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『魔法少女ゆい☆もあ&すぅ!
』(上) まーと作


 その① さくら魔法女学院

 桜舞う通学路を真新しい制服に身を包んだ少女達が歩いています。
 たくさんの希望と少しの不安を胸に抱いてとある学校の門をくぐっていきます。
 その門に刻まれた名は『さくら魔法女学院』。
 そう、ここは魔法使いを養成する学校なのです。

 この世界にはに当たり前のように日常の中に魔法が存在します。
 ですが、誰もが使える訳ではありません。
 極僅か一部の者に備わった才能なのです。
 それは血統だったり偶然だったり・・・
 魔法は大まかに火、地、風、水の四つのエレメントに分けられ、基本的にどれか一つ適性に合った能力が使えます。
 しかしながらこの世界の魔法はそれ程便利なモノではありません。
 何故ならば発動の条件がとても限られているからです。
 その条件とはすなわち周囲の人の心を動かす事。
 その時に発生するプラスの気を魔力に変換するのです。
 なので魔法使い達は魔力をチャージする為に歌だったりダンスだったりそのビジュアルだったりお笑いだったりお芝居などの芸事を磨いて周囲の人の幸せな(気)を引き出さなければなりません。
 そんな事情も有り、『さくら魔法女学院』や数多の魔法学校は魔法そのものの教育もさる事ながら、むしろ芸能に秀でた人材を養成する機関となっているのです。
 中でも見た目、歌、ダンスの要素を含んだ所謂アイドルという分野は人々の支持を得やすく、即効性と熱狂性が有るので容易に魔力が使える事から年若い魔法使いの大半がまずはアイドルを目指す事になるのです。

 さて魔法使いには何が出来るのか?
 能力の無い一般の人から見たらそれはビックリする現象ばかりですが、実はぶっちゃけ大した事は出来ません。
 例えばアイドル魔法使いの火属性ならステージで花火を上げたり火柱立てたり、地属性の魔法使いなら一瞬でステージセットをチェンジしたり花を咲かせたり、風属性の魔法使いなら会場内を飛び回ったりTMRさん的な事をしたり、水属性の魔法使いなら水や氷のオブジェを出したり水蒸気でスモーク出したり(大抵機材が錆びるじゃねえかと怒られる)とかそういう感じなのです。
 ファンタスティックな演出に観客が感動する、その(気)をまた魔力に変える、その相乗効果による好循環が素敵な空間を作る、それがこの世界の魔法の最も有効的な使い道とされているのです。
 人々が怖れる破壊行為や殺戮やその他犯罪行為には基本的に魔力が得られないので魔法は使えないのです。
 この世界の魔法は一部例外を除いてはとても無害でファンタジーなモノなのです。

 さて、話をさくら魔法女学院(以後略してさくら学院と記します)に戻します。
 さくら学院は小等部、中等部、高等部の一貫教育となっていますが、魔法使いの素質が認められた時点で入学を希望する者も多く、転入生や中途編入してくる者も多い為、生徒の顔ぶれは流動的です。
 また、才能、容姿に加え品行の方正さ人格の高潔さが厳しく求められる為入学へのハードルは非常に高く、人口に対しての割合が0.0001%と言われる魔法使いの中でも特に選ばれし者が集う学校なのであります。


 その② YUI-METALとMOA-METAL

 そんなさくら魔法女学院の本日は入学式です。
 この時間帯に歩いている生徒は高等部の新一年生のようです。
 エスカレーター式に昇級してきた生徒、新たに転入してきた生徒、一様に皆んな胸弾ませ歩いています。
 左胸にエンブレムの刺繍を施したワッペンの付いたキャメルのブレザー、Vネックの白いニットのベストに赤いタイ、絶妙な丈の白とグレーのチェックのスカートに黒いハイソックス、黒革のローファー。
 真新しい制服は春の柔らかな陽射しに揺れて眩しく輝いています。
 そんな中、一際目を引く二人組が手を繋いで歩いてきます。
 何故か器量好しが多く、その希少さと相まってチヤホヤされて育ってきた魔法使いの少女達に初めて人を羨むという感情を芽生えさせてしまう程の圧倒的な二人の美少女。
 特に彼女達を初めて見る転入組の少女達は思わず溜息をついて立ち止まってしまいます。
 向かって左側を歩いているのは水野由結。
 フワッとカールした黒髪をツインテールに結っています。
 透き通るような白い肌に上品な目鼻立ち、優しく微笑みをたたえた口元は気品に満ち溢れて花が舞うようです。
 150センチ代半ばの身長にはまだ女性らしい曲線は備わっていないけれど、どこか儚げな佇まいは少女期特有の美しさが香り立っています。
 向かって右側を歩いているのは菊地最愛。
 髪型は由結と同じく黒髪のツインテール。思わず引き込まれそうな魅惑的な眼差し、キュッと口角の上がった唇に素敵なエクボ。
 由結より少しだけ身長は低いけど少しだけ丸味を帯びた身体の線。
 もしこの学院が共学だったら男子生徒の大半がその小悪魔的な微笑にやられていた事でしょう。
 そんな二人が並んで歩いている様はまるで双子の天使が降臨したかのようです。

 だがしかし二人が注目されているのはその愛くるしい容姿のせいだけではありません。
 彼女達を知るエスカレーター組の少女達は皆尊敬と羨望を込めて二人をこう呼ぶのです、「YUI-METAL」と「MOA-METAL」と・・・


 魔法使いの中には何十年に一人とか極たまに物凄い能力を持って生まれてくる者がいます。
 通常他人から得なければならない魔力を自ら創り出す事が出来るのです。
 しかもその力を持つ者は大抵自分のエレメント以外の魔法も使える事が多く、何より決まって金属を自由に使える魔法が備わってしまう事からその者達を畏怖の念を込めてMETALの称号を付けて呼ぶようになったのです。

 由結と最愛は同じように小等部5年生の時にさくら魔法女学院に転入してくると程なく頭角を現して二人同時に特別能力保持者に認定されてMETALの称号を与えられました。
 この時の学院はそれはもう大騒ぎになったものです。
 それもそのはず、METALの称号を冠する者の出現はここ何十年間無かったのです。
 それが同時期に同じ学院からナント三人も現れたのですから・・・


 その③ SU-METAL

 立派なステージのある講堂で入学式は始まりました。
 由結と最愛が新入生の席を見回すと半数以上は昇級してきた見知った同級生で、後方に席を並べた2,3年生達も大半は知った顔でした。
 式はそつなく進行していき、中等部時代に生徒会長だった最愛は新入生代表として入学の挨拶を朗々と立派に読み上げました。
 そしてその後は在校生の言葉だったのですが……
「本日、生徒会長の中元すず香さんが不在の為、副会長で二年生の堀内まり菜さんがご挨拶いたします」
と、アナウンスされました。
「あ、まり菜先輩だ。久しぶりに見たね!」と、最愛が呟くと「ホントだ!」と、口元を綻ばせて由結が応じます。
 壇上で不思議な身振り手振りをしながら「おめでとうッス、よろしくッス、頑張るッス!」とか言ってる副会長を見て「相変わらずせわしない先輩だなぁ」などと微笑み合う二人でしたが、ふと疑問がよぎりました。
「そう言えばさ、生徒会長の中元すず香さんってSU-METAL先輩の事だよね?あの先輩なんか謎なんだよね…ゆいちゃん何か知ってる?」
「よくわかんない。あの先輩私達と同時にメタルネーム持ちになったけど何故か殆ど見た事無いし表に出てこないよねー」
「海外に留学しているって話はなんとなく聞いた事あるような無いような・・・」
「まあそうよね、本来メタルネーム持ちは国家単位の仕事に就く事になるらしいから海外で勉強させられるのも当たり前なのかも・・っていうか何で私達にはそういうお声がかからないのかな?」
「うーん、まあいいんじゃない?この学院に居れば楽しいし安全だし」
「そういうものかなぁ?」
「いいのいいの、もあ達はメタルネーム持ちだけど所詮まだ小娘なんだから日々楽しくやればいいんだよ」
 と最愛が半ば強引に話を終わらせたたところで式もお開きになりました。
 式が終わると新入生達は各自教室に移動して簡単な自己紹介を済ませました。
 由結と最愛は特殊な生徒なのでとりあえずひとまとめにされた様子で同じクラスになりました。
 やはり由結や最愛の自己紹介の番には熱い視線が集まり転入組の子達からは思わず歓声が出たりしました。
 担任はMIKIKO先生というダンス、パフォーマンスでは世界的に有名な一流アーティストです。実はメタルネーム持ちで一般にはMIKIKO-METALと呼ばれています。
 色々と多岐に渡って活躍してきましたが、由結と最愛が高等部に上がると同時に後進の育成の為にこのクラスで教鞭をとる事になったのです。
 いつからメタルネーム持ちになったのか?そもそもいったいいくつなのか?それは誰も知らず素性は全く謎ですがスタイル抜群の美人女教師です。

 顔合わせと簡単なホームルームが終わると今日はもう解散になったので二人で寮の方(さくら魔法女学院は全寮制です)に帰ろうとしたらMIKIKO先生に呼び止められました。
「ああ、ちょっと待ちな。貴様らはチョイと特別な生徒なんで授業以外にも私が自ら四六時中指導してやる事になったからそのつもりでよろしくな!」
「本当ですか⁉︎ あの高名な伝説のMIKIKO-METAL先生から直々にご指導賜わるなんてべらぼうに光栄ですわ!わたくし達はなんて幸せなんでしょう!」満面の笑みで答える最愛でしたが、「流石の受け応えだなMOA-METALちゃんよぉ、だけど面倒な事になっちゃった感が見え見えだぞ」
「・・・チッ」っと最愛が横を向いて小さく舌打ちする横で由結は夢見る表情でじゅるっとヨダレを啜りました。
 由結はカッコ良い女の人に厳しくされるのが大好きな残念な子なのでした。
「ああそうそう、貴様らS制度はしってるな?」
「三年生が一年生とコンビを組んで面倒見たり指導したりするsister制度の事ですか?」最愛が答えると「ああそうだ」とMIKIKO先生は頷いた。
「えっ、三年生の素敵なお姉さまとカップリング出来るのですか?」
「ゆいちゃんカップリングとか言わないの!」
 どうにも百合言葉に買言葉(?)である。
「それで貴様らの相方は当然同じメタルネーム持ちの中元だ」
「中元さんて生徒会長の?SU-METAL先輩?」
「まあ当然だな、奴以外は貴様らより格下だから上級生としての指導なんて出来やしないしな」
「今日はいらっしゃらなかったですよね?」
「奴はずっと海外で武者修行させられてて最近戻ってきたんだけど、この学院って良くも悪くも実力主義だろ?だから戻って来るなりいきなり生徒会長に任命されたんだけど本気で嫌がってるんだよ。今日は在校生代表の言葉を言うのが嫌でバックれやがったのさ」
「ああそうだったのですか・・うーんどんな人なんだろSU-METAL先輩」由結は興味津々である。
「見つけたら会わせてやるからとりあえず寮に帰ってな」
「「はい、失礼します」」二人は揃って挨拶するとその場を辞しました。

 寮に戻る道すがら二人の関心は専らsisterになったSU-METALの事です。
「何か情報無いのかな?」
 由結が口にすると最愛が何か思いついたようです。
「そうだ!あの子なら情報通だから何か知ってるかも!」そしてスマホを取り出して電話をかけました。
「もっしー、ちょっと聞きたい事があるんだけど高等部の方来てくんない?じゃあ急いでねー」

 五分後・・・

「ハァハァ…もあちゃん先輩…ハァハァ…いきなり呼び出して…ハァハァ…何のようですか?…ハァ…同じ敷地内とはいえ中等部からは結構離れて…ハァ…いるから…ハァ…大変なんですよ…ハァ」
 最愛に呼び出されて高等部くんだりまでノコノコやってきた少女は岡田愛(めぐみ)と言う中等部の新一年生です。最愛とは学年は離れていますが同郷の為に仲が良く、また子供のくせに歴史に詳しく魔法使い関連にも情報通なのでこんな時は重宝されているのであります。
「悪いねメグちゃん、ちょっと聞きたいんだけど高等部三年の中元すず香さんについて何か知ってる?」
「メグ知ってる知ってる!SU-METALさんでしょ?んとねー確か広島の出身で三人姉妹の末っ子でお誕生日は12月20日の現在17才、本来なら火属性の魔女っ子なんだけど中等部一年の時に特殊能力認定されてメタルネーム保持者になったんだよ」
「おー、スラスラとよく出るね~、他に何か情報はないかな?」
「あとねー確かすぐ上のお姉さんも魔女っ子だったような」
「へえーそうなんだ⁉︎で、他には?例えば容姿とか…」
「えっとね、メグもSU-METAL先輩はもあちゃんゆいちゃんと並ぶ学院の有名人だから色々調べた事があるんだけど全然情報が無いんですよ~」
「そうなの?チエッ、メグったら使えないなぁ。ちょっとここに正座しなさい」
「ハイ、もあちゃん様!」
「ええっ⁉︎もあちゃんわざわざ呼び付けておいて情報引き出して更にお仕置きってヒドくね?」
「ゆいちゃん先輩、止めないで下さい!これはメグにとってご褒美タイムなんですぅ♡」
「そうよゆいちゃん、メグは『マゾっ子メグちゃん』と言って小等部の頃から有名なんだから」
「はい、めぐみのMはドMのMです」

 愛もまたちょっと残念な子であった。

「それよりメグちゃん、中等部は今入学式の真っ最中なんじゃないかな?」
「あっ!そうだった!ゆいちゃん先輩ありがとうございます、そろそろ新入生代表の言葉をスピーチする時間だった」
「ええっ⁉︎ナンでこんなとこ来ちゃってるの⁉︎早く戻りなさい!」
「ハイ!ゆいちゃん先輩!」
「ちょっと待ちなさい」が、最愛は引き止めました。
「メグちゃん、お急ぎのところ悪いんだけどさ、この前知り合いのお姉さんに赤ちゃんが出来たのよ。もあね、よく考えたら赤ちゃんて何で出来るのかよく分からなくて・・・・何でも知ってるメグちゃんなら教えてくれるんじゃないかなぁ?なんてウフッ♡」
 最愛は愛に会うと必ずちょっぴり大人な質問をぶちかまして、知ったかぶりをしたり慌てたりする愛の様子を見てほくそ笑む悪趣味でヒドいお姉さんなのでした。
「フッ、もあちゃん先輩知らないのですか?メグ知ってる」
「あれれ?いつもとリアクションが違うぞ・・??」
「植物で例えると雄しべと雌しべが・・中略・・受精卵が・・どうぶつで例えると交・・中略・・受精卵が・・という訳で赤ちゃんは出来るのですよ」「メグっ!あんた春休みの間に何があったの⁉︎」
※三学期に保健体育で習っただけです。

「・・それでは急ぎますのでもあちゃん先輩、ゆいちゃん先輩ご機嫌よう、何かありましたらまた呼び出して下さいね、それでは失礼します」タッタッタ・・・

「えーんえん、 メグの奴がオトナになっちゃったよぅ、イタイケな子どもをからかって弄ぶ楽しみが奪われたぁ!」
「もあちゃん何気にヒドいなぁ。っていうかメグちゃん凄いね!ゆいにはチンプンカンプンだったよ〜」
「えっ⁉︎あんた・・・そうね、ゆいちゃんだけはいつまでもオトナにならないでね」
「・・・・?」

 そんなこんなでこの日はS制度でお姉さん役になったSU-METALの事は大して分からずに寮に戻ったのでした。


その③SU-METAL2

「・・♪ お皿のキャンパスに 絵を描くみたいにクックタイム ♪ ~やあっ!」・・しーん・・

「ハナ、あなたまた何かネガティヴな事考えた?」
「ごめんユナノ、このままずっと朝ごはんにありつけない日々が続くんじゃないかとつい考えちゃって・・」

 入学式の翌朝、ここは学院の一年生寮の食堂です。四、五人の班で一つのテーブルを囲んでいますが、皆んな何やら悪戦苦闘している様子です。
 と言うのも寮の朝食は高等部に上がると自分達の魔法を使って加工しなければならないのです。
例えば本日のメニューだとサラダは特に問題ありませんが、食パン、生卵、ハムなどは最悪そのままでも食べれるけどやはり加熱して美味しく頂きたいし、そのまま置かれてるティーパックもお湯で淹れたいところです。
 なので各班毎にお互いプラスの気を充填させて魔力を得ようと歌ったり踊ったり一発ギャグをやったりと面白い事になっているのです。
 皆んなで朝から楽しくなれてしかも魔法が上達するこの学院ならではの良く出来たシステムなのですが、周りの足を引いてしまうのではと焦ってしまったり、不安な気持ちになったりする者がいると途端に魔法が発動しなくなってしまうから大変です。
 冒頭のやり取りはその代表的な一例です。せっかくこの連載初の魔法シーンを披露する栄誉を台無しにしてしまったのは由結と最愛の中等部からの仲良しの田口華と野津友那乃の二人で、四人は同じ班のメンバーです。華は水属性の魔法使いで、サラサラの黒髪に人形のような容姿ですが時にローテンションに落ち入り易いネガティヴキャラです。
 友那乃は火属性の魔法使いで、小顔に素敵な笑顔が映える長身モデル体型ですが、一日中何か食べてないと気が済まない大食漢なので、食欲を即時満たせない今の状況にイライラしてしまい、マイナスイメージの悪循環にハマってしまったのです。
 華と友那乃の間に気まずい空気が流れそうになった時、ようやく由結と最愛がコソコソ現れました。
「二人とも遅ーい!」「もう〜!朝ご飯食べれないかと思ったよ!」
「ゴメンね二人とも!うちの眠り姫がなかなか起きてくれなくてさ」最愛が片手を顔の前で立てて謝りながら着席すると「二人ともゴメンなさい、夕べ環境が変わったから10時間位しか寝られなくてお寝坊しちゃったの」と、遅れて着席しながら寝坊の理由を言いつつテーブルに額をゴツッとぶつけて由結が頭を下げて謝りました。
「ゆいちゃんは赤ちゃんだからしょうがないか」
「そうね、ゆいちゃんマジ赤ちゃんだからね。その代わり頼んだわよ〜」華と友那乃がそう言うと「任せといてー!」と最愛と由結がウインクしながらテーブルに置いてあったティースプーンを摘んでフフフーン♪ と鼻歌を歌いだしました。
(※因みに由結と最愛のようなメタルネーム持ちの魔法使いは魔力を自家発生させられるから他人のコンディションには左右されませんが、発動のトリガーとして、また、集中力、持続性と言う意味で歌ったり踊ったりは必要なのです。そして勿論、他人様の心を動かせればそれもまた魔力を増大させられる事になります・・以上、設定でした)
 そして最愛が人数分の食パンにティースプーンをチョン×4と当てるとあら不思議!美味しそうな焼き色の付いた湯気ホカホカのトーストに早変わりしました。更に空のポットをチン♪と叩くと一瞬のうちに煮立ったお湯で充たされました。そして由結の方は生卵が四つセットされた大きめのフライパンをチン♪と叩くと一瞬にして油が跳ねる音と湯気が出てきて絶妙な半熟のサニーサイドアップな目玉焼きが出来上がり、最終的には美味しそうなハムエッグになりました。
 なんとココまで10秒かかってません、ちょっ早です!
 華と友那乃はそれはもう手を叩いて大喜びです。

「ありゃゴメン、バターナイフ忘れちゃった!取ってくる!」華が席を立とうとすると由結はそれを制して持っていたティースプーンをスマホのようにスッと撫でました。するとスプーンはあっという間にバターナイフに早変わり!
 周りで様子を伺っていた他の班の生徒達からも思わず「おおっ!」と嘆息が漏れます。
 金属製品をどうにか出来るのはメタルネーム持ちならではのスペシャルな技術、そのレアな魔法が間近で見れて皆んな眼福状態です。
 そしてそんな視線の中、友那乃はそのバターナイフを使ってわざとらしくゆっくりと大袈裟なアクションでトーストにバターを塗っていき、そして素敵な笑顔で一言・・「あら皆さん、お食事は済みまして?」
「うるせーこのエセ優等生っ!」
「カッチーン!ムカつく!」
「オマエは何もしてないだろ!」
 怒号が飛び交う中嬉しそうに食べる友那乃は残念な腹黒キャラでした。

「ゆいちゃんもあちゃん次の班替えで一緒になろうね」
「えーっ、あたしと組んでよぉ」
「私と同じ班になってくれたらイイコトしてあげるわ!」
「ほならウチと組んでくれはったらもっとエエコトしたるわ♡」「じゃあじゃあ私は超イイコトしちゃうから♡ね?」「ならおいどんはスゴイ事するでごわす」
 最早なんだか分からない禁断の花園状態ですが、こんな光景が寮の食堂の朝の風物詩になりました。


 その日もオリエンテーションとホームルームだけだったので学院の方は午前中で終わりだったのですが、由結と最愛はMIKIKO先生に呼び止められました。
「貴様らはちょっと待ちな」
「ハイ!お姉様っ!」
「・・うざ・・・」
「YUI-METAL、お姉様じゃなくて先生と呼べ!MOA-METAL、嫌なら来なくてもいいけど大好きなYUI-METALちゃんと私が二人きりになっちゃうZO!いいのか?」
「・・チッ、なんスカいったい?」
「実はSU-METALが見つかった」

「どうやらこの店にSU-METALはいるらしい」

 MIKIKO先生と由結と最愛の三人は学院の隣街の地味な商店街の地味なお店に到着しました。
 MIKIKO先生はいつものタイトなスカートのスーツ姿で出来るOLさん風の格好、二人は校外ということで由結は春らしいワンピに薄手のカーディガンでお嬢様風、最愛はパーカーにジーンズのラフな格好の私服でやってきました。
「えーと何々、広島風お好み焼き『赤の他人』ってお店かぁ」
 最愛がお店の看板を見て呟くと、「私はチョイと用事を済ませてくるから貴様ら先に入ってSUの奴を確保しておけ。それと貴様らお昼はまだだったな?適当に喰ってていいぞ」と言ってMIKIKO先生は電話しながらどっか行ってしまいました。
「やっとSU-METAL先輩に会えるわ!」由結は喜びました。
「やっとお昼が食べれるわ!MIKIKOの金で!」最愛も喜びました。

 二人は引き戸をガラガラと開けてお店に入ってみるとお昼も大分過ぎていたのでお客さんも二組しかいませんでした。しかも二組とも近所の常連の年寄りという感じでとても噂に聞く凄腕魔女っ子JKのSU-METALには見えません。
「あれ?おかしいなぁ、先輩らしき人がいないね」由結は心配そうに店内を見回して最愛に耳打ちしました。
「そうだねぇ、変だねぇ。だけどお腹空いたからとりあえずお好み焼きを食べよう食べよう!」
 最愛はそう言うなりその辺のテーブルに着席してメニューを眺めだしました。
「とりま広島風お好み焼きとコーラでいいかな・・」
「じゃあ由結も一緒で」
「すみませーんお姉さん、広島風お好み焼きとコーラ二つずつ下さーい」最愛が奥に立っていた店員さんに注文すると伝票を書きながらやって来てテーブルの鉄板に火を入れてくれました。店員さんは去り際に「やっぱ都会はカワイ子ちゃんが多いなぁ」などと感心している様子でしたが、その手の褒め言葉には慣れている二人はさして気にも留めず談笑し始めるのでした。

 しばらくすると店員のお姉さんが具材を持って来てくれましたが、二人は広島風お好み焼きの勝手が分からず迷ってしまいました。すると「お嬢様方、是非わたくしに焼かせて下さいまし」とお姉さんが代わりに焼いてくれる事になりました。
 薄く生地をひいて野菜を中心にイカ天などを盛り、薄く広い豚肉で固めます。お姉さんは装飾の付いた握りの見事なヘラで手際よく焼いていきます。熟練でも難しいという広島風お好み焼きのひっくり返しをこともなげにこなし、更に空いたスペースで焼きそばを作りつつ、卵を広げて組み合わせ、ソースやら青海苔やらかけて出来上がりました。
「はい、お嬢様方お待たせしました~!」
「「わーい、美味しそう!」」その出来映えに由結も最愛も大喜びです。
 と、丁度その時MIKIKO先生が帰ってきました。
「すまんな、色々用事済ませてたら遅くなってしまった。・・ってオマエ何してんだ?」
「何って、先生が食べてていいぞって言ったから頼んじゃいましたよ。今更撤回なんてさせませんからね!」
 最愛はやっとありつけたお好み焼きを死守する構えです。
「いやいや貴様らの事じゃない、私が言ってるのはこの三角頭巾にマスクにエプロン、華もオーラも全く感じられない上にバイトの町娘風にしれっとお好み焼きなんぞ焼いてるコイツの事だ。コイツこそがSU-METALさ!」
「「・・・・ええええっ!!」」
 由結と最愛の叫びが『赤の他人』に響きまくったのでした。

「で、オマエは此処で何をしてるんだ?」
 テーブルの脇の通路に正座させられたSU-METALはMIKIKO先生に詰問されています。
「えへへ、懐かしい香りに誘われてついこのお店に入ってついジュウジュウ焼きまくってついバクバク食べちゃったはいいけど全くお金持ってなかったんですぅ」
「・・SU-METAL先輩もしかしたらある程度バカなんじゃないのかな?」最愛がボソボソ由結に呟きます。
「そんな失礼だよ〜、先輩には何か事情があったのかもしれないし・・」一応フォローをする由結です。
「それにさぁ、思ってたよりかなり冴えない感じだよね」SU-METALは見たところ最愛よりも5センチ程度身長が高いでしょうか、そこそこスリムな体型でとりま胸部に羨ましさは感じません。マスクを外した顔をみると無造作で長い黒髪、切れ長の目に大きめな耳、長めの首、確かにこうして見ると整ってはいるけど地味という印象は否めません。「それはこちらが勝手に美化してただけで先輩のせいじゃないよ?」由結もフォローしたつもりが何気に追い打ちをかけてます。
「オマエさ、海外(あっち)の特別任務で貰った報酬とかある筈だろう?」
「それなら確か銀行口座っていうところに80万ユーロ程あったような・・」
「先輩今80万ユーロって言った?1ユーロ130円しない位だから・・1億円越えっ⁉︎ハラショー!」二人ともSU-METALの以外な資産にビックリです。
「でも銀行とか行ったことないしお金のおろし方とか分からないんだな」
「残念だわ、お金の持ち腐れね」「でも私達くらいの年齢で銀行に慣れている人ってあまりいないと思うな」
「よし分かった!すず香、貯金通帳と印鑑にキャシュカードって持っているだろう?そいつを私に寄越せ、暗証番号と共にな。そしたら私が管理してやる。」
「ホントか?じゃあMIKIKOにお願いしようかな」
「先輩、日本では上手いこと言ってお金を巻き上げる詐欺とか色々流行ってるって知ってます?」

「ゴホンゴホン、まあそれはいいとして・・ つまりオマエは無銭飲食したのを労働で返していたという事なんだな」
「ハイそうです。むしろ大将にはずっとウチで働いてくれと言われちゃいました!なんせMYヘラを持ち歩いているJKなんてすぅくらいだし」
「それはヘラじゃなくて愛剣を変形させたもんだろ!なんて使い方しやがる!」
「いやあ、コレがまた手に馴染んで使い易くて。上手くひっくり返せるんですぅ!」
「フン、まあいい。とりあえず昨日の事から喋ってもらおうか、昨日は何でバックれたんだ?」
「ほら、すぅはまだ寮に入ってないから仮の宿から学院に通っているじゃないですかぁ?で、朝学院に行こうと思って歩いてたらおばあちゃんに道を聞かれちゃって・・」
「ほう、お年寄りには親切にしないとな」
「そうなんですぅ、すぅもこの辺りはよく分からないけど心配だから一緒に行ってあげるって事になって・・」
「本当か?ならしょうが無くもないような・・」
「でしょ?」
「で、何処までついていってやったんだ?」
「いやあ、原宿の『H anドM』に行きたいと言うので・・」
「ああ、あのスエーデンのユニクロと言われる『H anドM』の原宿店か、随分またイカしたところを所望するばあさんだな」
「ええ、母方の祖母です」
「ってオマエんとこのばあさんかよっ!それはただ単におばあちゃんと孫娘が仲良くショッピングって話じゃねえかっ⁉︎」
「何か問題でも?」
「何かじゃねえよ、ちゃんと学院来いよ!昨日もオマエが来ねえから代わりに副会長か誰かが急にスピーチやらされて可哀想にあたふたしてたゾ!」
 副会長はそういう芸風なんですよって言おうと思ったけど面倒なので黙っていた最愛でした。すると由結が口を開きました。
「先輩は久しぶりに日本に帰ってきたからおばあちゃんと過ごしたかったんじゃあないんですか?責めるのは可哀想だと思います」

「いやいや、コイツ海外(あっち)じゃあかなりのVIP扱いだったからそのばあさんとかお母さんとか皆んな国の予算で一緒に暮らしてたから」
「えっ、そうなんですか?」
「そ、だからコイツが逃げ出したのは単に生徒会長とかスピーチが嫌だっただけなようだな」
「だってすぅはあっちで人と話すより独り言の方が口数が多い生活してたんですよ?いきなり会長やら演説やらムリに決まっているし。っていうかそもそも学校通うのも面倒臭いし」
「相変わらずの引きこもり体質だな。ではすず香よ、オマエは学院のS制度って知っているか?」
「なんですかそれは?」
「3年生が特定の新入生を1年間指導したり面倒みたりするsister制度の事だ。」
「って事は、1年生のキャワイイ妹ちゃんとカップリング出来るって事ッスか⁉︎」
「まあ♡」由結が顔を赤らめます。「カップリングじゃないし!」最愛が突っ込みます。百合言葉に買い言葉です(?)
「まあそんなとこだ」
「肯定するなよ!」最愛はもう一度突っ込みました。が、MIKIKO先生は続けます。
「そしてオマエ担当の妹ちゃんはナントこの子達だ!」
「えっ、マジで〜っ⁉︎この何でも言う事聞いてくれちゃいそうなマジ天使ちゃんとツンデレ小悪魔系のこの子達がすぅの妹ちゃん⁉︎ じゅる・・って事はですよ、すぅはこのキャワイ子ちゃん達を自由にしても良いって事ですかい?」
「ああそうだ」
「ぽっ♡」
「って『ああそうだ』じゃねえよ!ゆいちゃんもぽっ♡とかしない!あとツンデレじゃないし!」最愛はキレました。
 SU-METALは自分が末っ子のせいか妹に憧れて執着する残念な子でした。
「フフフ、このSU-METALはなぁ、あっちでは妹攻略モノのギャルゲーにハマって引きこもっていたような残念なヤツさ!」MIKIKO先生にディスられても「いやあそれ程でも・・」などと照れているSU-METALを横目で睨み「こんなのと組みたくないよう」と嘆くMOA-METALでした。

「という訳でちゃんと学院に通えばもれなくこの子達が付いてくるのだがちゃんと通うか?」「ハイ!通います!」スゴい食いつきです。
「生徒会長もやるな?」
「やりますやりますちょーやります!」
「何を急にやる気出してるんですか⁉︎」最愛はもう呆れるしかありません。
「まあまあMOA-METALよ、この程度のゆりゆりな話は女子校にはままある事じゃないか」
「はいはい、カッコイイMIKIKO先生は学院の生徒時代はさぞかし可愛い後輩達におモテになった事でしょうね」最愛が嫌味ったらしく言うのも気にせず「まあそうでもないけどバレンタインには次の年まで糖分には困らない程度のチョコは貰ったっけな」最愛が「ちっ」と舌打ちし、由結が「すご〜い」と感心しました。
「でもまあ私なんぞは至ってノーマルだぞ。こう見えていつも大体女役だったしな」
「女“役”って言ってる時点でおかしいでしょっ!」最愛は自分以外皆んな天然ボケなので疲れてしまいました。
「じゃあSU-METAL先輩も確保したしお好み焼きも食べたしそろそろ帰りましょう」
「ああそうだな。では店主、おあいそだ」MIKIKO先生が店の奥に呼びかけると店主が残念そうに出てきました。
「おすずちゃん、行っちまうのかい?」
「大将、お世話になりました」
「またいつでも寄っておくれ。ワシゃおすずちゃん程の焼き手を見た事ねえ。焼けるスピードといい焼き色といいビックリじゃけん」ああ先輩わざわざ火の魔法使ってたっぽいからね、と最愛は思ったけど面倒だから黙ってました。
「じゃあ今のも足してお会計1万飛んで584円ね」
「しっかり取るのかよっ!ってかSU-METAL先輩どんだけ食べたんだよっ!」この短時間にすっかり突っ込みグセがついちゃったMOA-METALなのでした。


 その④初事件

 広島風お好み焼き屋さん『赤の他人』を出ると一行は最寄りの銀行に向かう事になりました。
「すず香よ、一文無しじゃ困るからいくらかおろしておきな。あと私が立て替えた分は倍にして返すんだゾ。コレが日本のルールだ」
「えっ、そうなのか?しばらく海外にいると色々分からなくなるなあ」
「先輩、日本では上手いこと言ってお金を巻き上げる詐欺とか色々流行ってるって知ってます?」どっかで聞いた会話です。
「ねえ私達もついて行っていいのかな?」
「いいんじゃない?ゆいちゃんもゼロが沢山並んだ先輩の通帳見てみたくね?」
「もう悪趣味だなぁ」
「おい貴様ら急げ!三時になってしまうゾ!」
「なんだと⁉︎もう騙されないじょ!」
「先輩、今の会話に騙される要素は無いです」
「え?なんか三時のところとか?」
「どうでもええわっ!」

 一向はくだらない会話をして歩いているうちに銀行に到着しました。
 SU-METALが未成年だったり色々レアなパターンだったので窓口の人に相談しているうちに閉店時間がきてしまい、とりあえずシャッターを閉める事になりました。だがシャッターが閉まり切るその前に滑り込んで来た黒ずくめの男がいました。
 サングラスにマスク、右手に拳銃を振りかざし、左手にバッグを持ったその姿は絵に描いたような銀行強盗です。
「静かにしろっ!ここに現金を入れろ!早くしねぇとぶっ放すぞ!」
 カウンターにいた女子行員を脅してます。
「ゆいちゃん、私の後ろに隠れて!」
「もあちゃんこそ私の影に!」とても美しい友人関係です。
「ヨシっ、行け!SU-METALよ!お好み焼き分働いてこい!」
「えーっMIKIKOが行けよ。なんか日本は安全だって聞いてたのに面倒くさいし」とても醜い師弟関係です。

「ほらそこっ!何をごちゃごちゃ言ってるんだ!全員動くな、大人しくしろっ!」テンパっている強盗は叫ぶなりこちらに向けて一発ぶっ放してきました。
 パン!と渇いた銃声が響くと行員達はキャーキャー叫びながら身を伏せて、由結と最愛もお互いを庇うように抱き合いながらしゃがみこみます。
 そんな中、こともなげに鉄板状のモノを展開している二人がいました。SU-METALとMIKIKO-METAL先生です。
 今のコンマ一秒程度の出来事を説明すると、強盗の拳銃から発射された弾丸は由結と最愛のいる辺りに飛んで行き、その弾丸をSU-METALが即座に展開した鉄板でMIKIKO先生の方へ弾き飛ばし、MIKIKO先生もパッと展開した鉄板状のモノでそれを受け止めたのです。
「っていうかすず香よ、オマエわざとコッチに飛ばしたな!」
「そんな些細な事はどうでもいいから!」
「いやいや当たったら痛いだろ?」命に関わる事態に何とも間の抜けたやり取りです。
「それよりもオマエっ!すぅのキャワイイ×2妹ちゃん達に銃を向けやがったなこのヤロウ許さんぜよっ!死なない程度に殺してやるから覚悟しろ!」ヒエラルキー的に自分が頂点だと思い込んでいた強盗は更に一発かましてこの場を掌握したものと信じていたところにいきなり小娘に叱り飛ばされてしばらくは理解が追いつきませんでした。
 そんな一瞬の空白にSU-METALは歌い出しました。
「幾千もの 時を越えて〜♪」
 そして歌い出すと同時に着ていた服は変わってます。魔女っ子達による衣装チェンジは驚く事ではありません。アイドル魔法使いの基本術です。ですが驚くべきはSU-METALのその変貌ぶりです。炎のような強烈なオーラを纏ったその凛々しい立ち姿に先程までのお好み焼き屋の町娘おすずちゃんの面影は1ミクロンもありませんでした。右手に握った大振りの両刃片手剣にちょこっと付いていた青のりとソース以外は・・
 

 無造作に伸ばしていた黒髪は赤いリボンでポニーテールに括られて深い艶を放ち、相手を見据える瞳にはそれだけで射抜いてしまいそうな目ヂカラが宿り、右手の剣は全ての闇を両断するのではないかという光に満ちていました。
そ して彼女を包む衣装は黒を基調にしたトップと赤いフレアスカートでそれらはロリータ調にまとまっていましたが、胸部など要所要所に西洋の鎧を想起させる金属パーツが装着されており、明らかに市井のアイドル達とは一線を画したものになっていました。
 由結も最愛も恐怖を忘れてその美しく凛々しい姿に視線が釘付けになりましたが、SU-METALの本当の凄さはそこではありませんでした。

 SU-METALが歌い始めると一小節目で
場の空気が変わりました。そして
二小節目では時間を奪われました。
 三小節目で耳を奪われて四小節目では心をも奪われてしまいました。
 由結と最愛が固まってしまったその横でMIKIKO先生は楽しそうに喋りだしました。
「すず香の奴いきなり『紅月』かよ、ちょー本気じゃん、珍しいw」
 そして由結最愛に聞かすように語りだしました。
「まあ見てな、あれが欧米の魔法界で《紅の騎士》と怖れ崇められたSU-METALだ。怒り、悲しみ、恐れさえも魔力に変える事が出来る、長い魔法史上でも稀有にして頂点と言われるSU-METAL本来の姿だ」

 そのSU-METALは強盗犯に向かって歌いながら一歩一歩近づいて行きます。
 ようやく事態が飲み込めてきた強盗犯は変身したSU-METALに怒鳴ります。
「何だオマエ魔法使いかっ?ふん、アイドル風情に何が出来るっ⁉︎」
 言うなり拳銃をSU-METALにぶっ放してきました。だがSU-METALは歩を止める事も無く歌を止める事も無く右手の剣をサッと動かしただけで自分に向けて撃たれた弾丸を叩き落としました。
 何事も無かったように自分に向かってくる尋常ならぬオーラを放つ美少女に強盗犯は恐れを抱き立て続けに発砲しました。

 SU-METALはやはり何事も無くそれらの弾丸をも叩き落とし強盗犯の方へと歩を進めて行きます。そしてお互いの距離が三メートルを切った時、パニック状態になって強盗犯が乱射していた拳銃の弾倉は空になりました。
 それに気付かず尚も慌てて引鉄をカチャカチャと引き続ける強盗犯の前にSU-METALは立ち止まって仁王立ちになると、その威圧感に強盗犯は拳銃を持った右手を伸ばしたままペタンと尻餅をついてしまいました。
 そこにSU-METALが横一閃剣を振ると
拳銃の銃身が根元からスパっと切断されて地面に転がり少し遅れて強盗犯の前髪が数本ハラハラと落ちてきました。
「よくもやっとゲットしたすぅのキャワイイ妹ちゃん達に飛び道具なんぞを浴びせやがったな!」口をあんぐり開けて腰を抜かしている強盗犯を怒鳴りつけると剣先を彼の手元に残っている拳銃だったモノの残りの部分にチョンとあてました。
 するとそれは両手を拘束する輪っかに早変わりしました。更にSU-METALは転がっていた銃身部分を剣先で弾いて強盗犯の足首にぶつけてそれもそのまま拘束具に変えました。両手両足の自由を奪われてクマのプ●さんのように座り込んでいる強盗犯に向かって「なめたらいかんぜよ!」と一喝して前蹴りを繰り出し、強盗犯をイモムシのように転がすと完全に勝負はありました。
「オ、オマエ一体何者だ?」と言いながら震えてる強盗犯を尻目にSU-METALは振り向くと由結と最愛のいる所にすっ飛んできました。
「カワイ子ちゃん達、怪我は無いかい?」
「な、何よ、ちょっと男前ぢゃない?不覚にもドキッとしちゃったけど、べ、別に助けてなんて頼んでないんだからねっ!」
※最愛は絵に描いた様なツンデレです
「あの・・お姉様って呼んでもいいですかっ?」
※由結にとって《お姉様》は最高の称号です
「さあ、二人ともギュウしよう」
 SU-METALは装着していた裏表がそれぞれ赤、黒のマントに包み込むように両腕で二人を抱きしめました。

「ああ、ゆいちゃんがギュッてされたら白眼剥いて失神しちゃったわっ!そしてもあも悔しいけどギュッとされるがままなのよおっ!」
「・・おい、お前達イチャイチャするのは後にしな!そろそろ警察もやってくるし二人は面倒だから寮に戻ること、いいな?そしてすず香は私と残れ」
「えー、そういうのMIKIKO得意だろ?ナントカしといてよ!すぅもゆいもあちゃん達と一緒に帰りたーい」
「ここは外国じゃないから無理だ。オマエは残る事!」
「ちえっ、つまんないのー」と、SU-METALは不貞腐りながら変身を解いてさっきまでの普段着に戻りました。

 一方、最愛は白眼を剥いて失神している由結のぷにぷにしたホッペを ぺしぺししながら「ほらゆいちゃん起きて!逝っちゃダメよ!」すると程なくして由結に黒眼が戻ってきて意識を取り戻しました。
「ゆいちゃん大丈夫?」まだとろんと夢見る表情の由結に話しかけると「お姉様が・・紅の騎士お姉様が・・川の向こうのお花畑からこっちおいでって呼んでるの・・」
「ああそれは渡っちゃダメなやつだからね」とりあえず最愛はピシッと言っておきました。
「ほらほら、何してる!とっとと帰れ」MIKIKO先生は二人を出口の方に押しながらその背中に独り言のように呟きました「・・今のSU-METALの戦いっぷり、あれが本来私達メタルネーム持ちに求められる姿なんだよ・・」と…


 寮に戻ってからは他の寮生達と普通に過ごしましたが事件の事はMIKIKO先生に口止めされていた事もあり皆んなには黙っていました。
 そして消灯時間も近づいて普段の由結ならばとっくに寝てしまっている時間帯でしたが、昼間あんな事件に巻き込まれたせいか目が冴えてしまって最愛と一緒になんとなく起きていました。
 しばらくしてそろそろ寝ようかと思ったところにコンコン、とドアをノックする音が聞こえてきました。
「あれ?誰だろうこんな時間に規則破りする人は?」

 消灯時間過ぎてからの部屋の行き来は規則破りで罰を受けます。最愛はロックを外してドアを薄く開けて様子を窺いました。すると隙間から入り込む勢いで「うふ、来ちゃった♡」とSU-METALが顔を出しました。
「えいっ!」バタン!ロックカチャリ!チェーンもカシャリ!「ふうっ」
「もあちゃんどうしたの?誰だったの?」
「なんでもないなんでもない気のせいだったYO!」ドアを背に隠すようにして両手をパタパタして問題無しアピールしていた最愛でしたがその後ろで不意にチェーンが消滅してロックがドアノブごと溶け出しました。
「げっ⁉︎ 魔法を使いおったな!チクショー、させるかっ!」最愛は対抗して魔法を発動させますが、どんな時でも普通に魔法が使えるSU-METALに比べるとちょっとした魔法ならともかく質量のある金属の形を変える程の魔法は時間と準備が必要なので最愛には厳しい戦いです。
 そして対象物が同じ場合はより強い方の魔法が発動するので結果最愛にはなす術もなくSU-METALに進入を許してしまいました。
「うう〜っ、ゆいちゃん以外のティーンエイジャー如きに魔法で負けるなんて・・」悔しがる最愛を横目に今度は何故か外からも中からも開けられないっぽいロックを施してSU-METALは満面の笑みでこう言い放ちました。
「さあ二人とも、今日からはすぅもルームメイトよ!よろしくなさい!」
「何を言ってるんだこの先輩⁉︎MIKIKOに言いつけてやる!」
 最愛が内線の受話器で先生の部屋に 電話します。
「SU-METAL先輩、此処は一年生の寮ですよ?何かの間違いじゃないですか?」由結が問いかけると「ゆいちゃん、そんなよそよそしい事言わなくていいのよ、さあお姉様と呼んでこの腕に飛び込んでらっしゃい!」
「え?何を言ってるんですか先輩。ゆいがお姉様と呼んでお慕いしてるのは紅の騎士お姉様、もしくはMIKIKO先生お姉様だけですよ?」

「ええっ⁉︎だから紅の騎士とはこの私、すぅの事なんですけど⁉︎」
「ウフフ、そんな御冗談を。SU-METAL先輩は面白い方ですね」

※変身前後のあまりの違いっぷりに同一人物とは思ってなかった由結でした。
 そして電話中の最愛は・・
「えっ?そうなの?やっぱりそんな事かと・・チェッ、嫌な予感しかしないけどしょうがないわね・・」
電話を切ると最愛は由結に報告しました。「ゆいちゃん、SU-METAL先輩の言う事はどうやら本当らしいわ」
「え?じゃあSU-METAL先輩は私達とこのお部屋で一緒に生活するの?」
「うん、今MIKIKO先生に聞いたらそう言ってた」「ほーらみなさい!騎士とまで称されたこのすぅ様が嘘なんてつく筈が無いでしょう?」
「どうやらね、コッチに帰ってくるにあたって学力テストをやったら高校生のレベルに達してなかったらしくて一年生からやり直す事になったんだって」「って事はSU-METAL先輩は2年分留年ってことなんですか?」
「ああそうともよ!まったくそんな奴が生徒会長やるなんてレアだろう?凄いなぁこの学院は!」
「何を他人事のように言ってるんですか⁉︎それって結構恥ずかしいですよ」最愛は真っ当な事を言いました。
「そんな事は些細な事よ。こんな可愛い妹ちゃん達と暮らせると思えばね!なんか気のせいかもしれないけどすぅのやってた妹モノのギャルゲーのメインヒロインの八割方ゆいちゃんにクリソツで残りの三割はもあちゃんにクリソツだったんだよね〜」
「それは気のせいです!あともあの分は二割です!」
「ええ?気のせいかなぁ・・」
「気のせいですっ!!ねっ、ゆいちゃん?・・ってもう寝てるしっ!」
「おやおやなんて無防備な!ウフフ今日はあんな事もあったし疲れたから私達もとっとと寝ましょうねぇ」
「いやいやどう見ても眠い人の目の輝きじゃないでしょ?」
「気のせいだよぅ、それじゃあいただ・・あ、おやすみなさい」
「今いただきますって言いましたよね?」

「だから気のせいですってば、よいしょっと」
「ってなんでゆいちゃんの隣に寝ようとするのよ!ゆいちゃんの身はもあが守る!」最愛はSU-METALの身体を由結の隣から引っぺがそうと手を伸ばしたら逆に腕を掴まれてSU-METALに抱きしめられてしまいました。
「ククク、実はもあちゃん狙いだったりして!」
「いやー、やめてー」ジタバタと暴れているうちに最愛の振るった手がSU-METALの顔にバチンと当たってしまいました。
「殴ったね!」
「あ、ゴメンなさい!」流石にヤバイと思った最愛は即座にあやまりました。
「親父以外には20人位にしかぶたれた事ないのに!!」
「ぶたれ過ぎでしょSU-METAL先輩!」「嫁入り前の乙女の顔を張ったのはもあちゃんが初めてよ!さ、責任取ってもらいまひょか⁉︎」
「ヒー、ヤーメーテー」
 こんな調子で朝方お互い疲れてダウンするまで攻防を続けてしまいましたので登校前にMIKIKO先生が叩き起こしに来るまで二人とついでに由結は爆睡してしまい朝ごはんも食べれず大遅刻してしまいました。
 毎度朝ごはんは由結最愛頼みの同じ班のハナとユナノはとばっちりでまともにごはんが食べれず逆恨みしたのは言うまでもありません。

 こうしてSU-METALも加わった新しい学年がスタートしていきました。
 ですが、三人の未来、いや、世界の未来に関わる出来事が待っていることを知っているのはこの時はまだ数人しかいなかったのです・・・。
 


 その⑤I.D.Z ハチ編

 爽やかな土曜日の朝、さくら魔法学院の寮には穏やかな空気が流れています。学院の生徒達は土休日の学外活動、主に芸能活動を奨励されている為に朝早くから職員室の先生方に引率されて彼方此方と出かけて行くのです。なので平日は慌ただしくて賑やかな食堂も本日は生徒も疎らで静かなものです、一つのテーブル以外は・・

「だから何でSU-METAL先輩は毎晩毎晩飽きもせずちょっかい出してくるんですか⁉︎安眠妨害です!」
「いや、だから気にせず寝てていいんだってば」
「ゆいは普通に寝てるよ」
「もう寝たら最後、何されるか分かったもんじゃないじゃない!あとゆいちゃんの睡眠はもあの頑張りの上に成り立っている事を知って欲しいな」毎日天然ちゃん達の相手で少々お疲れの最愛です。
「まったく、これでハナとユナノがいたらもっと大変だったわ」
 ハナは歌謡喫茶のバイトでユナノは購買部の売店でバイトなので今日はいませんでした。
「おやおや、ここのテーブルの賑やかなこと。どれ朝ごはんでも作ろうかね」「寮母さんおはようございます!」「ハイハイ寮母のおばさんだお」普段は裏方で滅多に出てこない寮母さんですが土休日は寮に残っている生徒の面倒をみてくれます。

「さあ出来たよ特製のハニートーストだお、召し上がれ!」「わーい美味しそう!」寮母さんのハニートーストに三人は大喜びです。
「蜂蜜いっぱい美味しいなあ」
「パクパク」「もぐもぐ」「ハッ⁉︎」
 三人夢中で食べているとSU-METALが急に何かを思い出したようです。
「どうしました?先輩」「もういい加減先輩はやめてよ〜、すぅでいいからさぁ」
「じゃあどうしたの?すぅの奴」※最愛は極端です。
「軽くムカついたけどそれはいいとしてハニートーストを食べてたら一つ思い出した事があって」
「嫌な予感しかしないけど一体何を思い出したんです?」
「今日はこれから三人で山に行きたいと思います」

「今ナント仰いました?」
「いや、だから山に行くよ、と」
「何故?」
「なんでも」
「ゆいは寮でゴロゴロする位ならお山にハイキングに行きたいです」
「でしょでしょ?ゆいちゃんナイスフォロー!」
「おやおやハイキングかい?じゃあ寮母のおばさんがお弁当作ってあげようかね」
「うーん、寮母さんがお弁当作ってくれるならもあも行ってもいいかな・・」
「よし、そうこなくちゃ!」

 と、いう訳で三人は適当に検索して電車で1時間程南下した辺りに降り立ってみました。
 季節は初夏というにはまだ多少早いけれど今日のように良く晴れた日には既に夏日に近い程気温が上がるので山にさえ入らなければTシャツとホットパンツで充分な陽気でした。
 三人が目指した山は標高だけ見ると東京タワーよりも低い位でしたが、傾斜のキツイ歩幅の合わせ辛い丸太の階段などが多くて街育ちの少女達には結構な運動です。
 どんな状況でも楽しみを見つけられるのが若さの特権というもので、軽く息を切らせながらも三人は歌ったりしりとりをしたりしてはしゃぎながらとりあえずは頂上の展望台を目指しました。
「空気が気持ちイイね!」
「本当マイナスイオンがたっぷりって感じ!」
「すれ違う人が皆んな挨拶してくれるのが素敵です!」山歩きの雰囲気を満喫しているうちにようやく頂上の展望台に着きました。
「見晴らし最高だね!」
「わあ、富士山が綺麗!」
「ほらほら、海が広がっている!遠くに大きい島が見えるよ!」
 しばらく景色を堪能していたらそろそろお昼になったので寮母さんが持たせてくれたおにぎりを食べました。
「こういう所で食べるおにぎりは格別ね!」
「本当、ハニートーストも良いけどお米はやっぱり最高ね!日本人で良かった、って感じかな」
「そうそう、ハニートーストと言えばそもそもすぅちゃんは何で山に来たかったの?」
「いや、それなんだけどね・・・」

「あっちにいる時にたまたまネイチャー系のドキュメントテレビでミツバチさんの特集を観たの」
「ほう、それで?」
「対抗策を持たない外国のミツバチさんは僅か20匹程度のスズメバチに短時間で何万匹が殲滅されて卵やサナギも根こそぎ略奪されちゃうの」
「あらあら」
「対抗策を知ってる日本のミツバチさんは浸入してきたスズメバチを皆んな一斉に羽ばたいて体温を上げて、耐えられる温度が僅かに低いスズメバチを囲んで蒸し殺すの。上手くいけば巣は守れるけどそれでも沢山犠牲者がでるの」
「凄いお話ね、で?」
「スズメバチをやっつけてミツバチさんの負担を減らしたい、あいつら名前に〈すず〉が付いてるのも許せないし!いつかやってやろうと思ってたの。イジメ、ダメ、ゼッタイ!」
「さて、自然も満喫したし帰ろうかゆいちゃん」
「ゔぉい!何でよ⁉︎今の話を聞いてミツバチさんを助けようと思わないの?もあちゃんは冷血どうぶつなの?」
「すぅちゃんこそバカぢゃないの?蜂業界の事は蜂に任せておけばいいじゃん」
「だってあんなに美味しいハチミツを提供してくれるんだよ?ゆいちゃんはどう思う?」
「ハチミツを搾取している人間が言うのはどうかと思う。くまのプー(←放送規制のブザー音です)さん並みに摂取するすぅちゃんが言うのはおかしいです」
「うう、ゆいちゃんまで・・」
 その時です、偶然にも大きなスズメバチが三人の側を横切りました。
「いたっ!奴よ!」
「わっ⁉︎でかっ!」
「すぅちゃん、もし刺されたらどうなるの?」
「すぅはこの日の為に敵の生態を調べた事があります」
「で?」
「えー、ヘタをするとアナフィラキシーショックというアレルギー反応で死にます」
「さ、帰ろ!シーユー!」

「大丈夫よ、銃弾さえも叩き落すすぅの騎士モードであっという間に蹴散らしてやるわ!」
「えっ⁉︎こんな所で変身しちゃうの?それはなんか魔力の無駄遣いというか魔法の持ち腐れというか・・」
「とりあえず奴等の事については以前調べた事があるのでなんとなく安心して!」
「なんとなくかよ・・で、なんだか追跡しちゃってるけど巣って何処にあるの?」
「スズメバチの生態その②あの大きさからすると多分奴はオオスズメバチだから巣は土の中だね」
「へえ、土の中なんだ⁉︎あとは?」
「生態その③奴等は今位から秋口にかけて繁殖期なので気が荒くなって巣の近くでは特に攻撃的になります」
「ヤバイじゃん!」
「生態その④奴等は黒い物に反応して襲ってきます」
「えー?もあ達の素敵な黒髪が仇になっちゃうわぁ!」
「などと言っている内に見つけたわっ!あそこよ!」
 なるほど木の根元辺の斜面に穴が空いていて何匹ものスズメバチが出入りしています。
「本当にやるの?ここで何匹かやっつけてもあまり影響ないと思うんだけど・・ってか保健所に任せろって感じ?」
「こういうのは小さくても最初の一歩を踏み出すのが肝心なのよ」そう言い放つとSU-METALは歌い出しました。
「欠けた月が、照らしだした ♪」
「ああ、すぅちゃんの歌が凄い!ってか本当に変身してるし!ってか衣装黒いし!その④が!ああっ、奴等空中で止まってこっち見てるし!」
「生態その⑤あれは獲物にロックオン状態です。もうすぐ飛びかかってきます」
「いやあー、囲まれてる!」
「にーげぇーらーれなーい ♪ 」
「ダメじゃん!何の為の変身よ⁉︎」
「フフフ、これは奴等を引きつける為の作戦よ、この剣で一匹残らず・・」
「騎士姉様ーっ♡お会いしたかったですわ!」
「うわあ!ゆいちゃんが仔犬以上にまとわりついてきて剣が振るえないっ!」
「ゆいちゃん、早くすぅちゃんを自由にして!・・ってダメだ、完全に目がハートになってるわ!」

「ゆいちゃん、とりま放して!続きは寮に帰ってから、ね?」
「ああ紅の騎士姉様♡お慕いしておりますわ」由結は離れませんでした。
「ぎゃあー!来る!襲って来るわ!」
「ゆいちゃんダメだってば!放し・・・んっ」
「今何で黙った?ね?」
「いやあ、ゆいちゃんが案外テクニシャンで・・」
「何をやってるかオマエら、って、ぎゃあ蜂キターっ」
「ちえっ、しょうがないなぁ」SU-METALはそう言って空いている左手を飛びかかってくるスズメバチ達に向けるといきなり火炎放射を出しました。流石火属性の魔法使いです。この火柱で大半のスズメバチは熱波にやられて墜落しました。
「ふぅ、助かった・・最初からそれやればよかったじゃない!」最愛はもっともな事を言いました。
「いやあ、山火事とか起きちゃうと大変だからこれは最終手段だったんだよ」意外にも考えていたようです。
「ま、今日はこれくらいにしておいてやるかな」SU-METALが変身を解くとようやく由結も我に帰りました。
「騎士姉様、次はいつ逢えるんだろう・・」
「だから私だって」天然ちゃん達のマヌケな会話を聞いてホッとしたやら疲れたやらで最愛はチョイと休憩のつもりで腰を下ろして地面に右手を突いたその瞬間、「ギィヤァーー痛いーーっ!!」死に損ないのスズメバチがたまたま手の下にいて最愛の手を刺したのでした。
「もあちゃんどうしたのっ⁉︎」
「大変!スズメバチに刺されたの?」最愛の右手はみるみるうちに腫れ上がってきました。
「くうっ、い、息が苦しくなってきた、ア、アナフェラキンショックがぁー」(←なんか微妙にエロい語感になってますが生死に関わる場面なので大目に見てやって下さい)
「どうしよう⁉︎もあちゃんが死んじゃうよう」
「もあちゃん、しっかりして!あと白眼はゆいの持ち芸だからね!」←※妙なところで細かい由結です。

「とりま毒を吸い出そう!」
「吸ぅちゃんナイスアイディア!」
「いくわよ!チュウーーポンっ!ふぅ」
「すぅちゃん唇吸ってどうするの?」
「あっ、しまった!つい」
「もう、ゆいが代わるわ!チュウーーポンっ!ふぅ」
「ゆいちゃんこそそこは唇よ!」
「あっ、しまった!つい」どこ迄も天然な二人です。
「大変!もあちゃんの脈拍がっ!よし、心臓マッサージよっ!もみもみ、もみもみ、おっ、これが案外揉み応えが・・」
「そうなのよ、すぅちゃん!もあちゃんは意外と脱いだら凄いの。今度三人でお風呂入ろうね!」
「それはナイスアイディア!じゃあゆいちゃんは右の心臓をマッサージして!」
「はい!もみもみ」
「もみもみ」
「もみもみ」
「たまりませんなぁ、この感触!」
「ですねー」
「・・ってオマエら何をやってるかーっ!」最愛が半身起して怒鳴りました。
「うわー、びっくりした!もあちゃんが生き返った!」
「もう、あんたら天然ちゃんに任せてたら安心して死ねないわよっ!」
「えへっ」
「ってか右の心臓ってなによ!」
「てへっ」
「もう、ファ、ファーストキスだったんだから・・」
「えっ?すぅも・・」
「ゆいもだよ・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「と、とにかくもあちゃんが無事で良かった!」
「う、うん良かった!」
「もう、おちおち死んでられないわよ」
「にしてももあちゃん回復早くね?」
「ゆい達の揉み方が良かったのかな?」
「そんな訳あるかい!」
「まあいいや、もあちゃんも元気そうだしそろそろ行こうか?」

「結局すぅちゃんは本当に蜂を退治したかったのかな?」少し前を拾った木の枝を振り回しながら歩いているSU-METALを見ながら由結は言いました。
「どうだろう?ただ私達と遊びたかっただけなんじゃないかな」
「ゆいもそう思うな。色々あったけど楽しかった!また来たいね」
「そうね。蜂退治は勘弁だけどね」最愛は由結と繋いでいる右手を見つめるのでした・・

 山を下りると三人は寮母さんにお土産を買ってからゆっくりぶらぶら寮に帰っていきました。

 寮に戻って夕食を済ませた由結とSU-METALはお風呂から上がると消灯時間前にはコテンと寝てしまいました。
 二人のその寝顔を部屋の隅から眺めながら最愛は何処かに電話していました。
「・・・はい、確かに。まあ予定外の事故だったのですが・・はい、引き続きXデーに向けて周辺には気をつけます・・はい、ではまた連絡します・・・」


 その⑥I.D.Z シャチ編

 蜂騒動の翌日の日曜日、由結、最愛、SU-METALの三人はMIKIKO先生の運転する車でとある場所に向かっていました。
 とある場所というのは隣県のシャチがいる海のテーマパークで、何故そこに行く事になったのかというと・・

「さあ二人共起きて!ほら早くっ!」
「うーん何なのすぅちゃん、珍しくこんなに早くに・・今日は日曜日だよ?」
「おはようもあちゃん!さあ、ゆいちゃんも起きて!」
「・・くーん」
「まあいいや、最悪ゆいちゃんは抱っこして持っていこう」
「で、今日は何事?」
「昨日の蜂退治で思い出したんだけどすぅにはもう一つやっつけなければならない敵がいたんだよ」
「やな予感しかしないんだけど一応聞いておくわ」
「本日は海へ行きます」
「何故?」
「そう、あれはあっちにいる時の事、たまたま観ていた海洋ドキュメント映画の一場面・・」
「またそのパターンなの?」
「仲睦まじく泳ぐクジラの母子、そこにシャチのグループがやってきます」
「ほう、それで?」
「お母さんだけなら問題無いけど流石に子供もいるのでクジラ母子は逃げるんだけど、ズル賢いシャチの奴等は1日かけて母子を分断するようにしむけます」
「あらあら」
「そして最終的に子クジラは食べられてしまうんだけど、それが丸ごと綺麗に召し上がるなら弱肉強食の自然界、この私も目をつむりましょう」
「流石クイーンは大自然の現象に対しても上からですね」
「シャチの奴等、柔らかくて美味しいという子クジラの下顎だけを囓ってポイなんだよ!グルメぶりやがって!一年以上お腹にいた我が子の顎の無い亡骸に哀しげに寄り添う母クジラがかわいそう過ぎて・・イジメ、ダメ、ゼッタイ!」
「それは確かにシャチに対して殺意が湧くけどまさか海にシャチ退治に行くつもりなの?」
「とりま今日は敵を知る為にシャチのいる水族館に行きます」
「えー?何処にあるの?」

「お隣の県の向こう側です」「それは移動とか大変じゃない?」
「大丈夫です。何故なら・・」
「準備が出来ました、すず香様」
 ガチャリとMIKIKO先生が入ってきました。
「えっ?なんで?っていうか何故に『様』とか付けてるの?」
「わたくしこの度運転免許を取得しまして」
「ふーんそれは良かったですね」
「可愛いイタリア車が欲しかったのですよ」
「で?」
「買って貰いました、すず香様に」
「あんた教え子にたかってんのかよ!」※SU-METALは一億円くらい貯金があります。
「まあまあもあちゃん、こんな時役に立つから丁度良かったよ~」※SU-METALは太っ腹です。

 という訳でMIKIKO先生の怪しげな運転で隣県の海に向かっているのです。
「あんた運転大丈夫なの⁉︎ちゃんと着けるんでしょうね⁉︎」
「問題無いさーっ!前進は割と得意なんだ。車庫入れはたまたま検定の時成功した以外は出来た試しが無いけどな」「誰だこいつに免許やったのは?」
 その後も信号無視やら逆走やらやらかしつつ何とか目的地に到着しました。
「じゃあ私は愛車をきっちり駐車場に入れてから行くからお前達は遊んでな」

「ふん、ここに奴等の仲間がいるのか」
「ショーは何時からかな?あそこに女性の飼育員さんがいるから聞いてみよう」
「何⁉︎そんな奴がいるのか⁉︎それは聞捨てならないな!」
「すぅちゃん何言ってるの?女性の飼育員さんくらいいるでしょ?あ、すみませーんシャチのショーは何時からですか?」
「もうすぐ始まりますよ、スタジアム内のシートに着席してお待ち下さいね」
「ほう、貴女が海の女王ですか?」「はい??」
「だからすぅちゃんは何を言ってるの?」
「いや、すぅもあっちじゃメタルクイーンと呼ばれる女、同じ女王として海の女王に御挨拶をと思って」
「・・いい?すぅちゃん、飼育員さんはSea Queenさんではないから!」
「「えっ?そうなんだぁ!」」←由結も一緒に驚きました。

 シャチのショーが始まりました。
「わっ!こんなに跳ねるんだ!」
「えっ、こんな事出来ちゃうの⁉︎」
「すぅちゃんより頭良くね?」三人はドセンでキャイキャイ言いながらそれはもう大盛り上がりです。
 しかしながら何で皆んな最前列のポールポジションに座らないのかな?って三人は思っていたら、ドセンは水飛沫がハンパ無かったのです。
 シャチがジャンプする度にドッパーン、バシャーンっと水が飛んできます。ショーに夢中の元々水属性の魔女っ子最愛は無意識に自分と由結に飛んできた水をヒュイっと集めて隣の方へ飛ばします。するとこれもショーに夢中のSU-METALが頭からバシャっと被ってしまいます。
「ひゃっ!」そして元々火属性のSU-METALは反射的に全身に一瞬火を放ってジュッと瞬間乾燥させます。そんな行動を繰り返す美少女三人の様子が一般客にはシャチより珍しくてシャチより目立っていました。
 そしてショーが終わる頃にはすっかり観客の視線は三人に釘付けに・・
 ここでは常に主役で王様のシャチもこの日ばかりは脇役にまわされてしまい、たいそう悔しい想いをしたそうな・・
 その後も三人はイルカやアシカのショー、海の生物の展示を観て大いに楽しみました。そして帰る頃には三人共ぬいぐるみやらお土産で両手がいっぱいになっていました。
「結局すぅちゃんはシャチ退治するのかな?」少し前を楽しそうに歩くSU-METALを見て由結は呟きました。「いや多分私達とこういう所でJKらしく遊びたかっただけなんじゃないかな・・」
「うん、ゆいもそう思う」
「また来たいね」
「うん、また来たい」SU-METALの抱えてるクジで当たった大きなシャチのぬいぐるみを見つめながら由結と最愛は微笑むのでした。

 三人が駐車場に帰るとMIKIKO先生が一仕事終えた満足そうな顔で迎えてくれました。
「見てくれ!この完璧な車庫入れを!今やっと出来たところだ!」
「誰だコイツに免許やったのは⁉︎」

 帰りの車中、助手席の最愛が振り返って見ると、由結とSU-METALは頭を寄せ合うように寝息を立てていました。
「随分楽しんだようだな」ルームミラーをチラ見してMIKIKO先生が話しかけてきました。
「まあね」
「私も海のいきものを観たかったゾ!」
「次回は電車で来る事をオススメします」
「・・オマエ今すぐ降りてもらってもいいんだぞ」
「チッ・・」
「ではMOA-METALに質問だ。複数の凶悪犯が大勢の人質をとって立て篭もった。どうする?」
「そんなの特殊部隊に任せる」
「私は最愛ちゃんに聞いたんじゃない、MOA-METALに聞いているんだ」
「・・・我々メタルネーム持ちは鍛えれば多少の瞬間移動なら出来ます。
犯人達に気付かれずに潜入する事が出来ます」
「その際の問題点は?」
「潜入したはいいけど大抵の場合人質達のマイナスな感情に呑まれてその後はただの人です。プラス、歌など唄って魔力の回復を図ろうにも音をたてる訳にはいかないので結局魔法は使えません。せいぜい特殊部隊の手引きをするか生身の戦闘技術を鍛えて犯人達と戦うかです」
「まあそうだな、我々に出来る事は犯人達に気付かれずに近づく位だな。出来てももうワンアクションちょっとした魔法を使える位であとは人質達、犯人達のネガティヴな波動に呑まれてなす術も無い」
「・・ですよね?」
「が、しかしそんな制約に縛られる事無く周囲のあらゆる波動を魔力に変えて圧倒的な力で戦える稀有な魔法使いがいる。そいつこそはそこで馬鹿みたいに寝ているSU-METALだ」
「・・・」
「あの時たまたま訪れた広島のスクールで見かけたすず香の潜在能力に私は驚いた・・。そもそも我々しか知らぬ事実だがメタル属性とは王の一族に近しい者にしか顕われない特性だ。それが何の所縁も無いそこらの野良少女にそれ以上の力が宿る事自体が前代未聞の出来事なんだ。私は即拝み倒して学院に連れてきたさ、我々の悲願の為に・・」

「その後、国内では大した事は出来ない上に目立つと困るから海外に連れていったんだ。武者修行ってやつだな。すず香は素直で良い子だから教える事は直ぐに吸収してあっという間に凄腕の魔法騎士になったのさ」
「あんたがしばらく居なくなったのはそのせいね」
「まあそういう事だ。最強のガーディアンを早急に育てる必要があったからな」
「それはいいとしてすぅちゃんは学校とかどうしてたの?義務教育とか受けてないの?」
「幸いにも私は一応教職免許を持っていたからな。私が教えていたさ」
「えっ⁉︎だからすぅちゃんバカなのね⁉︎」
「フフフ、その通りだ!だって私は体育教師だからな!脳ミソなんか筋肉さっ!」
「なんか開き直ってるし」
「まあそれも含めてすず香には悪い事をしたと思っているんだ・・遊びたい盛りの時期に我々の未来の為とはいえ血生臭い事ばかりさせてしまってな・・。因みにさっきあげた例だがすず香はほんの1分程度で犯人達を殲滅して人質を解放したよ。欧米諸国の各機関も当然SU-METALを欲しがってな、そりゃあ日本に連れて帰るのも苦労したさ」
「でしょうね」
「そんな訳でまあXデー迄はそうそう何も起こらない筈だからそれ迄はすず香のヘンテコな遊びに付き合ってやってくれ、っていうかお前も楽しいんだろ?ん?」MIKIKO先生は最愛の膝に乗っている白イルカのぬいぐるみをチラ見して言いました。
「べ、別に楽しいわけじゃないし!付き合ってやってるだけだし!」
「ハハハ、ツンデレか流行らないゾ。私がこっそり内緒で見たところお前が一番楽しそうにはしゃいでたゾ!」
「ツンデレ言うな〜っ!ってかいつの間に見てたのよっ!」
「私は一応お前らの担任として引率を任されているからな。なにもずっと車庫入ればかりしていた訳ではないのだよ。物陰からコソコソ様子を伺っていたのさ、お前達海のいきものより随分目立っていたじゃあないかw」
「駐車場でのあんた程じゃあないと思う!」

「それはそうとちょっと気になる話を聞いたのだが」
「どんな話?」
「長老がもしかしたら自分の記憶が改ざんされているかもしれないって言っているんだ」
「えっ?あのお爺様の記憶を⁉︎有り得ない!世界でも珍しい記憶操作系の魔法を使えるお爺様の記憶を変える能力の持ち主なんて今現在居ないでしょ?」
「私もそう思う。むしろあのジジイとうとうボケたかと思ったんだがな。まあ長老もXデーが近いし多少神経質になっているのかもしれない。何にせよXデー迄は表立って何か起こる事も無いだろうからお前達もそれ迄はせいぜい想い出など作っておきな」
「うん、そうする」後部座席で気持ち良さ気に眠る二人をチラリと振り返りしばらく優しい微笑みを浮かべていた最愛だったが・・
「ところでMIKIKO先生よ、この車は何処へ向かっているのかナ?」
「変な事聞く奴だな、我等の学院に決まっているだろう?」
「そう?今気のせいか《東北道》なんて文字が見えたんだけど大丈夫?カーナビとか使った方が良くね?」
「舐めて貰っては困るな、私をその辺の地図も読めないCY女(←なんか約したらしい)と一緒にするとは笑止千万!カーナビなんざ女子供の使うものさ」(←完全にハイテク弱者の言い訳な上に自分の性別も忘れてます)
「ふーん、じゃあもあも寝ていいかな?」
「ふん、女子供は安心して寝てるがよい」と、自信たっぷりに言い切った先生だったが・・

 最愛がふと目を覚ますと時刻は既に真夜中、やけに真っ暗な街灯も無い道を走っている。気になって少し窓を開けると随分と冷たい外気が入ってきた・・
「えーと、此処は何処なんでしょう?」
「ふ、それが分かっていたら今頃君達は寮のベッドで寝ている筈さ」
「案の定迷ったな?学校あるのにどうするの⁉︎引率の先生様よ⁉︎」

 という訳で一行が学院に戻ったのは明けて昼位になってしまい、またまた朝食をまともに食べれなかったハナとユナノに恨まれました…


 その⑦ 夢に向かって

「・・はい、伝承通りその日に向けて確実に魔力は上昇しています・・ええ、昨日の授業では既に自由に飛べるようになりました・・他の人には気付かれなかったけど背中にうっすら例の羽根も確認出来ました・・はい、もし実体化したら物理的にいくらでも飛べるようになる筈です・・あと瞬間移動も確率と距離が上がってきてます・・1、2人なら同行出来る程です・・はい、引き続きさりげなくサポートしていきます・・ではまた連絡します・・」

「あれ?もあちゃんどこに電話してたの?」
「あっ、ゆいちゃんもう起きてたの?た、大した用事じゃないけどちょっと、じ、実家の方にね」
「いいなぁ~、ゆいんちはこっちからかけても大抵誰も出ないんだよね・・後でかかってはくるんだけどなんか噛み合わなくてすぐに切られちゃうの」
「うちもそんなもんだよ。ね、それより早くすぅちゃん起こして着替えようよ!」

 で、お昼休みになりました。
「存じてますか?存じてますか?」
 久しぶりに中等部一年のメグミが遊びに来ました。
「あらメグ久しぶり!何か御用?」
「実は昨日凄い話を聞いたんです!だからもあちゃん先輩達にも教えてあげようと思って」※メグミは情報通で知ったかキャラです。
「ふーん、どんな話?つまらないネタだったら即おしおきだからね」「いや、それは・・」と、言いつつ満更でもない表情のマゾっ子メグちゃんです。
「ゆうべパパと電話していた時にパパが酔っ払ってベラベラ喋っていた話なんですけど・・」
「メグのパパって魔法関係省庁勤務の?」
「はい、それでそのパパが得意になって言っていたんですけど、世界には物凄い魔法使いの一族がいくつかあって決して表には出てこないけど裏では凄い力を行使して色んなパワーバランスを調整しつつ地球が破滅しないように動いているんですって!」

「で?」最愛が鋭く先を促します。
「それでパパが言うにはこの日本にも大昔から続く偉大な魔法使いの王族がいるらしいんですって!スゴくないですか?」
「すごーい!夢のあるお話ね!」由結は素直に感心しています。黙り込む最愛をよそにメグミは話を続けます。
「それでもっとスゴイ話があるんですよ!」
「聞きたーい!」由結もノリノリです。
「えっとこれはパパの予想なんだけど、実はこのさくら学院にその王家の子女が通っているんじゃないかって話なんです!」ハッと息を飲む最愛。
「すごーい誰なんだろう⁉︎」無邪気に感心する由結。
「パパも最近知ったらしいんだけどこの学院って密かに皇居とか国会議事堂並みの防衛システムに護られているらしくて外部からの対魔法結界とかも張り巡らされているらしいんですよ!殆どの魔法学校はアイドルとか通っているから盗撮とか盗聴には目を光らせているけどここまでのセキュリティーは珍しいんですって!これは多分相当やんごとなき身分の方がいらっしゃるのではないかって話なんです!」
「はいメグ、おしおき決定っ!」
「え〜っ?なんでですか?結構面白いお話だったと思うんですけど?」
「そんな根も葉も無い都市伝説みたいな噂話で我々生徒の平穏な生活を乱そうとした罪は重いわよ!そこになおりなさいっ!」
「もあちゃんそれは酷すぎない?ゆいは今のお話結構面白かったわよ、それにもし本当だったらスゴくない?」
「ですよね?ゆいちゃん先輩の言う通りです、もあちゃん先輩それは厳し過ぎです!」と、言いつつも正座して《待ち》の体勢をとる残念なメグミです。
「メグ午後授業は?」
「えっ?授業は無いですけど」
「じゃあ今日のおしおき決定っ!高等部の校庭で直日に当ってなさい!」
「ええっ⁉︎そんな放置系のおしおきは嫌ですっ!言葉とか直接身体にとかでお願いします」
「ふん、ドMの奴の言う事なんか聞かないよ」※ドSの人の常套句です。

「いやあっ!お日様は勘弁して下さいっ、それだけはやめて~っ!」
「おおっと、午後の授業が始まっちゃうじぇ、それじゃあメグ、ちゃんと言いつけは守るのよ、しーゆー!」
「もあちゃん先輩行かないで~っ」

「もあちゃん、せっかく来てくれたのにメグちゃんが可哀想だよ」由結の言う事はもっともです。
「いいのいいの、実は本人結構喜んでるし直日に当てとくといい具合に発酵するから」
「はっこう?」

 という訳で放課後、毎日補習のSU-METALはほっといて最愛と由結はメグミを放置した校庭の片隅にやってきました。すると案の定メグミは健気にも1ミクロンも動かず同じ所にじっとしていました。
「あらあらメグちゃん、梅雨入り前の初夏の陽射しを一身に浴びて喜んでるなんていいセンいっちゃってるわね」
「もあちゃん先輩の命令でやっているのにヒドイですぅ」
「そうよもあちゃん、あんまりだわ」由結も気の毒な後輩に同情しました。
「フフフゆいちゃん、そんな事よりメグの奴の匂いを嗅いでごらん」
「えっ?匂いを?」
「いやあ~ヤーメーテーっ!」一応抵抗するメグミですが、「よし押さえ込んだぞ、クンクン、クンカクンカ・・フフフいつにも増して芳醇だわ」
「だめーっ!」
「えっ?何なの?匂いがどうしたの?どれどれ、クンクン・・おおっ⁉︎こ、これはっ⁉︎」
「お分りかしらゆいちゃん?」
「ええ、この懐かしいような日なたの香りとどうぶつの赤ちゃんのような乳臭さに石鹸とシーブ■ーズが混合されたような美少女の爽やかな香りが柔らかく鼻腔をくすぐるのよっ!」
「いやあー、ゆいちゃん先輩まで〜」
「くんくん」
「クンカクンカ」
「ダメですぅ、鼻っ先がくすぐったいですぅ」
「クンクン、もあちゃん」
「なあに?ゆいちゃんクンカクンカ」
「ゆいはお姉様専だと思ってたけど案外妹キャラもイケる口だと気付きました」
「世界が広がったのね?いい事だわ」
「よくないですっ!もういい加減にし・・・」

「今何で黙った?ね?」
「あふぅ、ゆいちゃん先輩が案外テクニシャンで・・」なんか聞いたような会話です。
「さてと、メグ臭も堪能したしこれ以上やってメグを喜ばすのも不本意なのでこの位にしとくかナ」
「そ、そうね・・」名残惜しそうな由結です。
「えっ、もう止めちゃうんですか?」もっと名残惜しそうなメグミです。
「ところで発酵の美少女メグは今日はなんで午後の授業無かったの?」
「いえ、無かった訳ではないんだけどメグは選抜チームだからイベントで遠征があって・・」
「それ飛行機で行くやつじゃね?時間は大丈夫なの?」
「まだ連絡無いしそれよりもあちゃん先輩の言いつけの方が大事だから・・ってヤバイ!午前の授業の時スマホの電源切ったまま入れるの忘れてたっ!」
「何やってるのよ!早く確認しなさい!」
「はい、・・うわあ!着信やメールやLINEが100件位着てるっ!」
「クルックー」
「伝書バトも着てるっ!」
「早く時間を確認しなさい!」
「うわーん、もう皆んな飛行機の中だぁ」
「何やってんの⁉︎メグっ、歯を食い縛りなさい!」バシッ!
「あうっ」
「あんた選抜のイベント舐めてるの?すっぽかすなんて有り得ないわ!いい?他の子達は皆選抜チームに入りたくて一生懸命努力してるのよ、その子達に悪いと思わないの?」←そもそもの原因はコイツなんですがメグミも由結も良い子なので神妙に聞いてます。
「あ〜あ、イベントに穴を開けるなんて最低ね、皆んなもフォーメーションとか今更困るだろうなぁ」
「ふぇーん(泣)」メグミも流石にプレイおしおきと違ってマジ泣きです。
「メグちゃん・・」由結も自分の事以上に心配している様子。(フフ、この状況はチャンスだわ、悪いけど利用させてもらうよメグっ!)
「分かったわ、じゃあゆいちゃん、カワイイ後輩の為に顔笑ってみようよ」
「え?ゆいは何をすればいいの?メグちゃんが助かるなら何でもするよ!」
「では瞬間移動してみようよ!」

「ええっ⁉︎飛んでる飛行機の中に⁉︎ムリムリムリっ!」
「ゆいちゃんなら大丈夫!瞬間移動は距離の長い短いとかは関係ないんだよ。行きたい場所をどれだけイメージ出来るか、それと其処に行きたいっていう強い想いがどれだけあるか、それで決まるんだよ!・・メグの事を助けてあげて!ね?」
「分かったわもあちゃん!ゆいやってみる!」
「よーし、じゃあ円陣を組んでゆいちゃんに魔力を送るよ!」三人は額をくっつけ合うようにして左手を隣の子の右肩に乗せます。そして右手は通常魔法使いが使う杖と同義の校章の入った桜色のフラッグを取り出します。由結とメグミは小物入れのポシェットに挿してあるものを、女スパイに憧れる最愛は太もものガーターベルト型ホルダーに挿してあるやつをペロッとスカートを捲ってスチャッと、コレを振れば勇気も魔力も倍増です。
「メグ、今日誰がいる?」
「ゆいちゃん先輩達が知っている子はリノンちゃん、サキちゃん、シラサキちゃん、サラちゃんとあとアイコ!」
 由結と最愛が中等部の頃選抜で一緒に過ごした仲間達ばかりです。
「ゆいちゃん、久しぶりに皆んなと会いたいね!ほら皆んなの事をイメージして!」
「うん、皆んなに会いたい!」
「よーし、じゃあ『Friends』歌おっか!」
「「うんっ!」」Friendsはさくら学院に入ると最初のうちに覚える曲でDNAレベルで身体に刻まれているからこの曲を歌えばやはり勇気も魔力も漲ってきます。
「しとしーと雨降りゆーうつな朝無情な月よーお日 ♪」皆んなの顔を思い浮かべながら歌います。
「灰いーろーの空はこーこーろ模様ケンカしたの金よーお日 ♪」歌が進むにつれて魔力が充満してくるのが感じられます。そして気圧が変わるような違和感と目眩を伴う浮遊感が訪れた時三人は光の速さを超えていきました・・
 さっきまで三人のいた校庭の片隅には(サビまで歌いたかったなぁ)っていう思念だけが残留して漂っているようでした・・

 最初は通路にいきなり現れたモノに原始的な恐怖を感じてキャ→と叫んで逃げるように仰け反った選抜チームのメンバー達でしたが、それが行方知らずになっていた仲間と懐かしい先輩達だと分かった時には驚きが歓喜に変わり大歓声と拍手が起きました。由結達三人もハイタッチで成功を讃えあいます。
「メグ何処に行ってたのよ⁉︎ってか瞬間移動で来たの⁉︎エーッ!?」
「もあちゃんゆいちゃん久しぶり!っていうかそんな事出来ちゃうの⁉︎すごーい!」
「流石学院のエリートですね!ビックリです!」
「あのね、ゆいちゃん先輩が連れてきてくれたの!スゴイでしょ?」仲間に合流できた喜びと瞬間移動を体験した高揚感でメグミも超興奮気味です。
「岡田ぁ、何処行ってたんだよ先生心配したぞ!菊地ぃ水野ぉ、お前たち久しぶりに会ったと思ったら成長したなぁ、ありがとうな」二人の担任だった引率の森センセーもホッとして嬉しそうです。
「恐れいりますお客様方・・」CAのお姉さんがやってきました。
「ヤバイ、メグはともかくゆいちゃんともあは搭乗券とか無いや」
「それは構わないのですが・・」
「えっ?いいの?」
「ハトは困りますハトは」
「ハト?」
「クルックー」
「ああ⁉︎さっきの伝書バトがゆいちゃんの肩にっ⁉︎」
「あらあら、ハトさんついてきちゃったのね」
「ハトは色々な伝染病など持っている可能性がありますのでフンをする前に何らかの処置をしなければなりません」
「処置?」
「はい、具体的に申しますとフンをする前にですね、速やかにわたくしめがシメてビニールなどに密封する、もしくはシメてトイレに流します」
「えっ、シメる?」
「はい、首をですね、こうポキッと・・」
「イヤーっ!ハトさんが殺されちゃう!もあちゃんどうしよう?」
「クルックー」
「ハトさん呑気に鳴いている場合じゃないよぅ」

「ちえっ、このまま何食わぬ顔で帯同して先輩風など吹かせながらタダ飯頂戴しつつやりたい放題やってからMIKIKO辺りに迎えに来させようと思ってたんだけどよく分からないハトのおかげでそうもいかなくなっちゃったわね・・」
「ごめんねもあちゃんごめんね」
「いや、ゆいちゃんが謝る事では無いし・・ん?それよりハトがプクって膨れてきたけどコレってフンの予備動作じゃね?」
「お客様、ここはひとつわたくしめがポキッと・・」
「いやあ!CAのお姉様っ、ハトさんの代わりにゆいの事をポキッてして下さいまし!」
「えっ⁉︎それなら元々原因を作っちゃったメグの方をより一層ポキッとお願いします!」いつの間にか趣旨が変わってきちゃったので最愛はキレました。
「あんた達何馬鹿な事言ってるのよ!ハトがもうフンしちゃうよ、ほらゆいちゃん瞬間移動よろしく!」
 最愛に急かされ大慌てでノーイメージのままチャレンジした由結は何処とも分からない空間に投げ出される事になりました。
 なお、目の前から二人がいなくなった機内ではおお〜っという感嘆の声が響きました。
 由結と最愛は何処とも知れぬ空間に出現するなり自由落下に囚われました。お互いの額をくっ付けるように向き合って身体はほぼ水平な強制スカイダイビング状態です。そして風切り音に負けないように叫び合います。
「ゆいちゃん、メッチャ上空だよ!酸素薄い!日本が地図と同じに見える!!」
「いやあーっ!ゆい達はこのまま流れ星のように燃え尽きちゃうのよーっ!」
「落ち着いてゆいちゃん!まだ地上まで何分かはかかるからまずは笑って、ね?」
「こんな状況じゃあとても笑えないわ〜!」
「こんな時だからこそ笑顔よ!笑顔は人間ならではの感情表現、死ぬ時は人間らしく!それにね、もあはこの世で最期に見る景色がゆいちゃんの笑顔だったらそれはとても良い人生だったと思うの」

「・・もあちゃん・・」
「だ・け・ど!残念ながら死なないわ、だってゆいちゃんには翼があるもの!飛べるんだもん!」
「えっ?ムリムリムリっ!あれは体育館とか狭い空間だからだって!」
「絶対大丈夫!もあを信じてっ!さあ歌うよっ!『夢に向かって』サビ前よんっ小節からねっ!」
※『夢に向かって』はさくら学院に入るとすぐに覚える曲なのでDNAレベルで身体が反応して魔力が漲ります。
「「I can fly~羽~ばたけ夢に向かってまあっすぐ~明日じゃなくていまーすぐ♪ 」」恐怖感が徐々に薄れてきて自由に飛び回るイメージが湧いてきました。
「いまーすぐ♪ いまーすぐ♪ いまーすぐ♪・・・」
「ああっ、もあちゃんが何気に『今すぐ』をサンプリングしてプレッシャーをかけるわぁ!」
「だあって待ってなんかーいーられーない♪ 」※そりゃそうです。もう大分陸地が近くなってきました。
しかし由結は人の為に頑張るタイプなので最愛のこの作戦は有効です。
由結の背中にうっすら羽根が生えてきました。あともう少しです。
「「緊張なんか吹き飛ばし ~自分の笑顔で ~いつでも強く ~前を向いて~高く飛んで行こう~♪」」
 今の状況にリンクした様なこの歌詞に励まされて由結は覚醒しつつあります。
「あとちょっと!さあゆいちゃん、好きなものを想い浮かべて笑ってみて!」
「トマトっ!」その瞬間バサーッと純白の美しい天使の羽根が広がりました。
「もあちゃん、ゆいの背中に羽根が生えたっ!」
「うん!とても綺麗な白い羽根だよ!もあは信じていたよ!」自由落下から徐々に水平飛行に移ります。もう地上まで何キロも無い高さまで来ていました。最愛は由結の飛行姿勢を邪魔しないように由結の腰を抱えるような体勢をとってぶら下がります。

「もあちゃん、ゆい飛べたよ!気持ちいいよ!何処までも行けちゃいそう!このまま学院までひとっ飛びしよっかな」由結は天使の翼で鳥類さながらに大空をバサバサ飛び回ります。
「ゆいちゃん、信じてたよ!スゴく、本当にスゴく綺麗な羽根!美しい、この姿が見たかったの!」(・・そう、或いは過酷になってしまうかもしれないこれからの貴女の人生、攻撃魔法を持たない偉大な魔法使いの血を引く貴女にはその翼と瞬間移動はその身を守る大きな武器になるの。ちょっと強引だったけど首尾よく覚醒してくれたわ。これで安心してその日が迎えられる・・)

「ところで此処はどの辺なんだろう?結構な森っぷりね!あ、あの辺ちょっと拓けてるけど川かな?」
「・・・そ、そうね」
「川沿いを下って飛んで行けばそのうち街があるかも!そこでお休みして甘いものでも食べよっか?」
「・・・そ、そうね」
「あれ?もあちゃん元気ないけど大丈夫?」
「・・・そ、そうね、限界かも・・」
「えっ⁉︎どうしたの?」
「ゴメンもうムリっ!お達者でえええぇぇぇーーーー」
「いやあああぁぁぁーーーもあちゃんが落ちちゃったぁぁぁーーーー」そりゃそうです、SU-METALのように変身して身体能力を上げれる魔女っ子ならともかく、肉体はそこらのJKと変わらない最愛はそう長時間ぶら下がるのは無理な話です。
 由結は少し調子に乗り過ぎちゃいました。
「どうしようどうしよう、いくら丈夫なもあちゃんでもこの高さから落ちたら死んじゃうよう!ゆいが浮かれてたせいだわ!文字通り浮いてたせいだわ!もあちゃんごめんねごめんね、早く探さなきゃ!」
 当初に比べるとダイブ低い所を飛んでいましたが、生身でダイブするには無茶な高度です。
「うわーんどの辺に落としたのかな?見当もつかないよう・・」
「クルックー」途方に暮れて飛び回っていた由結に並ぶようにいつの間にかハトが飛んでいました。

「あっ!さっきのハトさんだ!」そう言えば瞬間移動した後どっかに飛んでいったハトでした。
「クルックー」
「もしかしてハトさん、もあちゃんの所に連れてってくれるの?」
「クルックー」ハトはついておいでと言わんばかりに由結の前に躍り出て力強く進路を変えました。どうやら由結は180°逆を探していたようです。
 やがてハトは川沿いの少し拓けたところで降下し始めました。すると河原でうつ伏せに倒れてる最愛を発見しました。
「もあちゃん見つけたっ!もあちゃーん今行くよーっ!」
 由結は河原に降り立つとすぐさま最愛を仰向けにして心臓の音を確認しました。
「良かった、生きてる!」
 とりま一安心した途端最愛がムクッと半身を起こしましたが顔面ダラダラと血だらけです。
「いやああぁーもあちゃんスゴイ血だよう!」
「いや案外大丈夫だよ?ほらハナもよく言ってたじゃない、額の血は大した事無くても派手に見えるからプロレスでは有効だって」
「えっ⁉︎そう言うものなの?」そう言えばよく見ると傷らしい傷は見当たりません。
「本当に大丈夫?骨とか折れてない?」
「運良く木とか葉っぱがクッションになったから全然平気だよ」よくよく最愛の全身を見てみると制服はボロボロで穴だらけで血だらけなんだけどそこから覗く素肌は額同様に確かに傷らしい傷も無いようです。あの高さから落ちて大丈夫な訳無いと思いつつも最愛の強がりって訳でも無いようなので由結は安心と共に脱力して自然と涙が溢れてきました。
「もあちゃんが死んじゃったらゆいも生きていけない・・」
「大丈夫よ、もあはゆいちゃんより先になんて死なないしずっとゆいちゃんの側を離れないから!ずっと一緒だから!」
「・・もあちゃん・・」二人は泣き笑いしながら見つめ合ってさっき歌えなかった『FRIENDS』のサビを歌い出しました。そしていつもの寮の部屋へと消えていきました。

 今日一日いっぱい魔力を使った由結と補習でいっぱい学力を使ったSU-METALはいつの間にか同じベッドで固まって寝落ちしていました。そんな様子を見ながら最愛はひそひそと何処かに電話をしていました。
「・・はい、それは美しい羽根でした。あれこそ風の魔女の完成形ですね、王家の血の証しです・・あとそちらの方も問題ありません・・はい、今こうして喋っているのが証拠です。本来私はこの世にいない筈です。痛いのはもう勘弁ですけど身を以て証明出来ました・・ま、二回目なんですけどね・・あとは無事お誕生日を迎えられればいいのでが・・・はい、そればっかりは学院では無理なのでそちらの手配はお願いします、ではまた・・」


 その⑧ Xデー

 梅雨の晴れ間の中、由結は最愛とSU-METALと共にすっかり運転の上手くなったMIKIKO先生の運転する車の中にいました。
 本日は6月20日、由結の16才のお誕生日です。授業も無い土曜日でしたのでかねてよりこの日はお出かけするよと最愛に言われておりました。寮の他のみんながいないのはちょっと淋しいけど最愛の事です、何かサプライズがあるんじゃないかと期待にワクワクしながら今に至ります。

「それにしてもMIKIKO先生までご一緒して頂いてしかも車まで出して頂いてよろしかったのですか?」
「別に構わないさ、私もパーリィの参加者なのさ」
「そうよゆいちゃん、
どうせガソリン代とかもすぅちゃんの口座からちょろまかしてるんだろうし」※SU-METALは一億円位貯金があります
「最愛よ、それだけじゃないゾ、ETCもだ」「ゲッ、冗談で言ったのにマジだったのか⁉︎」「まあまあもあちゃん、こんな時便利だからいいじゃん」※SU-METALは太っ腹です

「それはそうとこんな日に言うのもなんだがさっき気になる情報が入ってきた」
「気になる情報?」
「ああ。と言ってもすず香に関することだけどな」
「すぅに?」
「ああ。お前カンニバル・カープスって覚えてるか?」
「覚えているも何もすぅが関わった事件で一番キモくてムカつく事件だったよ」
「ねぇ、そのなんちゃらカープスって何なの?」
「分かりやすく言うとカルト魔法集団かな」
「カルト魔法集団?」
「最愛よ、一般の魔法使いが使う魔法はプラスの波動、幸福な《気》を魔力に換える為に人々が怖れる行為や犯罪には使えないとされているが例外がある事は知っているな?」
「そういった非人道行為に喜びや快楽を覚える人の気が集まった場合です。」
「正解だ。」そういった人間は何処にでもいるもんだがそんなアブナイ奴は全体に比べると圧倒的に少数なので通常大した影響は無かった。

「なんだすず香よ、お前のお誕生日の時私がやったアイディアを利用したな?」
「アンタかっ⁉︎ネタ元は!」最愛は思わずMIKIKO先生にツッコミました。
「ネタ元はMIKIKOだけどすぅは中元です」
「うるせえ💢」
「あ、先生からのプレゼントも、そ、それが、い、いいかな、なんてキャッ❤️」
「ゆいちゃんもそんなもん欲しがらないっ!」相変わらず天然ボケが三人もいて仕切りが大変な最愛です。
「それよりそのなんちゃらカープスはどうなったのよ?」
「そうそう、それなんだがたまたま運良く逃げ出して保護された人がいて遂に多発する失踪事件の謎と結び付いたんだな。それで当局も本格的に捜査に乗り出したんだがコレがなかなか手強い。そこでミサのタレこみがあった時にすず香が招集されて乗り込んだのさ」
「すぅの紅の騎士モードにかかればあんな奴らチョロいもんだよ!でもリーダーのカープスやら他のメンバーは捕まえたんだけど恋人のマカブラと幹部何人かには逃げられちゃったんだよね・・」
「まあ、すず香一人に頼らざるを得ない状況であれはしょうがない、お前は充分成果を上げたさ」
「それで結局気になる情報っていうのは何だったの?」
「つい先日このカープスと一味の死刑が執行されたんだが、それをうけて逃亡潜伏していた残りのメンバーがすず香に復讐する為に日本に入国しようとしていたのだがさっき成田で捕まったらしい」
「それって気になるっていうレベルの話ではないんじゃない⁉︎ 実はすぅちゃん危なかったんじゃないの?」
「まあとりあえず国際指名手配されていた残りのメンバーは全員捕まったんだけど唯一カープスの恋人だったマカブラだけは行方知れずで手掛かりもないんだな」「どんな人なのかなぁ?」
「すぅがアジトに乗り込んだ時ちらっと見かけたフードを被った女がそうだったみたいなんだけどすぐに消えちゃったんだよね」

「捕まったメンバーの証言とか取れなかったの?」
「ああ。カープス以外の者には決して素の姿を晒す事は無かったらしいし、そのカープスもマカブラについてはいっさい口を割る事は無かったらしい」
「カープスはマカブラの事をよっぽど大事にしてたのね・・」
「何人かの証言によるとフードから溢れる長く美しい黒髪を持った小柄で華奢な人物という事らしい。おそらくアジア系なんじゃないか、って話だ」
「ふーん、東洋の魔女って訳ね」
「まあ何処の国の者かは分からないけど学院に居る限りは安全だし今日みたいにイレギュラーで外出する先までは掴みようも無い筈だからそうナーバスになる必要も無いと思う」
「ま、すぅは返り討ちにしちゃうけどね!」
「すぅちゃんカッコいい!ゆいは『今すぐキスミー券』使っちゃいます!」
「だから使うなっ!」

 なんて会話をしているうちに車は都心からそう遠くはない古都の街に入りました。
 この季節は紫陽花の綺麗な名刹なども有り観光客も大勢訪れますが、車はそれを避けるように山間の小径を登って行きやがて雰囲気の有り過ぎる洋館に到着しました。
「さあ着いたぞ、ここが今日のパーリィ会場さ!」
「わあスゴい!こんな所よく借りれましたね!」想定外の展開に由結は興奮気味です。
「まあ借りたと言うか学院の持ち物みたいなものなんだけどな」
「そうなんですか?」
「ほらゆいちゃん見て!おっしゃれー」SU-METALも芝生の庭に据えてあるパラソル付きのテーブルセットのチェアーに座ってはしゃいでます。ところが・・
「・・ゆいちゃん、覚悟はいいかな?」そんな中、妙に思いつめた顔でこんな事を聞いてきた最愛の質問の意味が解らず「えっ?」と聞き返した時でした、先に館内に入っていったMIKIKO先生が怪訝そうな表情で出てきました。

「お前達、中の様子が変だ」
「どうしたの?」
「ホールの料理やらの準備が中途半端な状態で放り出してあるのだが、ここの主人とメイド、それに給仕の為に来てもらった何人かが全員見当たらないのだ」
「もしや何かあったのかな?」最愛は眉をひそめて横に長い二階建ての洋館の窓を一枚ずつチェックする様に睨みます。
「もしかしてマカブラがすぅを狙って・・」
「いや、それは無いな。今日すず香がここに来る事を知っているのは我々とここの主人だけだ。我々を尾行する事は出来ても先回りは不可能だろう」
「って事は怖れていたあっちの方の刺客・・」最愛が益々表情を険しくしてそんな事を呟きました。
「あっちの方?」由結が聞き返すとその疑問を掻き消すようにMIKIKO先生がエントランスホールに動き始めました。
「よし、誰かいないか手分けして探すぞ!私と最愛は二階を調べる。すず香は一階を見てくれ!」
「先生、ゆいは何処を調べましょう?」
「YUIMETAL、君はここで待機だ」
 MIKIKO先生はそう言うとホール脇のゲストが待機する洒落た小部屋に由結を押し込めました。
「待って下さい、ゆいも行きます!」
「ダメだ、君はここにいろ!」
「でも・・」
「ここにいるんだ!いいな?」MIKIKO先生は食い下がる由結に選択肢を与えぬ程キッパリと言い切ってドアを閉めました。そしてドアに手を突きながら何やら呟いてから部屋内に居る由結に声をかけました。
「いいか、この部屋は外からは誰も入れないように結界を張った。但し中からはドアが開けられるようにはなっている。もし誰かが来ても我々以外だったら絶対にドアを開けるな!そしていざという時の為に学院に瞬間移動出来るようにイメージしておくんだ、分かったな?」
「は、はい・・」MIKIKO先生の語気に押されて戸惑いながらも由結は返事を返しました。

「ねぇねぇ、すぅにも何がなんだかよく分からないんだけど?あっちの方の刺客とかなんやらどういう事なの?」
「スマン、どっちみち今日話す筈だったから後で落ち着いたら説明するけど今は関係者の無事と侵入者の確認が先だ!お前は一階を虱潰しに調査してくれ!ジジイかメイド服ならここの者、それ以外ならまず拘束しろ!念の為騎士モードで行け!敵がいたらそれは魔法使いの筈だから気をつけろよ!」
「うん、なんかよく分からないけど了解!」SU-METALはこんな時のMIKIKOが適当言う筈が無い事を知っているので素直に紅の騎士モードに変身して由結の居る隣の部屋から探しだしました。
「最愛と私は二階に上がるぞ!」
「了解!」二人はホールを抱く様に螺旋に伸びた階段を駆け上がりました。二階は一部屋が広かったり繋がっていたりする一階と違って似た様な居室が廊下を挟んでいくつも並んでいるので順序よくいかないと面倒な事になります。
「最愛はそこから時計回りで調査しろ!私はここから逆回りで調査していくからとりあえず二人かち合うまでだ!くれぐれも無理するな!なんかあったらすぐ電話しろ!」
「分かった!そうする!」

 一方、なんだかよく分からないうちに軟禁状態になってしまった由結は色々心配で最初のうちはそわそわウロウロしていましたが、そのうち緊張感が薄れてきて部屋にある高級そうな調度品をいぢったりもふもふのラグをゴロゴロと転がったりしだしました。
「それにしてももあちゃんの言ってた覚悟がどうとかそっちの方の刺客とかなんだったんだろうな・・」物想いに耽りながらゴロゴロしたり柔らかソファーでびょんびょんしているうちにふとドアの向こうに人の気配を感じてそちらに意識を集中させました。
 皆んなと別れてから20分は過ぎている筈です、そろそろ誰か戻ってくるのではと思いました。

 息を潜めて様子を窺っているとドアの向こうの人物は取っ手をガチャガチャしたりドンドン叩きだしたりしました。
(おかしい・・先生や二人ならまず声をかけてくるのに・・)不測の事態に備えて言われた通り寮の自分達の部屋を思い浮かべて瞬間移動の準備をして集中していると「おーい、由結はいるかなぁ?」と、のんびりした声が自分を呼びました。おや⁉︎この聞き覚えのある懐かしい声は・・
「兄様っ!」
「ああ由結!ここにいたのか〜」
「わあ!兄様久しぶりっ!今開けますね!」ドアの向こうの人物が久しく連絡を取っていなかった兄と判るといそいそとドアを開けてしまう由結でした。
「やあ、由結ったらしばらく会わないうちにすっかり娘さんらしくなっちゃって!」
「当たり前じゃない!だって兄様と会うの何年ぶりだろう⁉︎ゆいがまだ小等部の頃だったかな?」
「そうだね、僕がアメリカに留学に行っちゃってから一度も会って無かったからそりゃあ小さくてぴょんぴょんしていた由結も大きくなる訳だよねー」
「えー、そんなにぴょんぴょんしてないよぉ〜、でも兄様は全然変わってないみたいだね」そう言われた由結の兄は二十歳前後だろうか、長髪を剣士の様に後ろに束ね、オドロオドロしいイラストの入った黒いTシャツにスリムなジーンズ、足元はエンジニアブーツ、腕には鋲を打ったリストバンドやらチェーンがジャラジャラしていて見るからにバンドマンの様な容姿でしたが、そういう輩に有りがちな暑苦しさは感じられずにむしろオシャレな雰囲気さえ醸し出しているのは色白で中性的な顔立ちと小柄で華奢な体躯だからかもしれません。
「兄様、今日はもしかしてゆいのお誕生日会にわざわざ来てくれたの?」
「そうさ、この日を指折り数えていたくらいだよ」
「まあ兄様ったら!」
「ところで他の人はいないのかな?由結は一人?」

「此処へは担任のMIKIKO先生と寮で同室のもあちゃんとすぅちゃんとで来たの」
「すぅちゃん?」
「本当は2コ上のSU-METAL先輩。普段はアレなんだけど変身するとスゴイかっこいいの」(←ようやく紅の騎士と一致したらしい)
「へーえ、由結は随分な有名人とお友達なんだね!」
「えっ⁉︎兄様すぅちゃん知ってるの?」
「知ってるも何も彼女は欧米の魔法業界では若くして既に伝説だよ」
「え、やっぱりそうなんだっ⁉︎すぅちゃんすごーい!」
「ねえ由結、SU-METALさんにご挨拶したいからお兄ちゃんに紹介してくれるかい?」
「いいけどすぅちゃんを盗らないでよ」
「ハハハ、相変わらず由結は年上のお姉さんが好きなんだな」
「そんなんじゃないよ〜」
「ところでその人達は何方へ?」
「んとね、ここに着いたら誰も居なくて様子がおかしいって言って皆んな見回りに行っちゃったの。でね、ゆいはここでお留守番なの」
「そうなんだ、心配だね」
「うん、でももうそろそろ誰か戻ってくるとは思うけど・・」
 その時丁度ドアをノックする音が響きました。
「メギツネこんこん、ゆいちゃん開けてーっ」
「ハーイ今開けるね!」由結が飛んでいってドアを開けたらイキナリSU-METALにギュウっと抱きしめられました。
「ゆいちゃん分補給!」
「やーんイキナリ過ぎるぅ〜、ってすぅちゃんつまみ食いしてきたでしょ?」
「ギクッ、何故それを⁉︎」
「ほっぺにクリーム付いてるよ!」
「あちゃー」
「じゃあゆいが綺麗にしてあげるね!ぺろぺろ、ぺろぺろ」
「キューっ!ゆいちゃんが仔犬の様にぺろぺろと!」
「ごちそうさまでした♡」
「ふぅ、お粗末さまで・・あ、そうそうゆいちゃんに御返し。ハイこれ!」
「あ、マカロン!いただきまーす!」
「厨房に積んであったからチョイと失敬してきたよ」
「パクパクもぐもぐ美味しいなぁ!」
「まだあるよ、ハイ」
「わーい!パクパクもぐもぐ」

「おや?ゆいちゃんもお口の周りが粉だらけだよ?これはすぅが綺麗にしなくちゃだな、ぺろぺろちゅーちゅーぺろぺろ」
「いやー、すぅちゃんが しばいぬのようにぺろぺろとぉ!」
「・・あのぅお取り込み中申し訳無いんだけど・・」
「何奴っ!」言うなりSU-METALは抜刀して由結兄の方にバッと振り向いて剣先を喉元数センチの所にピタッと止めました。
「待って待って!ストップストップ!」由結兄は両手を降参のように上げて慌てました。
「ごめんごめんすぅちゃん、その人ゆいの兄様なの!」
「えーっ⁉︎マジでーっ⁉︎」
「ああ驚かせて申し訳無い、初めまして由結の兄です」
「これはこれは失礼しました!ゆいちゃんのお兄様とはつゆ知らず・・」
「いやいや此方こそ御高名なSU-METAL嬢とお会い出来て光栄です」
「え?え?い、いきなり、す、すぅの事、ほ、褒めそやかすなんて、い、いったい、ど、ど、どういう、りょ、りょ、了見なんでふかっ⁉︎」
「チョットすぅちゃんキョドり過ぎ!」
「にゃんだと〜、ゆいちゃんだってコンビニの店員さんが男子だと失禁したりするくせにっ!」
 SU-METALは真っ赤に染まった顔を由結兄から背けるように由結に向き直って地団駄を踏みました。
「失禁なんてしないわよ〜、まあチョット白眼剥いちゃうくらいかな?」
「それもスゴイよっ!」
「ハハハ、二人は本当に仲が良いんだね」
「「いやあそれ程でも・・」」二人が息の合ったユニゾンでそう答えた時SU-METALの背後から由結兄の「我が妹よ、本当にありがとう。こんなに早くにSU-METALに会わせてくれて・・」という呟きが聞こえてきました。
 その直後でした、SU-METALが一瞬「うっ」と喘いで驚いた様な表情を浮かべました。すると胸部の鱗状の鎧から音も無くスッと紅く濡れそぼった無機質な金属片が生えてきて、そしてほんの少し静止した後また引っ込んでいきました・・


 ⑨ 惨劇の聖誕祭

 〜その約20分前〜
 MIKIKO先生と別れた最愛は誰か居ないか何か変わった事は無いか一部屋ずつ探し始めました。これらの部屋はほぼ同じ造りで最愛はレストルーム、シャワールーム、クローゼット、ベッドの下などを見て回ります。警戒しながら見回っていくのはかなり面倒な作業です。
 そして何部屋目かに入った時です、自分の背後から追うように何者かが侵入してきて最愛は驚きました。
「誰っ⁉︎」
「あ、ゴメンゴメンこれは驚かせてしまったかな?」
「あれ?あなたは同志Kではないですか!お久しぶりです」
「やあ、これは懐かしいなぁ!同志最愛ちゃんじゃないですか、随分大きくなりましたね!」
「まあ、もあももう何気にJKですからね」
「もうそんなになりますか⁉︎」「ところでKさんは此処で何をしているのですか?」
「いや、なにね、長老にお呼ばれしたものですから」
「え?そうなの?聞いて無いなぁ・・まあ同志Kも例のプロジェクトに関わった一人だから有り得なくも無いか・・」後半の台詞を独り言のように呟くと「そうですよ、僕も我が《妹君》の聖誕祭をお祝いする権利くらい有ると思いますよ」とおどける様に《同志K》は言いました。
「・・・ああそうですね・・・では申し訳無いんだけど少し此処で待機してもらってもいいですか?ちょっと今バタバタしているもんで」
「此処で待っていればいいんですね?了解です!」
「じゃあ後で呼びに来ますね」そう告げると最愛は部屋を出て行きました。
 そして次の部屋に入るなりおもむろに電話をかけました。
「MIKIKO、怪しい奴発見っ!同志K!ゆいちゃんの記憶がある!」声をひそめて早口で告げます。『K?彼奴かっ!気をつけろ!知っての通り彼奴はメタルネーム持ちだし魔力はグループ内でもトップクラスだ!私が行くまでいらん事はせずに足止めだけしておいてくれ!』
「大丈夫!庭側奥から二番目の部屋に待機させてる」

 通話を終えてスマホをポケットに入れてとりあえずこの部屋もチェックだけはするかと最愛が顔を上げた時です、フッと現れたKにいきなり腹を刺されました。
「ぐあああぁぁっ」
「あーあ、僕とした事がミスっちゃったよ」
「ぐはぁっ・・い、いきなり、さ、刺すなんて・・」最初、最愛のお腹に収まっていた刃物は徐々に質量を増して今では背中から突き抜けていました。
「いやあ、君がいらん事気づいちゃうもんだからヤラざるを得なくなっちゃったじゃないかぁ。そうだったよぉ、僕が由結のお兄ちゃんだった事を僕は憶えてちゃダメな筈だったんだよなぁ?いやあ失敗失敗!」まるで世間話しでもする様な気負いも焦りも全く感じない態度に最愛は激しい痛み以上の恐怖を覚えました。こいつはこんな事によっぽど慣れている、そして殺人を楽しんでいる!
 身に付けた金属を変形させて作ったらしい剣を右手に持ち、最愛を串刺しにしておいて左手はスマホで動画を撮る余裕っぷりである。
 最愛が激痛を通り越して意識を朦朧とさせて膝から崩れ落ちると、Kは最愛の身体から剣を抜きました。
「ううっ!」そして夥しく出血する最愛を片足で踏みつけながら更に上から無造作にブスブスと出鱈目に剣を突き立てます。
「やっぱり美少女の残虐シーンは絵になるねぇ。ククク、この画は高く売れそうだ」
「・・ハァ、何で・・もあが・・ハァ、殺されなきゃ・・ならなかった、ハァ、の?」
「僕の計画に一番の障害は君達だからね、本当は後で我が妹君の目の前で切り刻んであげようと思っていたんだけど予定が狂って残念だったよ」
「・・ゆいちゃんに・・そんな姿・・不幸中の・・ハァ・・さいわ・・・」
「あれぇ?死んじゃったのぉ?君が電話で呼んだ相手が来たみたいですけどぉ、最期に会えずじまいだったねぇ、残念無念っと」

 MIKIKO先生は最愛からの電話を受けた後、嫌な予感が的中してしまった事を確信しました。(よりによってKか、彼奴なら何事かやりかねない・・)Kは頭が良く魔法の実力も天才レベル、如才ない物腰で各方面からの信頼も厚かった。あんな容姿だが実はMIKIKO先生とは同世代でお互いメタルネーム持ちというのもあって若い時はよく引き合いに出されたものでした。大抵の人は知らかったが、MIKIKO先生は実験と称してどうぶつを魔法で虐待したりしていたKの裏の顔をたまたま知っていたので要注意人物として記憶していたのである。(なんにせよ彼奴があの家に居たあの時代の記憶が消えていないと言う事は王家の秘密に辿り着いたとみていいだろう。このタイミングで現れたというのがその証拠。おそらく長老から何らかの方法で聞き出して記憶を改竄したのだろう。長老は最近になってその事に気づきかけていたようだったし・・)
「とにかく急ごう、予想が当たっていたら彼奴にとって私達が一番の邪魔者の筈だ。最愛が危険だ!」
 音も無く走り抜けて最愛に言われた庭側奥から二番目の部屋に着きました。警戒しながら息を殺して入室したものの人の気配は感じられない・・一通り見回って念の為バルコニーも覗いてみたが最愛もKもいないようだ・・
(待てよ、最愛は多分隣の部屋から電話をしてきた筈だな・・)
 胸騒ぎを感じてすぐにその部屋を出て次の部屋の前に移動しました。警戒しながらそっとドアを開けるとそこには・・・
 血溜まりの中心に横たわる刺し傷だらけの最愛の、おそらく既に遺体となった姿がありました。電話を受けてからまだ何分も経っていないのに・・・「最愛ーーっ!!」MIKIKO先生は叫びながら駆け寄り、最愛に覆い被さるように抱きしめました。
「最愛ーーっ、何でだー?何でこんな姿にっ?最愛っ・・うぐっ!かはっ・・」そしてMIKIKO先生もまたドアの陰から出てきたKに背中から刺されました。

「いやあ、久しぶりだねMIKIKOさん。正直貴女が僕の計画の一番の障害になると思っていたけどこんなにあっさりぶっ刺す事が出来てラッキーでしたよ」「キ、キサマよくも最愛をやりやかったな!ぜ、ぜってー許さねぇ!」
 MIKIKO先生は自分の身体を貫通してお腹から出てきた剣先を素手で握ると何事か呟いてチカラを込めました。するとKの持つグリップ側の金属が鋭く伸びてK自身を襲いました。
「うわー危ねえ!」Kは間一髪避けました。
「この状況でそんな魔力を使えるなんてやはり貴女は侮れませんね~」そう言うと別の金属の腕輪をまた剣に変型させてもう既に絶命している最愛の身体に刺そうとしました。
「止めろっ!これ以上この子の身体を穢すなっ!」MIKIKO先生が最愛を庇うのに気を逸らしたところをその剣であっさりまた身体を貫かれてしまいました。
「ぐはぁっ!」
「あーあ、せっかく反撃のチャンスだったのに馬鹿ですねぇ。そいつはもう同志最愛ちゃんじゃなくて肉塊ですよ?そんなもの庇うほど取り乱すなんて貴女らしく無いですよ?」
「・・・ハァ、ハァ、このクズ野郎め・・次・・生まれ変わったら・・真っ先に・・キサマを・・ヤリに・・がはっ」Kは皆まで言わせず更に刺しました。
「ごめんね、生まれ変わるとかそう言うの信じて無いんだよねぇ。いやあしかし良かった!もう勝ったも同然!君達《ガーディアン》が居なくなれば何の障害も無い!あ、そういえばMIKIKOさん。貴女確か海外じゃSU-METAL嬢と一緒に居ましたよね?」
「・・な、なんで・・今そんな事を・・」
「いえね、あの娘さんの所為で僕の愛する彼氏が死刑になっちゃってさ」
「・・⁉︎・・ま、まさかキサマがマカブラ⁉︎・・」
「ククク、ご名答!冥土の土産に教えてあげました」
「・・マカブラが男?うわっキメェ・・で、どっちがウケでどっちがセメだ?」
「ほっとけ!」ブスッ!
「ぐはッ・・ガクッ・・」

「あ、やべぇ、ついカッとなってトドメを刺してしまった!SU-METALの居所を吐かそうと思ったのになぁ。ま、どうせ口は割らないか。それより今日は美少女&美女の素敵なシーンが撮れたから良しとしましょう!」Kは録画モードのスマホをしまいました。
「SU-METALは手強いしまた今度の楽しみにとっておきますかね。それより今日は《我が妹》のお誕生日をお祝いしてあげないとね、ククク・・おっと、こんな姿で久しぶりの再会を果たしても逃げられちゃうな」
 Kはそう言うと全身返り血だらけの服を魔法チェンジし、身だしなみを整えると何事も無かった様にスタスタと庭側の角部屋から出て行きました・・・。

 〜そして今へ戻る〜

 由結にはその時何が起こったか理解できませんでした。SU-METALが吐血して前のめりに倒れ、背中から血液を噴射して苦しみもがいている姿を見て、更にSU-METALの背後にいた由結の兄が血の滴る剣を下げて狂気に満ちた爬虫類の笑みを浮かべている姿を見てようやく事情を理解しました。
「いやあーーーっ!なんでーーっ⁉︎なんでなのーーっ⁉︎」泣き叫びながらSU-METALに覆い被さり、本能的に血が噴き出している所を手で塞ごうとします。
「邪魔だ、どけ」
 由結兄は由結を足蹴にしてSU-METALから引っぺがし、最愛の時と同様に首根っこを片足で踏んで自由を奪って上からブスブスと無造作に剣を突き立てました。その度に「うぐっ、かはっ」っと苦しむSU-METALの様子をやはり空いてる手で動画撮影しながら喜悦の表情を浮かべています。
「いやあーーっ、やめて兄様ーーっ!」由結が起き上がって兄の身体に縋り付いたので一時攻撃が中断しました。
「なんで?なんでなの?」
「何で?フン、そりゃあ僕はこいつに大事な仲間と愛する者を奪われたからね」
「えっ⁉︎それってまさか・・・」

 由結がちょっと前に聞いたばかりの話を思い出していると虫の息のSU-METALが目だけで由結兄を下から睨みながら「マカブラ・・」と呟きました。
「如何にも。僕がマカブラと呼ばれている今は亡きカープスの恋人さ」
「・・マカブラが・・お、男・・だった・・なんて・・ちょーキモイ!」
「ほっとけ!どの口が言う⁉︎さっきのお前達も相当キモかったぜ!」
「うるさいうるさいこのホモ野郎!・・・で?どっちがセメでどっちがウケだったの?」
「オマエのばかっ!」ブスッ!
「うぎゃっ」ガクッ・・・・「しまった!もっと楽しんでから嬲り殺そうと思ったのについカッとなってトドメを刺してしまった」
「ああすぅちゃんしっかりしてっ!今救急車呼ぶからっ!」由結は慌ててスマホをポッケから出しました。が、固まってしまいました。
「・・・兄様!救急車って何番ですかっ?」
「フン、もう手遅れだから諦めな」マカブラ兄さんは「こいつ大丈夫か?」って顔して由結の手からスマホを奪ってポイっと投げてしまいました。
「うわ〜んすぅちゃん!すぅちゃん!」SU-METALを抱き締めて自分も血まみれになりながら由結は泣き叫びました。
「ゆいは兄様を一生許さないっ!すぅちゃんにこんな、こんな残酷な事をして!」
「ふん、何言ってんだか。僕はこいつのお陰で愛する人と沢山の仲間を失ったんだ。由結はハムラビ法典の『目には目を〜』ってやつを知っているか?あれは復讐を奨励している訳ではない、目をやられたら相手の目だけはやっていいよ、それ以上はダメよっていう抑制の法律さ。この法律でいうと僕にはSU-METAL1人では割に合わないね」
「勝手な言い分だわ!兄様達は関係無い人達の命を自分達の変態趣味の為にたくさん奪ったんでしょう?」
「おやおや、あの由結が言うようになったじゃないかwwあ、そういえば思い出したんだが、殺したのはSU-METAL1人だけじゃなかったんだったわ」

「ま、まさか見当たらなくなってしまったという此処の人達・・?」
「いやあ、あいつらは地下室に縛って転がしてあるだけさ。ま、どのみちあとで殺るけどね、ククク」
「兄様もう止めて下さい!これ以上の人殺しは!すぅちゃんにも仕返ししたしもう充分でしょう?」
「いやあ、SU-METALにこんなに早く仕返し出来たのはラッキーだったけど此処に来た目的はそこじゃあ無いんだよね。全く別な話なのさ。まあSU-METALは行き掛けの駄賃みたいなものでね。で、こっちが本来の目的ね」と言って先程の最愛の刺されてしまう動画を由結に見せました。
「いやあああああぁぁぁぁーーーっ!」由結は家族より家族な最愛の衝撃映像に正気を保てず気を失いかけましたが、マカブラ兄さんはそうさせてくれませんでした。
「由結、しっかりしてもらわないと困るな、ほおら、まだこんなのもあるんだぜぇ」と言ってMIKIKO先生の刺されちゃう方の動画も無理矢理見せつけました。
「やめてえぇぇぇーーーっ!」今度こそ心が受け止めきれずに冷たくなったSU-METALの上で人形のように放心してしまいました。
「おやおや、とうとう気が触れてしまったかい?まあこちらとしては生きてさえいてくれればその方が扱い易いんだがね」
「・・・・どうせ、ゆいも殺すんでしょう?・・早く、皆んなのところへ行かせて下さい・・・どのみち、家族にこんな殺人鬼がいたなんて、ゆいがのうのうと生きていたら皆んなや世間様に顔向けできない・・」
「良い覚悟だけど由結には出来るだけ長生きしてもらうよ」
「家族だからって特別扱いしないで!」
「いやいや、むしろ由結には死ぬより辛い毎日が待ってるから安心して。それとぶっちゃけお前とは家族でも無ければ血も繋がってないし」
「えっ⁉︎それはどういう事なの兄様っ⁉︎」
「どういう事も何も僕は由結の兄さんの役をやらされていただけさ。お前の本当の家族は網油津王家、お前はそこの第一皇女由結姫さ!」
 


 
に続く