。」
MOA 「こっちも、さっぱりだよ。」
SU- 「こりゃ、そこの扉の中に期待するしかないかな?」
MOA 「扉?あっ、ホントだ。窓側に扉が有るね。隔て板が手前に有るから、気付かなかったよ。で、この扉はどこに繋がってるんだろう?」
SU- 「そっち側の隣だから、学長室/医務室のはず。職員室に繋がる扉だから、学長室かな?学長室なら卒業アルバムありそうじゃない?」
MOA 「たしかに、職員室より学長室に有りそうだね。」
SU- 「じゃぁ、最愛の出番だ。またまたドーーンと飛び蹴りお願いします。」
MOA 「またぁ?!っていうか、鍵は空いてるんじゃないの?」
SU- 「開いてるわけないじゃん。 ガチャガチャ 。ほら。 ガチャリ 。・・・ありゃ、空いてた。」
MOA 「ほら♪」

学長室はとても狭かった。1つの部屋を学長室と医務室に分けて使っているからだろう。
学長室は縦長の作りで、左右の壁一面は本棚が並んでいる。構造や計画そして写真集や建築法令といった建築系の本ばかりが並んでいた。
廊下側の入り口の近くに小振りな応接セットが置かれ、窓側の奥に木製の小振りな机が一つ置かれていた。机の上にはプレートがあり、

   ≪学長 安森 夜一≫

と書かれていた。机脇の壁の上の方を見ると顔写真が2枚だけ飾ってあった。一枚は少し古い写真で70歳台の男性の写真。もう一枚は新しい写真で50歳台の男性の写真だった。

SU- 「この人が、学長だった人かぁ。ヤスモリ ヨイチって読むのかな?元イケメンって感じかな。その隣の御爺さんは髭が生えてて、ちょっと怒ると怖そうだね。」
MOA 「あっ、すぅちゃん!!本棚の端をみて。卒業アルバムが並んでるよ。え~~と。」
SU- 「どう?黒夜と赤夜の載ってるアルバムはある?」
MOA 「駄目だね。一番新しいので2年前のアルバムだよ。去年のアルバムはないね。アルバムがあれば2人の顔とかわかるんだけどなぁ。」
SU- 「2人の顔ならわかるでしょ?」
MOA 「えっ?わからないよ。白いチョークの方だから、黒夜かな?そっちも暗闇から覗く眼と指しか見てないよ。」
SU- 「何言ってるの?3番目の部屋の作品の上に受賞者名簿と受賞者の写真もあったって言ってたじゃない?あの2人は金賞でしょ?だったら写真にも出てるでしょ?」
MOA 「え?そうだっけ?あの時、写真ちゃんと見てないんだよなぁ。」
SU- 「ここは、もういいや。じゃー3番目の部屋に移動しよう!」

すぅ と最愛は、学長室の扉の鍵を開け廊下へと出た。
隣りは、医療室だったが、すぅの

SU- 「医療室は見なくて良くない?廃墟の医療室ってなんかヤだよね。ほら、病院みたいで。たぶん、黒夜と赤夜の情報も無いよね?だよね?」

の一言に最愛もウンウン!と大きく頷き賛同した。
そして、2人は医務室の扉に触れる事無く、更に隣の3番目の部屋の前へと移動した。

3番目の部屋は制作展示室Aだった。ここには、黒夜と赤夜が制作した模型が飾ってあるはずだ。廊下から扉を見ると、扉は先日に訪れた際にままなのか、半分開いていた。すぅ がカラカラと扉を開き中を覗いた。
日の光がまだ部屋に入ってはいるが、すでに日の傾きにより急に暗さが増して来ていた。すぅの脇から最愛も教室を覗き、そして腕時計を確認した。すでに17時を過ぎていた。
部屋の前側は、長机が数脚置かれ、仮の制作作業場所として使っていた様だ、後ろ側は作品の展示場所となっている。作品は数10点置かれており、閉校後に返却もされずに其のまま陳列されていた。
2人が部屋に入った時、最愛が すぅ の袖を引っ張り、話しかけた。

MOA 「・・・あのね。昼に すぅちゃん があの日の話をしてくれた時、最愛は由結を抱きしめていたでしょ?」
SU- 「うん、もし憑り付かれてれたらって思って、抱きしめさせてたね。」
MOA 「この部屋の話をするまでは、由結はソワソワしてたの落ち着かない感じで、たまにビクッっと力が入ったりね。たぶん話が怖かったんだと思う。最愛もちょっと怖いって思い始めてたし。」
SU- 「うん。」
MOA 「それがね。展示物の話しの最中から、どんどん落ち着いて行ったの。体に入っていた力が抜けて、呼吸が整っていった。・・・今思えば、憑り付いた黒夜が話に反応し始め、いつもの由結が心の中に沈んで行ったのかも。」
SU- 「だとしたら、この部屋に色々なヒントが隠されていそうね。」

最愛は、明るい中で展示物を端から見て行く、そうすると先日見た時と若干印象が異なった。
やはり、生徒の作品なので、よくよく見ると作りは雑だった。色にムラが有ったり、付き合わせ箇所にズレがあったりと粗が見えてくる。しかし、やはり2つの作品だけは異なった。中央に置かれた、黒と赤の2作品だ。

SU- 「あぁ、黒夜と赤夜の作品はこれかぁ。周りの作品と比べてこの2つだけ別格だねぇ。プロの作品って言っても遜色ないよ。」
MOA 「よくよく見ると、完全にBABYMETALを意識して作られてたんだね。」
SU- 「うん。小さい人の模型も皆、赤と黒の服を着てるね。男は黒いTEEだし、女の子は赤いスカートを穿いてる。このドームにBABYMETALのライブを見に来てるんだね。黒いドームはどっしりと構えた感じで流れる様なフォルムがカッコいいね。赤いドームも先の尖った六角形の形で天空に赤い角が何本も伸びてて不思議な形でカッコいい。」
MOA 「うん。こんな廃墟に忘れたままになるには、もったいない作品だよね。埃もかかっちゃってるし。作品に触っても良いのかな?触りたいけど、壊しちゃいそうで、怖くて触れないね。じゃそろそろ、作者の写真を見ようか。すぅちゃん」
 
作品の上に額に入った受賞者達20名の集合写真があった。
ずらりと足元に作品が並び、その後ろに受賞者達が写っている。
中央には、背の低い女の子が2人いた。手には賞状と楯を持っていたが、賞状に何と書かれているかは、まったくわからなかった。
1人は、黒髪で大きな目がくりっとした二重の女の子で、明るい笑顔で写っていた。ストレートの黒髪は長く腰まで有る様だ。色は白く、服は黒いワンピースだった。足元に黒いドームが置かれていた。
1人は、赤毛の肩まで有るクセッ毛で、目は大きいが一重でちょっと目つきが悪く、不満げな表情で写っている。色は白く、赤いツナギを着ていた。猫背で片手をツナギのポケットに突っこんでいる。足元に赤いドームが置かれていた。
MOA 「この2人が黒夜と赤夜だよね。」
SU- 「黒川沙夜と赤井沙夜か。」
MOA 「二人ともカワイかったんだね。私が見たのは黒髪の黒夜か。黒いワンピース・・・今日の由結の恰好に近いね。」
SU- 「そうだね。・・・赤夜は。」
MOA 「赤夜は、なんでちょっと怒ってるんだろう?片手で賞状と楯をまとめて持ってる。嬉しくなかったのかな?」
SU- 「金賞を取れたのは、嬉しい事だけど、取れた時に何かがあった感じね。」
MOA 「そんな感じかなぁ?」

すぅ と最愛の2人は、黙って黒夜と赤夜の写真を眺め続けていた。
2人の心の中には、友人に殺された無念と父親に殺された無念を想像が駆け巡っていたが、何もわかっていない為、想像の方向は定まらず、霧散して行った。
窓から指し写真を照らす明かりは、徐々に赤く染まりつつある。

MOA 「この2人は、ここで殺されたんだよね。ニュースになっていないから、人知れず。」
SU- 「そうだね。」
MOA 「きっと、なんで殺されたかが分からないと由結は助けられないのかも。黒夜の日記を探さなきゃ。もう時間も少ないよ。ここに日記があるとは思えない。やっぱり教室だよ。2階に行くしかないよ。あっ!」
SU- 「もあ、どうしたの?」
MOA 「【受賞作品一覧】の紙、こないだ来た時は気にもしてなかったけど、名前の横にクラス名が書かれてる。」

   [金賞 作品「ドーム型ホール」 黒川 沙夜 2年5組]
   [金賞 作品「ドーム型ホール」 赤井 沙夜 2年2組]

SU- 「2年生って事は、卒業はまだなの?っていうか、どの教室よ。2号館に教室があったら日がある内に日記見つけられないじゃん。」
MOA 「専門学校って基本2年制のはずだよ。建築系だと2年制と4年制が分かれて在る所が多いけど・・・。2号館はもっと階が多そうだったから、あっちは4年制かも。どっちみち1号館しか見る時間はないし、急いで2階に行かなきゃ!」

最愛は、展示物を走り飛び出して行った。
・・・。
独り展示室に残った すぅ は、再び写真を見つめていた。
先ほどまでの、優しい眼差しは消えていた。
傾いた日差しは、写真の額縁のガラスに反射し、すぅ を照らす。その瞳は夕日の赤を吸込み、紅色に染まっていた。

SU- 『・・・闇の呪縛・・・絶対に助けるから。』

最愛は、階段の下にいた。
先日の記憶が恐怖に変わり、階段の1歩目を踏み出す事が出来ないでいた。階段に足を掛けようとすると、体が震えてしまうのだ。
見上げると、1階と2階の間にある踊り場の壁が見える。
先日来た時は、懐中電灯のライトで照らしても光は闇に吸い込まれ壁など見えなかった。
最愛は階段の左側手摺の下を確認する。何も書かれていない。『今日は違う。今日は違う。』と自分に言い聞かせながら、拳で太ももをガンガンと叩く。そして、息を飲みながらもう一度、見上げた。

パーーン!!

突然後ろで、手を叩く音が聞こえた。
最愛はビクッ!と驚き、あわてて振り向くと、そこには手の平をこすり合せながら、うつむく すぅ がいた。
すぅ は、息を吐きながらゆっくりと顔を上げると、いたずらっ子の笑みを浮かべた。
SU- 「最愛ってば、ビビってるの?ほら見上げてみ、踊り場だって見えるし先日とは全然景色が違うよ。」
MOA 「わ・・わかってらい!」
最愛は、右足を上げたが一段目が踏めず、体が固まる。そのまま静止しピクリとも動かない。
SU- 「どぉーーーん!!」
いきなり、すぅ は最愛の背中を突き飛ばした。最愛は勢いのまま、2段3段5段6段とバランスを崩しながら駆け上る。
MOA 「すぅちゃん、危ないよ!!あっ。」
すぅ は、バランスの崩す最愛の手の平を取り、手を繋いてそのまま上階に駆け上がった。踊り場を越え一気に2階に上がる。
SU- 「1人で困難なら、背中を押してくれる友達がいればいい。今は本来の姿じゃない。早く3人組みに戻るよ。」
MOA 「うん!」

すぅ と最愛は手を繋ぎ2階にたどり着いた。正面にはトイレがある。
トイレの隣りには扉の上に「鉄工室」と金属をアート調に加工したプレートが張られた教室がある。その向かい側の教室の扉の上には木製の「2-1」とかろうじて読めるアートなプレートが張られ扉の左わきには「教室D」とプラスチックプレートが貼られていた。
最愛はキョロキョロと見渡すと、ポケットから手帳を取り出し、何かをメモしていた。

SU- 「どうしたの?」
MOA 「あ、この建物、単純な作りなんだけど、一応構造をメモしておこうと思って。暗くなってから、役立つかもしれないし。」
SU- 「なるほどね。で、どう?」
MOA 「教室のプレートが見える範囲で考えると多分こんな感じだと思う。」

         【1号館1F】
┌───┬───────────┐
│   │           │
│   │           │
│   │     A     ├───┬───┐
└   │    ホール    │トイレ│階 段│
┌   │           │   │ │ │
└   └───────────┴───┴─┘ │
┌                       │
├───────┬─┬─┬───┬───┬───┤
│事務室 職員室│学│医│展示室│展示室│ B │
│       │長│務│ A │ B │ホール│
└───────┴─┴─┴───┴───┴───┘

         【1号館2F】
┌───────────────┐
│               │
│    ルーフバルコニー   │
├───┬───┬───┬───┼───┬───┐
│教室C│教室B│教室A│木工室│鉄工室│階 段│
│1-3│1-2│1-1│   │   │ │ │
├───┴───┴───┴───┴───┘ └─┤
│                       │
├───┬───┬───┬───┬───┬───┤
│教室H│教室G│教室F│教室E│教室D│トイレ│
│2-5│2-4│2-3│2-2│2-1│   │
└───┴───┴───┴───┴───┴───┘

最愛の書いた地図を見ながら、2人は左右を見渡した。
やはり、壁に書き殴られたチョークの文字は無かった。
先日味わった闇の濃度も感じない。
しかし1階と比べて、明らかな変化があった。
空気が死んでいるのだ。
完全密封された土蔵にいるかの様に、空気に流れが全くない。
1階は、砂ほこりの香りが濃く漂い、床には砂と埃が溜っていた。それに比べ2階の廊下はとても綺麗だった。廊下の床も突き当りの窓から入る明かりを反射し、艶がある。
突き当りに見える窓は、相変わらずガラスが大きく割れ落ちている。にもかかわらず、そこから外気が一切入って来ていない。
この空間だけが、空気と共に死の色が色濃く残し、現世から切り離された常世の如く時の流れから取り残されている・・・。
最愛は、ブルッと震えた。

SU- 「寒い?」
MOA 「わからない。暑いのか、寒いのか・・・。」
SU- 「どうする?時間が無いよ。手分けして日記を探す?」
MOA 「え?あ・・・う、うん。手分け・・・しようか。」
SU- 「無理なら無理って言ってね。」
MOA 「・・・あ、あの一番左奥の教室は、最愛一人では入れない。一人どころか すぅちゃんと一緒でも無理かも。・・・ここから見ているだけで、あ、足が・・・ほ、ほら。」

最愛の足がガタガタと震え始めた。ボールペンを握る右手で震えを止めようと右足を押さえつける。それでも止まらず、両手で右足を押さえたが、震えは増すばかりだった。
泣きそうな顔で、最愛は すぅ を見上げ、そしてギュッと大きな瞳を閉じた。
足を押さえる右手をおもむろに、天に上げ握り締める。徐々に力が籠っていく。

すぅ は咄嗟に最愛の掲げた右手を掴み、最愛の頭を抱きしめた。

SU- 「ばかっ!!」

指が赤と白のマダラになるまで強く握り締めた右手から力が抜けて行き、開いていく手の平からボールペンが落ち、静寂の中カランと音を立てて廊下に転がった。

SU- 「ボールペンで足を刺しても、震えは止まらないよ!そんなんじゃ恐怖は消えない!!」
MOA 「こんなに震えた足じゃ、由結を助けられないよ。こんなに小さな弱い心じゃ、由結を元に戻せないよ!!」
SU- 「最愛、大丈夫だよ。すぅ と最愛なら由結を助けられるよ。ほら、聞こえる? すぅ の心臓の音。」

最愛は、両目から涙を流しながら、すぅ の胸に抱きしめられていた。流れる涙を拭わず瞳を閉じる。そして意識を すぅ の心臓の音に向けて移した。
すぅ の心臓はドクドクドクドクと高速で鳴り響いていた。

MOA 「すぅちゃんだって、怖いんじゃん。」
SU- 「うん、怖い。でもね、由結と最愛の事を守るって強く思えば・・・ほら。」

ドクドク、ドクッ、ドクッ、ドクン。ドクン。ドックン。ドックン。・・・。

MOA 「うそっ?心臓の音が強く、そして穏やかに。」
SU- 「最愛も由結の事を強く考えるんだ。そうしたら、心を強く変える事が出来るはず。」

最愛は、すぅ の心臓の音を聞き続けた。その音から強い決意を感じ事が出来た。自分の心臓の音に意識を向ける。その弱々しく臆病な心臓の音を すぅ の心音に重ねていく。
・・・ドックン。

MOA 「うん。すぅちゃん、ありがとう。・・・震え、止まったよ。」

最愛は、左手でグリグリと涙を拭った。そして、ぎゅーっと すぅ の胸を抱きしめながら息を吸うと、ぱっと すぅ から離れた。

MOA 「すぅちゃんは、やっぱり最愛のお姉さんだ。へへっ。もう、最愛は大丈夫だよ。・・・でも、やっぱりあの奥の教室は怖いな。」
SU- 「だろうね。じゃー、すぅ が奥の1年1組から3組の教室と2年5組から3組の6つの教室を調べる。だから、最愛は手前の4つの教室を調べて。」
MOA 「2年5組のあの教室は二人で行った方が・・・。」
SU- 「見て、もう太陽が沈みかけてる。黒川沙夜の2年5組も大事だけど、赤井沙夜の2年2組も大事なの。完全に太陽が沈む前にこの2つの教室は調べ終わらなきゃ。手分けしないと、もう間に合わないよ。最愛は2年2組の教室から調べて。 すぅ は2年5組の教室から調べる。お互いに何か発見したら、大声出し呼び合う。何も無くて、次の教室に行く時は廊下でこれから入る教室の名前を大声で言ってから入る。これでどう?」
MOA 「そ、そうだね。もう時間が無いね。じゃー、すぅちゃんお願いね。」
SU- 「うん、最愛もね。じゃー後で!」
MOA 「うん、後で!」

2人は廊下を走った。
最愛は2年2組のプレートの貼られてた、左側の手前から2番目の扉の前で立ち止まり、そのまま直進で走って行く すぅ の背中を見る。
最愛は、すぅ に抱きしめられた時、わずかな不安と違和感を感じていた。その思いが杞憂であれと願いながら、走り去る すぅ の背を見つめ続けた。そして胸に湧き上がった小さな不安を払拭するかの様に、両手でほほを持ち上げた後、軽くほほを両手で叩いた。
最愛は扉へ向き直る。
すぅ は扉の前に到着する。
2人はすでに開いている扉の中へ同時に入っていった。

最愛は、2年2組教室に入るとまず前方の黒板を眺めた。何も書かれていない黒板だった。
真っ赤な夕日がかろうじて、教室内を照らしていた。

MOA 「すぅちゃんが見た黒板ってこれだよな。やっぱり何も書かれていないや。」

最愛は、口の中で独り言をつぶやきながら、教室後ろ側から前側の黒板に向かって移動しながら辺りを見渡す。
夕日の当たらない所は、暗くなりかけていた。最愛は急いて教壇脇の教師用の机に向かった。
机の引き出しをすべて開く。クリップが数個入っているだけで、空だった。
次に、生徒の机を前から横移動で覗いて行く。ほとんど空だった。たまにプリントが入っていたが、卒業式の案内や、連絡用のプリントのみで目を引く者は見つからなかった。
順番に見落としが無い様に、机を覗いて行く。後ろの席に近づくにつれ、机と椅子は荒れてゆく。窓側の2つの席に至っては、机も椅子も倒れていた。

MOA 「そうだった。ここでも女の子が一人殺されてるんだった。」

最愛は、ブルッと震えた。恐怖と戦う為に、「由結、由結、由結、由結」と心の中で念じながら、机の中を覗く作業を続ける。
そして、窓側の特に荒れた数個の席を避け、廊下側の一番後ろの席まで覗きおわった。
次は、後ろの壁沿いに並ぶ個人ロッカーだ。

個人ロッカーは1つが横30cm縦80cm程度の大きさで2段に重なっていた。
開いてみると、下の方に仕切りがあり靴を入れる様なスペースと上は衣文掛用の棒が渡っていてプラスチックの黒いハンガーがかかっていた。
廊下側から、一個づつ開き丁寧に覗いていていく。やはり、中身は空ばかりだった。
窓側に向かって横移動していく。
机の倒れた窓際に近づいてゆくにつれ、鼓動の速度が速まるのを感じる。
あと、4つのロッカーを開け、倒れた机を覗けば、この教室で探すところは無くなる。
陽が落ち切る寸前なのか、教室に光が入らなくなってきた。
最愛は、あわてて背負っていた由結のリュックを下ろし、中から自分の鞄を取り出す。
そして、鞄の中から懐中電灯を掴んだ。

MOA 「あっ! すぅちゃんの分の懐中電灯も借りて来たのに、渡し忘れてる!!急いでこの教室を終わらせて、すぅちゃんと合流して懐中電灯を渡さなきゃ!!」

由結のリュックに再度鞄を押込み、リュックを背負い直した。
最愛は、残り4つのロッカーの内、手前の上の段を開け中を左手の懐中電灯で照らす。やはり何もない。
そして、下の段のロッカーに手を掛けようとし、懐中電灯で照らすとある事に気付いた。

下の段のロッカーが1cm程開いていたのだ。今まで全てのロッカーは閉まっていた。なのにこのロッカーだけ少し開いている。高ぶる鼓動を押える様に唾を飲み込む。ロッカーの開いている部分に右手の人差し指を掛け、そぉーっと開き、そして中を照らす。特に何もない。腰をかがめ床に這う様にして靴置き用のスペースを覗き込む。

MOA 「あっ。本がある。」

靴置き用のスペースの奥に隠す様に黒いハードカバーの本が一冊だけ入っていた。
最愛は、その本を取り出し、しゃがみこんだ膝の上に本を置いた。
黒い本の表紙は手製の様で黒い皮が丁寧に貼られていた。表と裏そして背表紙を確認するが、本のタイトルも何も書かれていない。
人差し指でそーと表紙を開く。
そこには

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 【赤夜の章 其の弐】
 --------------------

と赤いインクで手書きで書かれていた。
最愛は更に1ページ目を開く。

--------------------
 4月8日
 今日から、2年生か。
 ホントに、ホントに、ホント~に残念。
 黒夜と別々のクラスになってしまった。(T_T)
 黒夜は5組。赤夜は2組。
 間に2クラスも挟まってるよぉ。
 学校行事でも絡む事が少ないかも??
 あ~あ、憂鬱な1年間になりません様に!!
--------------------

MOA 「び、ビンゴ!!目当ての黒夜の日記じゃないけど、大収穫だ!急いで すぅちゃんに知らせなきゃ!!」
MOA 「すぅーーちゃぁぁーーーん!!赤夜の日記を見つけたよぉぉぉっ!!」

最愛は、すぅ を呼ぶためにしゃがんだまま大声で叫んだ。
そして、赤夜の日記をパタンと閉じると、懐中電灯を右手に、日記を左手で掴みながら胸に押し当て、扉に向かって振り向きながら立ち上がった。

  『ボォォォ~~~ッ。オォォォォォオオオオォ。』

突然、建物が低い唸り声を上げた。その音は地面の底から暗い叫び声の様に聞こえた。
聞きたくない。耳を押さえ、このまましゃがみこんでしまいたい。そう思わせる音だった。
最愛の体が硬直する。それと同時に、全身に鳥肌が立ってゆく。
教室内の空気が少し変わる。最愛の視線の先には入ってきた入口を見る。
扉の向うの景色が、どんどん黒く塗り潰され絶望色へと変わってゆく。
僅か1、2秒で、扉の向う側には完全なる闇が満たされ、何も見えなくなっていた。
陽が完全に落ち、闇と恐怖の時間が訪れてしまったという現実に最愛はただ震え続けていた。

世界が変わる。常世に変わる。生者を拒否するかの如く闇が建物を蝕んでいく。
最愛がいる2階の2年2組の教室も廊下程ではないが、例外ではなかった。
窓から明かりが入り懐中電灯で照らさなくても、椅子や机がどこに有るのかは、うっすらと見える。だが、知りえる色彩と異なる。部屋全体がうっすら赤い。写真の暗室程ではないが、心なしか赤いのだ。
そして、最愛の視界の右端で明らかな変化が始まった。
黒板に文字が浮かび上がる。何も書かれていなかった黒板に、赤いチョークの文字がビッシリと浮かび上がってくる。
最愛の視界が、じんわりとにじむ。そして、目尻から一筋の涙がこぼれる。

遠くから、声が聞こえた。
聞き慣れた声だ。

遠くから聞こえるその声は、硬く固まった最愛の心に真っ直ぐに届いてくる。

SU- 「最愛ぁぁーーっ!聞こえるぅぅぅ?!」

その声が、最愛を一気に現実へと引き戻した。
最愛は慌てて、教室の開かれた扉に近づく。

MOA 「すぅちゃぁぁーーん!!聞こえてるよぉ!赤夜の日記を見つけたよぉぉぉっ!!」
SU- 「さっき聞こえたよぉ! 暗くて、うまく動けない!だから、 すぅ が行くまで、その日記を読んでてーー!その日記で全てがわかるはずだからぁぁ!!」
MOA 「赤夜の日記だよぉぉ!黒夜の日記は無いよぉ!! すぅちゃーん、懐中電灯渡しに迎えに行くよぉ!!!」
SU- 「来ないでぇぇ!!!最愛まで動けなくなる!!すぅ が行くから!!絶対に行くから!!赤夜の日記を!!日記を読んで待ってて!!!その教室には今の由結は入れないはずだからぁぁ!!すぅが行くまで、ドアを閉めてて、今すぐにぃぃ!!!!鍵をかけてぇぇぇ!!!!」
MOA 「わかったぁぁ!!」
SU- 「See you!!!!」
MOA 「See you!!!!」

最愛は、教室の後ろの扉を急いで閉め鍵をかけた。急いて、教室の前の扉に移動し、薄く開いた扉を閉め鍵をかける。
そして、扉すぐ近くの最前列の机に移動する。右手廊下側の壁から出ているフックに懐中電灯をぶら下げ、懐中電灯の明かりが机の上を照らす様に、机を廊下側の壁寄りに少しずらした。

最愛は机に座ると、日記を開いた。
緊張と恐怖の所為で、先程読んだ一頁目を目で追うが、全く頭に入って来ない。
焦れば、焦るほどに目の動きだけが空回りし、一行たりとも理解出来ない状態になっていた。
こんな時にどうすれば良いかを最愛は過去に幾度となく経験していた。
最愛は立上り、目を閉じた。

周りの風景をライブ前の舞台袖のイメージに固定する。舞台は大きければ大きいほど良い。
出番の瞬間だ。
緊張のピーク。
そして3人で連なり舞台上へと踊り出る。
すぅちゃんと由結とアイコンタクトを行い、上座の定位置に移動する。
会場は海外のフェス。観客は数万人。
腹を決め、伏せていた瞳を観客に向ける。
集中する視線と歓声。
心と体の解放の瞬間。
もう、湧き上がる笑みが抑えきれない。

ほの暗くそして鈍く赤い教室で、懐中電灯の明かりをスポットライトの如く浴びながら、最愛は微笑む。教室が最愛の精神状態に呼応したかの様に赤さを増し僅かに震えた。
最愛は、口元に微笑を残したまま、ゆっくりとゆっくりと瞳を開いた。
完全にスイッチが入った状態だった。大きく開いた瞳孔が赤く輝く。この状態の最愛の集中力と状況判断力は常軌を逸す。ドーパミンやアセチルコリンといった脳内物質が大量分泌され、150億個の神経細胞が一斉覚醒する。神経細胞とニューロンを繋げているシナプスに過電流が送り込まれ、最愛のニューロンネットワークは輝き出すのだ。

最愛は、凄いスピードでページをめくっていく。途中に『黒夜』の文字を見つけると一瞬めくる手の速度が緩まるが、止まらない。ほとんどがたわいもない内容で、学校内では黒夜とお昼を週3程度で一緒に食べている様だった。他には平日はファーストフードと土日は結婚式場の配膳のバイトをしている様で、それらの内容を理解した上で読み飛ばしていく。
僅か十数秒で一気に4月の日記を見終る。
5月の頁を数頁めくった所で、ピタリと手を止めた。日付は5月11日。

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 5月11日
 黒夜と学校外で話すのは5月5日にみんなでカラオケに行って以来かな?
 久しぶりに黒夜とのベビメタ情報交換会を行ったのだ。
 昨日の五月革命大阪は激熱だったらしい。ついに全曲神バンド演奏!!
 いつも声の小さい黒夜が、ファミレス中に響き渡る声で「見に行きたい!」と叫んだww。
 ホントに黒夜はベビメタが絡むと人格が変わるよww。
 今年は、イベントが盛り沢山みたい。
 バイトが忙しすぎるから、なかなか見に行けないな。
 五月革命Zeppも赤夜の所為で行けなくなっちゃったし。
 黒夜は
 「ベビメタは絶対に赤夜とじゃなきゃもう行かないよ!楽しさが数倍違うもの。」
 って言ってくれてるけど、ちょっと申し訳ないな。(嬉しいけどね♪)
 ライブ多くなりそうなのかぁ。フェスは高いから無理だなぁ。
 よーし、1公演でも多く行ける様に、バイトを全力で頑張ろう!!
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また、ページをめくっていく。5月6月とめくっていき、7月頭で手が止まった。

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 7月1日
 ママが仕事中にお店で倒れた。
 入院する様に病院で言われたが、「仕事があるから」と断ったみたい。
 何の病気だったのか聞いても、「ただの風邪よ。」と答えるばかり。
 顔色が凄く悪くて、本当に心配だ。
 ママに無理はさせられないな。
 バイトをもう一つ増やそう。
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 7月8日
 今日のママは体調が良さそうだった。
 少し顔色が良いかも。
 ホントに風邪だったのかな?
 今日から朝6時からビル清掃のバイトがスタート。
 ゴミ箱のゴミをひたすら回収!!
 隠れゴミ箱を探すのが大変。机の足元に隠されてたりね。
 明日も朝早いから、今日はもう寝るぞ!
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 7月28日
 ママの化粧台の中から、大量の薬を見つけた。
 なんの薬なのかわからない。
 お店に行く前に病院に行ってるみたい。
 ママに聞いても、「大丈夫、大丈夫」ばかりでちゃんと答えてくれないし。
 ママ本当に大丈夫なの?
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 7月31日
 ママがまた倒れた。
 お店に行こうと玄関に立った時だった。
 救急車に乗せる時、ママを支えたが、ビックリする位に軽かった。
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 8月2日
 ママの手術が行われた。
 お医者さんに聞いたら、「元々今日が手術予定だった。」との事だった。
 手術直前まで入院を断り続け、強引に家に帰ってしまうとも言っていた。
 「休みが続くと常連さんが離れてしまう。」が口癖だったな。
 だから、旅行も1泊が限界だったっけ。
 
 病名を聞いたら、やっぱりガンだった。肝臓と膵臓・・・他にも。
 手術は成功した様だったが、予断は許さない状況との事だった。
 眠り続けるママの手を握った。
 柔らかかった手が枯れ枝の様になってて、涙が止まらなくなった。
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 8月4日
 ママの意識が戻った。
 意識が戻った途端に着替えようとして、
 「退院して、店に行く!」と言い出した。
 「ママの代わりに、私がお店に出るから!だから、入院してて!」と言うと。
 「わかった、代わりの人にお店をお願いする。
  沙夜はダメよ。未成年だしね。あなたは自分の夢を追いかけなさい。」
 って言われてしまった。
 今まで一度もお店を手伝った事がない。
 営業前に掃除しに行ったりとかはしてたけど。
 ママ曰く「ママは10代の頃から水商売をし続けてた。だから幸せが流れて行っちゃうのよ。」
 ・・・でも。
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 8月5日
 ママに内緒で、ファーストフードのバイトの後にママのお店を手伝う事にした。
 ママの代わりに手伝いに来ている『リョー』さんとは、正直気が合いそうにない。
 カウンターには未成年だから立てないので、洗物や雑用全般を行う事にした。
 ママが戻ってくるまで、赤夜がこのお店を守らなければ!!
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この日の日記を境に、内容は一言「今日も疲れた。」とのみ書かれているのが増えて行った。
7月まであれだけ出て来ていた『黒夜』の名前も8月中は全く出てこなくなってしまっていた。

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 9月1日
 夏休みが終わっちゃった。
 学生での最後の夏休み。終わっちゃった。
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 9月2日
 今日から新学期だ。
 久しぶりに黒夜にあった。
 「連絡全然取れなかったけど、何かあった?」
 って、笑顔で言ってきた。
 ・・・何かあったどころじゃないのに。
 黒夜はお金に対してと、病気に対しての感覚が赤夜とは違う。
 仕方ないんだけど。話しててイラっとする時があった。

 そして、今日ママの2回目の手術が行われる。
 腎臓の裏にあるガンを取り除く様だ。
 医者が言うには、「術野が異なる為に、1回目の手術では取り除けなかった箇所」
 との事。
 今回は手術後すぐにママの意識は戻った。まだ話せる状態ではないのに、疲れた顔で微笑んでくれた。
 高額療養費適用だったけど、1回目の手術代と日々の入院代で、もういっぱいいっぱいなのに、支払えるのかな?
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 9月3日
 来年で、閉校になるらしい。
 1年生が騒いでる。
 今日もまた廊下で黒夜と会ってしまった。閉校について黒夜から話しかけてきた。
 「この学校ずっと赤字みたい。子供が少なくなってるからね。
  融資してくれてた所が、来年は融資を止めるんだって。
  それと、1年生達は、別の専門学校に自動編入らしいから、大丈夫だってさ。」
 って言ってた。
 それと、「赤夜、大丈夫?」って笑顔で言われた。
 その場を立ち去りながら「大丈夫じゃないよ。」って聞こえない様に小さな声でつぶやいてしまった。
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 9月21日
 ママが退院した!!
 ホントにうれしい!!
 お店で退院祝いパーティーを行う。
 常連さんが何人も来てくれた。
 ママも嬉しそうだった。
 その日、『リョー』さんは来なかった。

 その日の夜、ママと喧嘩をした。
 原因は、常連さんの態度で赤夜がお店の手伝いをしている事がバレたから。
 ママは怒り続けた後、「ごめんね。」と赤夜の両手を握りながら、泣き続けた。
 ママの手は細く、そして冷たかった。
 病気になる前と比べて、ママは10歳位老けた様な気がする。
 その事に気付き、赤夜も一緒に泣き続けた。
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 9月25日
 今日からママがお店に戻ってしまった。
 3日間だけ店を閉めていたが、「お店が心配で逆に体調が悪くなる。」
 って笑ってた。
 赤夜がお店を手伝いママをサポートするって条件で、ママがお店に戻る事を許可してあげた。
 お店に着き、ママは帳簿を眺めたまま無言になった。
 2ヶ月かんの帳簿を見終った後、お店の外に出て行った。
 外に出て、携帯で誰かと言い争ってる様だったが、内容は聞き取れなかった。
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 9月27日
 11時前に体調不良を訴え、保健室に移動。
 中に入ると、すでに黒夜がいた。
 保険室のおばちゃんに、袖の下としてクッキーを握らせるww。
 黒夜と待ち合わせして、予約の開始だ。
 全然電話が繋がらない。もうだめか?と思った時黒夜が、
 「繋がった!」って!
 「赤夜の分と2個予約出来たよ!!」
 ってさ♪
 それにしても、高すぎる。
 ・・・まぁ、自分に対するご褒美だ。この位許そう!!

 今日はバイトが休みだったから、提出期限間近の課題を終わらせる為に木工室で居残り作業をする事にした。
 バイトと店の手伝いで学校の課題が溜っちゃってる。
 模型課題を今日中に終わらす為に、店の手伝いも遅れるってママに伝えてある。
 作業中に廊下を見たら、いつからいたのか黒夜が窓から覗いていた。木工室に入って来ようとしない。
 ただ覗き続ける黒夜にイラっとして呼びにいった。
 そして、ちょっと作業を手伝わせちゃった。
 やはり、黒夜は手先がメチャクチャ器用で丁寧だ。
 予定より全然早く課題の作成が終わったので、ルーフバルコニーに黒夜と出た。
 夏風を浴びていると黒夜が伏し目がちに
 「赤夜、黒夜の事が嫌いになった?」
 っていきなり聞かれた。「はぁ?!」って答えると
 「最近、全然会えないし、廊下で会って話しかけてもイライラしてるみたいだから。今日の保健室で待合せる約束をメールでしても、返答が『OK』の一言だけだったし・・・」
 黒夜の態度にイライラした事もあったな。とちょっと反省し
 「そっか。余裕無かったからね。」
 と答えた後、ママの病気の事やバイトの事など今まであった事全てを黒夜に話した。
 黒夜は赤夜の話しを聞き、「大変だったね」と泣いてくれた。
 そして、10月19日は黒夜と一緒に新宿へ引取りに行く約束をした。
 久しぶりの黒夜とのデートだ。
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最愛は、日記から目を離し、ゆっくりと息を吸うと深いため息の様にハァ~ッと吐き出した。
もう一度7月終わり頃から、日記をペラペラと9月終わりまで捲る。

MOA 「7月までカラーペンやシールを使ってたのに、赤夜さんのママが病気になってから、黒ペンだけになってる。字も丁寧じゃなくなってる。・・・家族が病気になるって大変なんだろうなぁ。由結も大変だったって言ってたな。最愛のママがもし重い病気になったら・・・。毎日泣き続けるだろうなぁ。」

最愛は、赤夜の日々を思い描いた。
自分が赤夜の事を“赤夜さん”と呼んだ事に気付いていない。
日記を読む事により、彼女達をやっと一人の人間として認識出来た様だった。
最愛は続きを読む前に一度意識を教室の外に向けた。何も音はしていない。
シーンという静寂の音が聞こえてきそうな位に無音だった。
続きを読むべく10月の1ページ目をペラリと開く。

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 10月1日
 課題模型を展示室に運ぶ途中に廊下で学長に声をかけられた。
 「君の作品は、どこか私の感性に似ている気がするよ。」
 だって。
 ちょっとビックリ。
 その後、名前を聞かれてクラスと名前を答えたら少し首を傾げ不思議な顔をされた。
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そして、またバイトとお店の手伝いその日々が続いて行く。

最愛は10月のある日で、ページをめくる手を止めた。
他の日は、バイトや店の手伝いついて1,2行書く程度で、文面の簡易さから日々の疲れの蓄積しか読み取れない内容なのに、この日はびっちりと書き込まれていた。それも1ページで収まっておらず、複数のページに跨っている。
その日以降の日記を覗く、やはり1,2行しか書かれていない。
この日の日記の最初の一文は文字も大きく数行を使って殴り書かれていた。大きな感情の起伏がその文字の躍動からも読み取れた。
最愛は由結を助けるヒントが有ると感じ、読み飛ばさない様に一行一行を指でなぞりながら、丁寧に読み進めていった。

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 10月19日
 
 今日は嬉しい気持ちと悲しい気持ちになる事があった。
 
 何から書けばいいんだろう?
 良い機会なので、黒夜の出会いについて書き残しておこうと思うんだけど、いざ書こうとすると難しいなぁ。
 
 黒夜とは入学して廊下ですれ違った事はあったかも、でも名前も知らなければ顔も覚えていない状態だったんだよね。1学期が終わり、夏休みに突入しちゃう。
 私こと赤夜は、夏休みは学校の課題をお盆までに完璧にこなし、あとは高校の頃の友達とよく遊んでたかな?サマソニも行ったりしてた。そうそう、この時に赤夜はBABYMETALに出会ってハマってしまったんだ。

 で、1年生の新学期がスタートして、夢を追いかけて入学した生徒と、なんとなくで入学した生徒の差が夏休みを過ぎた頃に顕著に現れてくの。そして驚くほどの課題の多さに付いて行けずに退学していく生徒も、ちらほら出始めていたんだ。
 赤夜が仲良くなった、友達2人も「なんとなく組」に属していて、夏を過ぎた辺りで1人が退学して、もう1人も課題に真剣に取り組む赤夜と属性が異なると思ったのか、別の「なんとなく組」とくっ付く様になり疎遠になってちゃった。

 学校で孤立したのと丁度同じ頃かな?
 当時はママのお店は、ママと25歳位の綺麗なお姉さんの2人でやってたんだけど、そのママと一緒に働いてた綺麗なお姉さんが、ちゃんとした昼間の仕事をするって理由でお店を辞めちゃったのね。その子目当ての常連さんが多かったみたいで、一気にお客さんが減っちゃったの。で、新しい子を募集したんだけど、いい子が見つからなくて結局ママが一人でお店を切り盛りする事にしたの。ママと赤夜2人分ならなんとか生活出来るかな?って感じで。
 でも、赤夜の年2回納める学費が厳しくて、頭を抱えながら電卓叩いてるママを見て「自分の学費は自分で稼ぐ!」って宣言しちゃったのね。
 で、バイト掛け持ち生活がスタートしちゃうんだけど・・・。
 学校が終わったら、すぐにバイトに向かう状態。で土日もバイト。こりゃ友達出来ないわ。
 気付けば、特別仲良い友達ってのがいなくなっちゃって。孤立した状態から抜け出せなくなっちゃった。
 まぁ、バイトと学校の課題で毎日忙しかったし、時間がある時はBABYMETALの情報を追いかけたりで充実してたから、友達がいない事もあまり気にならなかったかな。
 そんなある日、バイトが無い日に居残りで木工室で模型課題を作ってたら、赤夜以外にもう1人居残りで、課題を作ってる子がいたの。木工室には2人だけ。で、その子は話し掛けたそうにチラチラと赤夜の事を見て来るの。モジモジしてる様子にイラっとして、一段落付いた所で「何か用?」と声をかけた。そしたら、その子ビックリして後ろに転んで尻モチついたのww。
 で、座るその子に手を差し伸べて「赤井沙夜よ。」って話し掛けた。黒夜は「ありがとう。黒川です。」って顔を真っ赤にして照れ笑いしながら答えただけだった。
 それが、黒夜こと黒川沙夜との第一次接近遭遇だったのね。

 転んだ黒夜を起しながら作成中の課題を見てビックリしたのを憶えてる。すごく丁寧で綺麗な出来だった。正直負けてるって思ったね、悔しかったなぁ。
 この日の一ヶ月以上後に黒夜から聞いたんだけど、黒夜は赤夜の事を知ってたみたい。居残り木工室で何回も見てて、「上手だなぁ。」って思ってたんだって♪で、名前が同じだから、ずっと声をかけたかったんだってさ。
 で、この日の会話はこれだけね。ホント出会っただけ。だって、黒夜の第一印象は「笑った顔は可愛いけど、おどおどしててメチャ暗い子」だったんだもん。友達に絶対にならないタイプ?!黒夜ゴメン!!
 その後も廊下や、木工室で出会う事は会っても、話しかけなかったなぁ。毎日が忙しくて友達が欲しいとか思ってなかったし、黒夜の第一印象がアレだったし。再度ゴメン!!
 で、で、で、運命の2012年12月20日赤坂BLITZの聖誕祭!!
 最初から、盛り上がりに盛り上がって、ライブの中盤。YUIMETALとMOAMETALの歌からあの曲が始まった。会場中から歓声が上がって、赤夜も「キャァ~~!」って絶叫!横からも同じ様に女の子の絶叫が聞こえて、反射的にその隣の女の子に抱き着いて「可憐だよ!!Over The Futureだよ!!」って言ったら、なんとその子が黒夜だったの!!!!
 もぉー、ビックリ仰天!!
 盛り上がりで揉みくちゃだから、離れない様に手を繋いで、2人で『Over The Future』を歌いながら見たの。で、そのままライブが終わるまで手を繋いで2人で見続けた。『翼をください』には2人で号泣して、ライブが終わったの。

 2人とも1人ボッチで参戦してたから、そのまま2人で地元に戻って深夜までファミレスで話し続けた。その夜に黒夜の名前も赤夜と同じ『沙夜』って名前だった事を知って、お互いを『赤夜』と『黒夜』と呼ぼうって決めた。で、2人はこの日を境に親友になったの。
 赤夜と黒夜は隣のクラスで、2クラス共同作業の時は同じ作業場で作業してたんだって、この日までまったく気付かなかったよ。共同作業時間は一緒に作業して、休み時間もご飯を食べる時もずぅ~~っと一緒。YUIとMOAの関係の様に一緒に過ごした。

 で、やっと今日の話し。
 新宿に黒夜と『LIVE ~LEGEND I、D、Z APOCALYPSE~』を取りに行ったのね。
 嬉しくて、2人でマントストールを付けて新宿を歩いて、ファーストフードで食事して、そしてDVDを見れるカラオケ屋に行って2人で鑑賞!赤夜と黒夜が映ってないか、2人で目を皿の様にして見た。「たぶん、この手はウチらの手だ!!」とか言いながらね。
 あの日の興奮が蘇ったよ!
 ホントに久しぶりに楽しい一日だった。
 あと、黒夜は、赤夜のママの病気や、赤夜が働き過ぎて疲れてないかとか心配してくれてた。
 「課題が辛かったら、放課後手伝う。」って言ってくれた。
 ママの病院名や担当医の名前も聞かれ、「色々相談にのるから!」と言ってくれた。
 その優しい気持ちがホントに嬉しかった。
 来週、一緒に放課後に居残りで課題をやろうって約束をした。

 で、悲しい気持ちになった話も。
 たぶん、黒夜は赤夜と別な人とBABYMETALのライブに行き始めてると思う。
 会話の最中に「赤坂BLITZって良い箱だよね?また行きたいね」って問いに「う、うん。」って言葉が濁った。赤夜は申し込めなかったタワレコ―ドの「15の夜」に行ったんじゃないかな。それどころか、フェスも・・・。サマソニやイナズマも行ったんじゃないかな。
 明日も、もしかしたら。
 黒夜の家はお金持ちだから、行こうと思えば全部行けるんだよな。
 まったく連絡しなかった赤夜が悪いんだけど・・・赤夜以外のライブに行ける友達が出来てるって思うと、すごくさみしくて悲しい気持ちになる。黒夜には赤夜の行けない分もBABYMETALのライブを見て欲しいって思ってるのに・・・赤夜はエゴイストだ。

 ふぅ。明日は朝からバイトだ。
 今日はちょっと反省しながら、もう寝よう。
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最愛は、ここまで読み大きく背伸びをした。
下の階で見た、写真を思い出す。赤毛のクセっ毛で色白な女の子。一重で少し目付きが険しく、不満そうな表情で写っていたその姿を。

MOA 「赤夜さんと黒夜さんは、聖誕祭で友達になったんだぁ。この2人の繋がりはBABYMETALによって作られていったんだ。
   黒夜さんはお金持ちなのか。黒髪でワンピースを着て笑顔だった。育ちが良い雰囲気があったもんな。あの笑顔を赤夜さんは可愛いって言ったんだろうなぁ。
   ・・・10月かぁ。2人の事件があったのはいつだろう?卒業前?卒業後?
   この後に何が起こって行くんだろう?赤夜さんは黒夜さんに殺され、黒夜さんは実の父親に殺されるてしまう程の何かって・・・何?」

最愛は、再び赤夜の日記である【赤夜の章】の続きを読み始める。
この日の後もまた1、2行だけ書かれた日々が続いて行く。
11月後半辺りから、「疲れた」といった感想すら無く「学校⇒バイト⇒お店の手伝い ママ○」とだけ書かれつ日が続いて行く、日によって「ママ○」の所が「ママ△」と変わる。
12月10日過ぎから「ママ△」が連続して行き、ついに12月19日に「ママ×」へと変わってしまった。
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 12月20日
 
 今日は聖なる日なのに。
 日なのに。
 明日は楽しみにしていた聖誕祭なのに。
 聖誕祭なのに。
 
 ママがまた。
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 12月21日
 
 昼、荷物を取りに家に戻った時、黒夜に電話した。
 そして、聖誕祭に行けなくなってしまった事だけを伝えた。
 電話しながら「助けて」と一言呟くと涙が止まらなくなって、何も話せなくなった。
 黒夜が「待ってて!」と言い電話を切った。
 1時間後、黒夜が来た。
 何か飲み物をと台所に行くと、ママが吐いた血がそのまま残っていて、その場にまた泣き崩れてしまった。
 その光景に黒夜はどうして聖誕祭に行けなくなったか察してくれた。
 
 黒夜がそのまま病院に付いて来てくれた。
 そして、夕方まで付き添ってくれた。
 黒夜に「お母さんの病状は?」と聞かれたが、「昨日聞いたが、何も耳に入って来なくて。ガンだと思うけどわからない。」と答えた。
 それを聞き黒夜は主治医と廊下で何か長話をしていた。
 黒夜は、病気や病院に詳しい。きっと私の代わりに手続とか色々聞いてくれてたんだろう。
 その様子が病室から遠目に見えた。
 
 主治医と話しながら、黒夜が少し微笑んだ様に見えた。
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 12月22日
 
 ママは、うっすらと起きて、すぐに眠るを繰り返している。
 そして、その状態の所為なのかママが黒栄記念病院という少し大きな病院に転院した。
 前の病院から「設備が少ないので、こちらの病院に紹介状を書きます。」と言われ、そのまま救急車で転院になった。
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 12月23日
 
 ママの意識が普通に戻った。
 しかし、顔色は幽霊の様に青白い。
 笑顔はとても弱々しく。見ているだけで涙が止まらなくなる。
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 12月27日
 
 銀行から、マンションの差し押さえ通知が来た。
 7月からローンの返済が出来ていないと書いてある。どうしたらよいか、わからない。
 病院でママに相談する。「銀行に連絡して売ってしまいなさい。お店があれば何とかなるよ。沙夜はママが治るまで、お店に寝泊まりしなさいね。」
 と言われた。ママの横で、銀行に電話をして病室で相談を受けて貰う様にした。
 お店は年内お休み。年明けから誰かに手伝って貰えないかお願いするって言ってた。
 「またリョーさん?」と聞くと「あの人はダメ!」と少し怖い顔でママは答えた。
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 12月28日
 
 検査の結果がでた。
 「手の施しようがない。もって3ヶ月。」
 目の前が真っ暗になる。
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 12月29日
 
 マンションからいつでも出れる様に片付ける。
 マンションからお店に運んだ荷物は段ボールで5箱。
 他は、全て処分して貰う事にした。
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 12月31日
 
 静かに時が流れる。
 ママと一緒に病室の窓から、車の流れを眺めていた。
 涙で滲んだ瞳には、テールランプが赤い光の川の流れの様にも見える。
 ゆっくりと年を越して行く。
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 1月1日
 
 「今年も宜しくお願いします。」
 とお互いに挨拶し、ママが少し笑った。
 「沙夜にとって良い年になればいいけど。難しそうね。」
 「うんん。こんなにママと一緒にいれる日々って初めてだから、沙夜は幸せだよ。」
 「色々な事をいっぱい話そうね。」
 「うん。」
 ママと色んな事を話す。
 ママが幼かった頃の話し。
 沙夜が幼かった頃の話し。
 パパの事以外、色々な事を。
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 1月23日
 
 今日は誕生日。ついに成人になった。
 ママとささやかなお祝いをした。
 プレゼントもケーキも無い誕生日だけど、ママと一緒にいれる時間が最高のプレゼントと感じた。
 ママが、「ごめんね。」って言った。
 赤夜は、「ありがとう。」って返した。
 
 ママに言えなかった事がある。
 今日、マンションが売れ、マンションの鍵を不動産屋に渡した。
 10年間の思い出が詰まった場所が、数ヶ月生活出来るわずかなお金に変わった。
 明日から、お店を開けよう。
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 2月15日
 
 店にリョーが来た。
 店には客は一組もいない。もう何日もお客が来てない。
 理由はわかってる。私が笑顔になれないからだ。お客と話す事が出来ないからだ。
 リョーは、客のいない店を見渡し、「ホントだねぇ」と言いながらケタケタと笑った。
 そして、赤夜を見下ろしながら、
 「明日から、私が手伝ってやるよ。」
 と言った。
 ママの帰る場所を残さなきゃって思い、断わる事が出来なかった。
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 2月22日
 
 リョーのおかげで客は来る様になった。
 しかし、ヤクザ風の男達ばかりだ。
 売上の6割はリョーが持って行く。
 リョーもその男達も下品な笑みを浮かべ騒ぎ続ける。
 そして、閉店と共にその男の一人とリョーは腕を絡ませ店を出て行く。
 赤夜には何も出来ない。何も。
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 2月27日
 
 卒業課題の模型を必死で進ませる。
 「赤夜の卒業は、ママの夢」って言ってくれたから。
 どんなに苦しくても、学校は休まない。
 心に余裕がない。
 木工室で黒夜に話しかけられても、無視してしまう。
 
 木工室で学長に話しかけられた。
 「君は才能があるね。感性が近いのかな?私が作っても似たデザインになると思うよ。」
 って言われた。嬉しかった。
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 2月28日
 
 唯一の友達を失った。
 黒夜を失った。
 木工室で、取り返しの付かない事をしてしまった。
 日に日に表情を失くす赤夜を心配して、武道館のチケットを2日分取っていてくれていたのに。
 黒夜の「そんなにツラいなら、お父さんに相談すればいいのに。」の言葉にキレてしまった。
 赤夜にパパがいない事は、黒夜も知ってるのに。なのに。
 ニヤけながら「黒夜が、赤夜のお父さんに伝えてあげようか?」って言われ、黒夜を突き飛ばし、床に落ちた武道館の4枚のチケットをビリビリに破り捨ててしまった。
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 3月1日
 
 お店で寝泊まりしたくない。
 ママとの思い出の店が穢されてしまうから。穢されてしまったから。
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 3月2日
 
 BABYMETALのライブDVDを見よう。
 もあちゃんがキラキラと踊っている。ゆいちゃんに負けじと踊ってる。
 赤夜も黒夜ももあちゃん推しだ。
 黒夜と出会った頃、赤夜が「赤夜の方がもあちゃんの事が大好きだ!」って言った時、
 黒夜が人が変わった様に「赤夜より黒夜はもあちゃんの事を愛し続けてる。」って本気で怒った事があった。
 昨日も「もあちゃんが赤夜を待ってる。もあちゃんが赤夜を救ってくれる」って言った途端に黒夜はムッとして、赤夜を怒らせる様な事を色々言ってきた。「もあちゃんは赤夜を救ってくれない。」って言った後にお父さんの話をしてきた。
 赤夜のチケット。
 黒夜がワザと破らせた。
 赤夜のチケット。
 ワザと。
 だから破ったチケットを拾う時、黒夜はニタリと笑った。
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 3月4日
 
 今日、黒夜が赤夜の事を見ていた、気付かないフリをした。
 黒夜はなぜか笑ってた。
 
 BABYMETALのライブDVDを見よう。
 もあちゃんが救ってくれるから。
 もあちゃんがキラキラと踊っている。ゆいちゃんに負けじと踊ってる。
 Over The Futureは、もあちゃんの負けぬ心が輝る曲だ。
 武道館行きたかった。
 赤夜のチケット、破られた。
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 3月7日
 
 ママは呼吸器を付け寝ている。
 寝ているママに今日と昨日あった辛かった事、悲しかった事を報告する。
 ママと3日会話をしていない。
 
 寝る前にBABYMETALのライブDVDを見よう。
 Over The Futureを見ている時、正気でいられる。
 赤夜のチケットが破られなければ、もあちゃんから勇気が貰えたのに。
 赤夜のチケット。
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 3月10日
 
 今日も、黒夜が赤夜を見ている。
 あいつは、キモチワルイエガオで赤夜を見てる。
 赤夜のチケットを破ったあいつが見てる。
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 3月11日
 
 今日も、黒夜が赤夜を見ている。
 エガオで赤夜をじっと見てる。
 赤夜のチケット。
 破ったあいつ。
 許せない。
 ライブDVDを見てるのに。
 Over The Futureだけが聞こえない。
 もあちゃんだけが見えない。
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 3月12日
 
 ママは寝てる。
 Over The Futureが聞こえない。
 エガオで見てるあいつ。
 赤夜のチケット。
 今日も壊れてゆく。
 心が少し壊れてゆく。
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 3月13日
 
 寝てる。
 Over The Future聞こえない。
 エガオ怖い。
 チケット。
 壊れてゆく。
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最愛は、日記である【赤夜の章】を読みながら、胸を締め付けられ息が苦しくなっていた。
日記の文字は、日を追うごとに、震えながら書いた様に乱れてゆく。文字の大きさがバラバラで行に収まっていない。
人が壊れてゆく恐ろしさに最愛は震えが止まらなかった。
次の頁をめくる事を心が拒んでいる。
勇気を出し、ゆっくりとめくると、この頁は一見すると正常な状態で書かれた様に文字が整って見えた。だが、部分部分で文字が乱れている。
最愛は、人差し指で文字をなぞりながら、ゆっくりと読み進めていく
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 3月14日
 
 明日は、制作課題の授賞式がある。父兄も参加する事が出来る。
 担任の先生から、「おめかしして綺麗な服装でおいで」と言われた。
 これを言われたって事は、檀上に上がる準備をしなさいって事だ。
 つまり、賞を貰えるって事。
 おそらく、銀賞だと思う。
 金賞は黒夜だろう。
 あの子のセンスは天性のモノだ。赤夜が努力しても黒夜の様なデザインを思いつく事は出来ない。
 悔しいけど、赤夜に無い才能。
 悔しい。
 黒夜がいなければ金賞なのに。
 あいつがいなければ。
 あいつ。
 黒夜。
 今日も廊下にあいつがいた。
 やっぱりエガオで赤夜を見てる。
 あの泣いてるのか笑っているのか分からないキモチワルイエガオで。
 
 2年生にとって、授賞式は卒業式1週間前の晴れ舞台だ。
 卒業式なんかより、授賞式の方がメインのイベントだ。
 お気に入りのワンピースを着よう。
 買った時より、痩せすぎてしまったから、似合わなくなってるかも。
 黒いワンピースに黒い革靴。
 黒は赤夜のイメージカラーだ。
 小さい頃、『赤チン』ってあだ名を付けられた。
 赤い物を身に付けると『赤チンが真っ赤っか』と馬鹿にされる事があった。だから、赤い物を買わなくなった。
 そして、代わりに黒い物を集める様になった。
 赤夜は、黒が好きだ。
 黒夜も同じことを言っていた。名前に色が入る者の宿命かな?
 黒夜は、赤が好きだ。
 だから、黒夜は赤夜が好き。
 だから、赤夜は黒夜が好き。
 だから、黒夜はキモチワルイエガオで赤夜を見てる。
 なのに、黒夜はチケットを破る。
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ここまで読み、最愛は手を止めた。
頭の中の、赤い色で彩られた赤夜像が歪み消えてゆく。

MOA 「えっ?!赤夜さんは黒が好き??うそ?!ずっと、赤夜さんは赤い恰好の女の子の方だと思ってた。うん。赤のイメージで赤夜さんを捉えていた。黒髪の女の子の方が赤夜さんだったんだ。逆だったんだ。読んでて違和感はあったんだ。なんかしっくりこない感じで。よし、頭の中の日記の主人公を黒髪の赤夜さんに直さなきゃ。じゃぁ、由結に憑り付いてるのが赤夜さんって事?だったらこの【赤夜の章】が目的の日記だったの?」

最愛は、最初からパラパラと日記をめくり、今まで思い描いてた赤毛の黒夜から、この日記の本当の持ち主である黒髪の赤夜にイメージを塗り替えていった。
そして、3月14日の日記へと戻り、続きを読み始めた。

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 学校から病院へと向かう。
 そして、病室へ入ると、10日ぶりにママの意識が戻っていた。
 目が合うと、ママが優しく微笑む。
 ママの元に駆け寄り、ママの手を握る。
 ママは話そうとするが声が思う様に出ず、聞き取れない。
 ママの口元に耳を近づけ、ママに抱きかかえられる様に話を聞いた。
 ママとの会話を憶えている限り書き留めると。
 「沙夜。顔色が悪いわね。どっちが死にそうか分からないわ。お店が原因ね。あのお店は早く手放しなさい。」
 「ママ!」
 「ゴホッ。ゴホッ。この体じゃもうお店には戻れないわね。ママね、もうダメみたい。だから沙夜に沙夜のパパの事を教えてあげる。」
 「バカな事を言わないで!ママはまだまだ生きていられるって!」
 「そうかもね。でもね、また意識を失う前に話しておきたいの。沙夜の名前はね。ママの沙織の沙の字とパパの名前から一文字を取って作った名前なの。でね、沙夜には嘘を言い続けていた。」
 「嘘ってなに?」
 「パパはね死んでないの。生きてるの。」
 「嘘!?」
 「うん。今まで嘘を言っていてごめんね。でもね、あの人は沙夜が生まれた事すら知らないのよ。ママがあの人と別れたすぐ後に沙夜がお腹の中にいる事に気付いたの。」
 「なんで、子供が出来た事を伝えなかったの?」
 「あの人がママと別の人と結婚する事になってね。それで別れる事になったのよ。ママはね、別れた後でも、あの人の幸せを願ったの。だから、あの人には知らせず、沙夜を1人で育てようって決めた。だから、沙夜には『沙夜のパパは沙夜が生まれる前に死んでしまったけど、とても素敵な人だった。』って伝え続けたの。」
 「そ、そんな。」

 「本当にごめんね。沙夜が1人になって、どうしても困ってしまったら、パパに会いに行きなさい。お店の金庫の中、底が2重になっててその中にお店の土地と建物の権利書が入ってる封筒がある。その封筒の中にあの人宛に書いたけど20年前に出せずにいた手紙、そして2年前に書いた手紙があるの。その2通の手紙を読みなさい。」
 「パパなんて、今更いらないよ!ママさえいれば・・・ママさえ・・・。」
 「20歳になったけど泣き虫なの治らなかったね。・・・ママは沙夜の笑顔が好きなの。・・・沙夜の笑顔をまた見たいわ。・・・笑顔。あの・・笑顔も・・・まだ見れて無いな。」
 そう言うと、ママはまた眠りについた。
 しばらく、ママの手を握り寝顔を見続けた。
 明日、賞状を持って笑顔でママに会いに来よう。
 笑顔で。
 満面の笑みをママに見せよう。

 病院を出ると、駐輪場の脇に黒塗りの車が止まってた。
 車の中にあいつがいる様な気がした。
 あいつの事を考えると頭が痛くなる。
 割れる様に痛くなる。

 パパへの手紙は、リョー達がいるから今夜は金庫が開けられない。
 明日の朝金庫から出そう。
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最愛は手の平をズボンで擦った。大量に掻いた手の平の汗で日記の文字が滲んだ為だった。
暑さはまったく感じなかった。肌寒さすら感じている程だった。
建物外の気温は陽が落ちたとは言え、30度近くあるだろう。
鉄骨鉄筋コンクリート造の建物は気密性が高い為、熱の放射率は低い。日中に暖められた建物内の温度も外気と大差ないはずだった。
なのに、手の平以外はまったく発汗がされない。建物内の空気を体が拒絶し毛穴や汗腺を閉ざし身を守ろうとしているかの様だった。
『1人の少女が殺されるまでの日記』と思っただけで、背筋を冷たい空気が流れる様にぞわぞわと産毛が逆立ってゆく。
決定した過去の出来事を追っているのに、最愛は祈らずを得なかった。

MOA 「どうか。どうか、赤夜さんのママが元気になります様に。赤夜さんが幸せになります様に。」

最愛は震える手で頁をめくり、そこに現れた文字が瞳に写った瞬間、目を硬く閉ざした。
 

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 3月15日

 ママ、さようなら。
 最後の瞬間、一緒にいれず、ごめんなさい。
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最愛の固く閉ざした瞳から、涙がボロボロとこぼれた。
最愛は1階に貼られた写真を思い出す。
赤夜は満面の笑みで写真に写っていた。
この日記を読めばわかる。心は既に壊れかけボロボロだったに違いない。
それでも賞状と楯、そして満面の笑みを赤夜の母親に見せようと写真に写ったのだ。
あの写真の撮影の後、母親の容態が急変したのかもしれない。
そして、駆け付けたが母親の死に目に会えなかったのだ。
見開きで大きく書かれたその文字は震え、至る所が水玉にインクが滲んでいた。
赤夜は、涙をぼたぼたとこぼしながら、この文字を書いたのだ。
その時の赤夜の感情が最愛を包み、最愛の瞳から涙を流させる。

最愛は瞳を開け、涙を流しながら頁をめくる。
次の頁は左右共に何も書かれていなかった。
今まで1行だけでも必ず書かれていた日記だった。
その日記に初めて訪れた空白の頁。
その頁には何も書かれていなかったが、一面水滴で紙がぽつぽつとふやけ凹凸が出来ている。
その空白の頁が、最愛の心を悲しみで支配する。

そして、ゆっくりと最愛は頁をめくる。
次の頁には、文字が書かれていた。
今までサインペンで書かれていた文字がボールペンのインクの文字へと変わっていた。




ベビメタ小説-『チョークで書かれた道標』(
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