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ベビメタ小説-『奇妙な筒』

-2015年3月-

376-06日 15:32
奇妙な筒

卒業証書を入れるあの筒。キュッポンキュッポンやって遊ぶあの筒。
卒業証書の授与も済み、式も終わりを迎えようとしてた頃、由結はある異変を感じていた。
「由結の筒が開かないんですけどー。」
鍛え抜かれた由結の上腕二頭筋をもってしてもその筒の蓋は開かない。その異変を感じとった最愛は貸してごらんとばかりに筒を受け取ると渾身の力を込めて蓋に手をかける。
「あれー?全然ビクともしないじゃんー。」
すると最愛の肩が指でトントンと叩かれる。振り返るとそこには満面の笑みを携えた咲希がやはり貸してごらんとばかりに手を伸ばしてきた。最愛は筒を渡すと咲希にお手上げのポーズをしてみせた。俄然やる気になった咲希は大きく息を吸い込むと腰を低く落としてその手に力を入れる。咲希は背丈こそ低いものの、その筋力はさくら学院の中でも一二を争う剛腕の持ち主である。しかしその咲希でさえ蓋を開けることはできなかった。既に会場の誰もがその状況に注目をしていた。収集がつかなくなることを懼れた森先生は気配を消しつつ檀上から下りるとその筒を受け取った。
「こういうのは力じゃない、コツなんだ。」
そう言うと森先生はおもむろに蓋に手をやりあっさりと蓋を開けてしまう。
「キュポン!」
会場中にその音が響き渡ったと同時にその異変は起こった。どこからともなく物凄い風が巻き起こる。皆が体勢を低くして身体が飛ばされないようにその場に踏ん張っていた。しかし、風の主の狙いは明らかだった。その風は由結と最愛を強引にさらうとその筒の中に二人を吸い込んでしまったのだ。すると途端に風は止み、会場は一瞬の静寂に包まれた。もちろんそこに由結と最愛の姿はない。やがて二人が筒に吸い込まれた状況を理解し始めた会場はパニックに陥った。


奇妙な筒2

望遠鏡のように覗いてみてもヘドバンのマイクスタンドのように掲げてみても、バトン部よろしくクルクル回してみても、奇妙な筒はうんともすぅとも言わず中身は空っぽのまま。由結も最愛も帰って来ない。なんとかあの場は収めたが例年にない卒業公演の演出に疑問を抱く者も多くいる。事務所の力でメディア規制もなんとかなった。
「消えた由結最愛、神隠しか!……真実を報じているのが東スポだけとは皮肉なもんだな。」
森先生が重い沈黙を破った。それに対して誰も表情一つ変えようとしないことが事態の深刻さを物語っていた。
「これから、どうする?」
「警察には連絡した方がいいのでは……。」
こんなやり取りをするのはもう何回目だろうか?
「全ての元凶は、この奇妙な筒か……。」
そう言って森先生が奇妙な筒を手にとると、この密閉された部屋の中にあの時のような風が巻き起こった。
「またか!今度は誰が吸い込まれるんだ!」
その言葉を聞くや否や皆が机や椅子にしがみつき足を踏ん張る。部屋を出ようとする者もいたが何故か扉は開かない。鍵は掛かってないのに押しても引いても扉は開かない。風は更に強くなる。逃げられない!一層パニックになって強引に扉を開けようとする者を聞き覚えのある声が優しく諭す。
「こういうのは力じゃない、コツなんだ。」
カチャッ。向こう側から扉はあっさり開けられた。一瞬まばゆい光と共に現れたのは、なんと最愛!最愛が帰ってきた!瞬間、皆の顔に安堵の笑みが浮かぶもすぐに不思議そうな表情へと変わっていった。無理もない、そこにいたのはどこからどう見ても大人になった最愛だった。背は変わってないが、表情も佇まいもかなり大人びている。
「……菊地……だよな?」
森先生の質問にニコッと返すとすぐにキリッとした表情で最愛が口を開く。
「詳しい話は後で、由結を助けに戻って来たの…。」


奇妙な筒3

「菊地……いくつになったんだ?」
「うーん、25歳くらいかな?最初の5年間くらいは数えてたんだけどねw」
「たった1日で10年も歳とったのかよ!」
「そっか……あの日の次の日に最愛は帰ってきたんだねw」
「水野は……水野は元気なのか?」
「多分ね……もう何年も会ってないの…。」
「えっ?一緒にいるんじゃないのか?」
「今ね、最愛と由結は大ゲンカ中なの…。」
「何やってんだよ!お前達はあんなに仲が良かったじゃないか!」
「最愛と由結は仲良しだよ。ただ……周りの大人達がね。」
「??……なんか複雑そうだな…。」
「話は単純よ………先生、着いたわ。」
「着いたってここはドコだ?」
「セントモア王国、私の国よ。」
「はぁ?菊地の国だと?……………ほんとだ、国旗にハゲまるクンが…。」
最愛に連れられてパラレルワールドへやって来た森先生はこの世界の暗い雰囲気に嫌な予感を感じずにはいられなかった。空は黒く、淀んだ空気は重い。人々には笑顔が垣間見えるもののそれほど明るさは感じられない。理由はすぐに理解できた。町には兵士達が、空には戦闘機が行き交っている。そう、この国は戦争中なのだ。
「まさか……相手の国って…。」
最愛の寂しげな表情が全てを物語っていた。


奇妙な筒4

こちらの世界では2つの国が今まさに戦争を起こしそうな緊迫した状況になっていた。
菊地最愛を国王に据えた「セントモア王国」は800年の歴史がある大国。しかし、5年前に王家の血筋が途絶えてしまう。最後の王が熱心なモッシュッシュメイトだった為にBLACK BABYMETALのどちらかを国王とせよ、と遺言を残しこの世を去ってしまった為に結果的に最愛が国王に祀り上げられてしまったのだ。
一方、水野由結の狂気的な崇拝者集団ホワイトアイを中心とした「セトリ連邦」。セントモア王国の王位争奪戦に敗れた大臣一派は由結を強引に連れ出しレジスタンス運動を展開。ホワイトアイと名付けられた組織は日に日に勢力を拡大させ、世界中の由結信者を取り込み7つの国をまとめ上げ連邦国を設立。満を持してセントモアに挑まんとしていた。
この2国の対立は「セ・セ戦争」と揶揄されていたがもう1国の強国である「ガンヴァレス国」の牽制により辛うじて武力衝突には至っていないというのが現状である。
「森先生にお願いしたい事はたった一つだけ……首脳会談を提案してほしいの!」
最愛の依頼に少々肩透かしを喰らった森先生は冷静に聞き返す。
「それって……オレがやらなきゃいけないことなのか?」
最愛はこの世界の異常な現状を語り始めた。
「この世界ではBABYMETALが絶対的存在なの!だから、誰もが森先生の事も知ってる。」
「へ?そうなの?」
「しかも森先生は最愛と由結の恩師。だから伝説的な存在になってるの。」
「へー、なんか悪い気はしないなー。でも何でそんなにお前達が凄いことになってんだ?」
森先生の質問に最愛は遠い目をして答えた。
「それはね……由結と最愛がいけなかったの…。」


奇妙な筒5

「10年ほど前、由結と最愛は突然この国に飛ばされて来ました。途方に暮れていた私達をとある優しいおばあちゃんが家に連れてってくれたの。食べ物も着る物も寝る場所も用意してくれた。私達はすぐに恩返しをしようと決めたんです。私達にできることは歌って踊ること。すぐにこっちの芸能事務所に所属したわ。そんな私達のパフォーマンスがこっちの世界では全くないものだったこともあって、BLACK BABYMETALは一気にスターダムへとのし上がったんです。アルバムなんて10億枚売れちゃいました。そんな絶頂期にセントモア前国王がお亡くなりになったんです。そこで由結と最愛は引き離されて政治利用させられちゃいましたとさ、おしまい。」
森先生は渋々ながら状況を飲み込んで無理矢理納得しようとしていた。
「最愛の言うことをホワイトアイが聞く耳持たないので先生に提案して欲しいんです。森先生はアチラにとっても伝説の人ですから…。当然、平和主義国家のガンヴァレス国も立ち会ってくれるはず。」
「わかった、できるかわからないけどお前達の為にやってみるよ…。」
「やりぃ♪ じゃあ、早速テレビ局に行こう!」
「は?もう行くの?」
「当然!戦争は今にも始まっちゃいそうなのよ。」


奇妙な筒6

セントモア6万5千人の大観衆を前に森先生は立っていた。
「すげぇな、アイツらソニスフィアもこんな感じだったんだろ?よくできるなぁ…。」
この様子はテレビカメラによって全世界に放映される。当然注目度は高い。由結も観てくれるに違いない。緊張気味の森先生に最愛が声を掛けた。
「先生、一発かましちゃってくださいよ!」
森先生は前を見据えたまま頷くと、大きく息を吐き出しマイクの前に立った。
「オホン…………最も妻をー………?」
「大切にー!」
割れんばかりの大歓声。反応の良いレスポンスに気をよくした森先生は自分で用意した原稿を一気に読み上げた。
「えー、現在のセントモア、セトリ両国の緊張状態は世界的にも好ましいものではなく、良好な関係を構築していく為にも両国首脳の会談を希望します。菊地最愛氏と水野由結氏による会談を中立国ガンヴァルス国にて開催することを要求します。以上!」
聴衆が歓声を上げキツネサインを高々と掲げる。
「ソニスフィアで中元がニヤリと笑った気持ちが少しだけ解ったよ…。」
最愛にそううそぶくと森先生は用意されたソファにドカッと腰をおろした。
「先生ありがとう。」
そう言うと最愛は大臣達にテキパキと指示を出し始める。頼もしい。身長以外は大きくなっている。
「果たして水野はどうなんだろう…。成長してんのかな……アイツ。」

各国の様々な思惑が交錯する中、遂に……時は来た。


奇妙な筒7

ガンヴァレス国に最愛率いるセントモア国と由結率いるセトリ連邦国の一団が到着し、いよいよ首脳会談が行われようとしていた。セントモア側からは最愛国王と森先生の2人だけが参加することとなった。部屋に通された2人は緊張の面持ちで席へと着く。まだ由結もガンヴァルスの立会人も来ていない。
5年振りくらいになろうか。最愛と由結は別れの際に挨拶等は交わせなかった。予期せぬ別れだったのだ。その後、国王として一線で活躍してきた最愛とは対称的にそれからの由結は一切公に姿を見せてこなかった。そんな由結を揶揄してダークプリンセスと呼ぶ者もいる。
「水野とは5年振りなんだろ?……先生は5日振りくらいだ。」
最愛はクスッと笑うと一転不安げな表情を浮かべた。
「由結……来てくれるのかなぁ。」
ギギィ……と重い扉の開く音が聞こえた。いよいよ由結が来た!
黒いマントをすっぽりと被り、まるでBABYMETAL DEATHの登場シーンかのように左足右足右足左足と歩みを進める由結。それを無表情でじっと見据える最愛。由結が最愛の真正面の席に着くと意外な人物が口を開いた。
「それでは……出席を取ります!」
森先生渾身の一発は誰も反応してくれなかった。ただ場の空気が確かに変わった。
「久し振りね……最愛。」
「由結……元気だった?」
「申し訳ないけど……和平案は受け入れられないわ……。」
突然の由結の一言に部屋の中には再び緊張が走った。


奇妙な筒8

再びの沈黙を最愛が破った。
「ねぇ……そのフード外してよ。ちゃんと顔を見せて、由結。」
由結は無言でフードに手をやると一気にそれを後ろへとやった。顔立ちはかなり大人びており、その相変わらずな姿勢の良さも相まって気品あふれる女優の雰囲気だ。
「うわぁ、水野……綺麗になったなぁ…。」
森先生からすれば10年後の由結だ。5日前に見た由結はつまり10年前の姿な訳だから混乱も当然だ。
「ずいぶん綺麗になったのね、由結。」
最愛だって5年振りだ。久々に相棒との再会を果たせたばかりなのだ。
由結は先程から森先生に一瞥もくれない。それに気付いた最愛が仕掛ける。
「由結、ビックリした?森先生……私達の先生よ。私達がこの世界へ来た当時の森先生よ。」
由結は眼球だけを一瞬だけ森先生の方へ動かした。しかし、特に何のリアクションもとらない。
「水野……先生のこと忘れちゃった?………先生ショックだなぁ…。」
突然、両手で机を叩くとおもいきり立ち上がって由結は怒鳴った。
「最愛!あなたの国を渡しなさい!戦争になったら国民がたくさん死んでしまうわ!もうセトリは止められないの!最愛にも!由結にも!そして……。」
急に激情した由結は一気に捲し立て何かを訴えかけたが側近に征されて言葉を飲み込んだ。最愛も森先生も確信した。これは何か裏があるんだと。


奇妙な筒9

「そういえば、ガンヴァレス国の立会人さんがまだ来てないですよね?」
森先生が話題を変えた。最愛はじっと由結を見据えている。ガンヴァレスの人達が慌てふためいている感じを見ると、どうやら立会人の到着が遅れているらしい。しかしそれはこちらにとって好都合。それまでに何とか手を打って由結の本心を聞き出さなければ。
すると由結の隣にいたセトリ連邦の使者が発言する。
「明日までにセントモア王国を明け渡さなければセトリ連邦は貴国を攻撃する。今日はそれだけを伝えに来た。それではこれで帰らせていただきます。以上。」
そう言うと由結と使者は立ち上がり席を離れようとする。
「由結は……本当にそれでいいの?」
最愛の問い掛けに一瞬動きが止まったが由結はそのまま問い掛けに応じず席を離れてしまった。
その時、例の重い扉が開く音がした。
「大変お待たせいたしました。立会人が到着いたしました。」
ガンヴァレス国のお偉いさんを前に退席するわけにもいかず、由結と使者は仕方なく再び席に座った。
危なかった、また首の皮一枚繋がった。さすがの最愛も一呼吸した。
まだ戦争を止める方法があるはずだ。このチャンスもたぶん神様が与えてくれたんだ。
「なんか、遅れちゃってすいませーん。」
やっと姿を現した立会人の姿に最愛と森先生は思わず声を上げずにはいられなかった。
「すぅちゃん!」
「中元ー!」


奇妙な筒10

「久し振りね……ううん、こちらの世界では初めましてよね最愛ちゃん。げっ………森先生もいるしー。」
ガンヴァレスの立会人とは紅の騎士スーメタルだったのだ!
「どうして……すぅちゃんがここに…。」
スーメタルは呆気にとられる最愛に優しい笑みを向けると、一転由結をキリッと睨みつけこう言い放った。
「由結ちゃん。すぅがここに来たってことは……わかるわよね?」
由結は大きくコクリと頷くと羽織っていた黒いマントを脱ぎ捨てる。その姿にその場にいた誰もが驚きを隠せなかった。なんと、由結はマントの下にBABYMETALの衣装を着込んでいたのだ。由結はセトリの使者を突き飛ばすとスーメタルの側へと駆け寄った。それを見た最愛も思わず森先生を突き飛ばしてしまって2人のもとへと駆け寄った。こうしてこの世界では初めてBABYMETALの3人が顔を揃えることとなった。3人はヒシッと抱き合い再会を喜んでいる。
そんな3人の仲間に入りたい衝動を抑えて森先生は疑問を投げ掛ける。
「展開が目まぐるし過ぎるだろ?ちゃんと説明してくんない?」
するとスーメタルが答えた。
「由結ちゃんは5年前からセトリの幹部に人質を取られていたの…。言うことを聞かないと人質の命はないって…。だから由結ちゃん、セトリのいいなりになっていたの…。」
最愛が同情する。
「そんな……5年間も由結は、辛い思いをしてきたんだね…。」
「ところで、その人質って誰なんだ?まさか!さくらの他の生徒か?」
森先生が心配そうに尋ねると由結は首を横に振りながら答えた。
「人質にとられたのは……クラゲのくーちゃんよ!」
「………………。」
最愛と森先生は白目で由結を睨みつけた。


奇妙な筒11

「由結ちゃん安心して、クラゲのくーちゃんは無事保護したわ!」
スーメタルの言葉を聞いて由結はホッと胸をなでおろした。
「まったく…水野のぬいぐるみのせいでこの世界に戦争が起きそうになってたのかよ…。」
森先生が呆れた様子で由結を責めるとすぐに最愛がかばう。
「由結、わかるわ……最愛だっておさるのもんちゃんが人質にとられたらと思うと……。」
「……ていうかお前ら、もう25歳じゃなかったっけ?」
何だかまるであの頃のさくら学院の公開授業のようだ。このまま他愛のない話を続けて何もかもなかったことにしてしまいたい。そんな懐かしい雰囲気が漂う中、突然最愛が泣き出した。
「すぅちゃん、どうして最愛に会いに来てくれなかったの?どうしてここにいるよって最愛に教えてくれなかったの?由結もどうして知らせてくれなかったの!」
スーメタルは泣きじゃくる最愛をそっと抱き寄せ、自分のこれまでを話し始めた。
「私はメタルクイーン……またの名を紅の騎士。」
泣きべそをかきながら最愛がすかさず口を挟んだ。
「すいません、簡潔にお願いします。」


奇妙な筒12

「実はね、すぅがこの世界に来たのは3回目なの。」
最愛はスーメタルが少し自慢げに話しているように見えてムッとした。よくハワイに何回行ったとか、TDLに何回行っただとか、ベビメタのライブに何回行ったんだ、とか!とか!
「一番最初は100年前、その頃この世界には小さな国がいっぱいあったの…。」
「ちょ、ちょ待って!……ということはすぅちゃんって……10万17歳ってこと?」
「そんな訳ないでしょw……でね、向こうの世界で27歳の時にこっちの世界に飛ばされて来て、すぅはその時に国を創っちゃったの。」
「まさか、それが……ガンヴァレス?」
「そうよ。国名は、顔笑れすぅ!からもじったの。」
「中元……何年経とうがどこへ行こうが、変わらないんだな…お前。」
「でね……1回死んじゃったの。」
「え?死んじゃったの?」
「寿命を全うして老衰で……享年115歳でした。」
「長生きねw」
「死んじゃったけど、生き返ったの。再び中元すず香として…。」
その話はにわかには信じ難かったがスーメタルが嘘をついているとは思えない。そもそも既に自分達がこの世界に飛ばされて来た時点で、信じられない嘘のような現実を目の当たりにしているのだから…。
「2回目はそうね……ちょうど明日の今頃かな。また死んじゃったの…。」


奇妙な筒13

スーメタルの四方山話は続く。
「転生して向こうの世界で暮らしていた時はこっちの世界の記憶は全くなかったわ。でも向こうの世界では1回目も2回目も、そして3回目の人生も全く同じ人生を歩んでた。ASHに入って可憐になって、さくらに入ってベビメタになって、その後ああなってこうなって…。」
未来の話も聞きたかったが今はじっと我慢。
「2回目は20歳の時、飛ばされて来た時代は今回と一緒。」
「えっ?だって今、3回目でしょ?」
「うん、2回目もこの時代だったの。こっちの世界でいう7年前に飛ばされて来たわ。でね、その時は由結ちゃん最愛ちゃんがこっちに来てすぐ、すぅは2人に会いに行ったの。」
「え?すぐに会ってたの?」
「そう、それから今回とは微妙に違うところもあるけど大体同じような歴史だったわ。でもね、戦争が起こってしまったの…。そうね……ちょうど明日だったわ…。」
「すぅちゃんがくーちゃんを救えなかったの?」
「うん……すぅはあの広場で十字架に磔にされて……明日、死んじゃったの…。」
思わず皆、広場の方を振り返り見た。その広場では国民達が集まってこの会談の報告を今か今かと待ち侘びている。
「あそこに磔にされてたからくーちゃん助けに行けなかった。理由は詳しくは言えないけど……。」
「それ……きっと由結のせいだ!今回もセトリの幹部達が似たような計画を話してた…。たぶんだけど、すぅちゃん……スパイにされちゃったのよね、無実なのに…。」
「もういいんだってば。由結ちゃんのせいじゃないし。前世ではすぅがセトリに殴り込みに行っちゃったの。だから……。」
「うーん、しかしややこしいなー。お前、中元のクセによくこんなややこしい話をしてるよなぁ。」
「だって、自分の人生だもん。」
「でもすぅちゃん、何で生き返ることができるの?」
「それはね、ONLY THE……」


奇妙な筒14

「何となく話はわかった。つまり中元は前回の反省を踏まえて、今回は自らの存在を隠し水面下で動いてたってことだな。」
スーメタルは軽く頷くとキリッとした表情に戻った。
「じゃあ、不可侵条約を結んで、3国共同声明を出しましょう!」
平和的解決を知らせる烽火の光が東の空を真っ赤に染める。これがこの世界の闇の終わりを告げる新たな道標となるのだろう。スーメタルはくじけても何度でも心の炎を燃やして立ち上がってきた。そして今、この瞬間を由結と最愛と共に生きるのだ。さあ、時は来た!

広場に面したテラスから3国の共同声明が発表されるとあって、集まった6万5千の観衆は(ガンヴァレス野鳥の会調べ)平和への期待に満ち溢れていた。どこからともなく声があがる。
うぉうぉうぉうぉ~ うぉうぉうぉうぉ~
うぉうぉうぉ うぉうぉうぉ うぉうぉうぉうぉ~

3人はそれぞれの国の旗を手にテラスへと向かった。セントモアは「ハゲまるクン」、セトリ連邦は「さくらちゃん」、そしてガンヴァレスは漢字で「勇往邁進」。まさにアチラの世界で3人のアンセムとなったあの曲のように「僕らのレジスタンス」は始まろうと、いや……完結しようとしていた。
そんな中、背の低い黒いマントの男が由結に近づいていく。由結と一緒にここへ来たセトリの使者だ。
「由結様、忘れ物ですぞ。」
使者はニヤリと厭らしい笑みを浮かべると背後から由結の耳元でそっとつぶやいた…。
「……メロス。」

この世を破滅へといざなう禁断の呪文が今、解き放たれた……。


奇妙な筒15

真っ先に異変を感じとっていたのはスーメタルだった。
「この感じ……異様な殺気、どこかで………前世?……まさか!」
スーメタルは後ろに目をやると、その目に衝撃の光景が飛び込んできた。最愛と森先生に挟まれて歩いている由結が白目になっている。とは言ってもいつものあのお洒落な白目ではない。完全にイッちゃってる狂気の白目だ。スーメタルの脳裏に前世の忌々しい記憶が甦る…。
「最愛!先生!由結から離れて!」
スーメタルがそう言うや否や瞬時に由結から距離をとった最愛。そしてほぼ同時に仕込み刀を抜いた由結。全く反応できず動けなかった森先生。しかし由結の標的は最愛だった。その一太刀を最愛が寸前、かわしたかに見えた。しかし最愛の右腕の辺り、耳付きフードパーカーの袖はスパッと切り裂かれていた。
「菊地!大丈夫か?怪我とかないか?」
心配する森先生に最愛は叫んだ。
「最愛は大丈夫、先生はとにかくここから離れて!」
白目の由結は上段に構えるといつもと違う口調で話し始めた。
「世界の終わりまで……あと24日。」
この口調、この低い声、この真顔。誰もが知っているアイツだ。
「ホントにあっという間すぎて…自分でも全然信じられないんですけど…。でも……時間は待ってくれないんで…。」
「間違いないわ…。あなた……トマト君よね?」
最愛の気が一瞬ゆるんだ。
「最愛ちゃん!違うわ!ブラックトマト君なの!」
紅の騎士スーメタルが由結に怯えているように見える。前世で2人は対峙してたのか?
「とりま……殺す!」


奇妙な筒16

由結の白目が大きくなった。
すると由結の耳元で忌まわしき呪文を唱えたセトリの使者が不気味な笑い声をあげながら由結に近づき咆哮をあげる。
「ヒャッハーッ!禁断の呪文、メロス…。この呪文を唱えられた伝説のダークヒロインは破壊王ブラックトマト君と化し、世界のあらゆる物を無差別に薙ぎ払い焼き尽くして…やがて息絶える。既に絶対に見つからない場所に避難している我々セトリの選ばれし者たちだけが生き残り、この世界を支配することになるのだぁははははー!ぐふぇっ…………セトリ……万…歳…………ドサッ。」
勝ち誇ってうるさく喋るセトリの使者をブラックトマト君が真っ二つに切り裂いた。
「最愛ちゃん、気をつけて!彼女はもう……由結ちゃんではないわ!」
どうやら最愛は旗の竿の部分だけで由結に立ち向かうつもりだ。
今の由結と最愛の間合いが縮んだ瞬間、壮絶な戦いが始まるだろう…。
「……俺にできることは……何だ?」
森先生は当然、3人の誰にも傷ついてほしくはなかった。
「最愛ちゃん!少しの間だけ何とかできる?」
すぅの問い掛けに察した最愛はこちらを振り返らずに答えた。
「あと5分が限界かも!」
「ふふっ、上出来よ!………森先生!一緒に来て!」


奇妙な筒17

すぅと森先生はこの国の宝物庫へと急いでいた。とは言っても先ほどの場所からは階段を一階分降りたところにある。あっという間に2人は宝物庫へと辿り着いた。
「中元、見たか?水野が切り裂いたセトリの使者……死んだあと灰になってたぜ…。」
「ええ、奴らは人間ではないんです。」
宝物庫を漁りながらすぅはしれっと言い放った。でも森先生もこちらの世界に来て5日が経っている。アチラの世界では非常識なことでもこちらでは起こり得ることだ…と受け入れられるようになっていた。
「ところで何を探しているんだ、中元?」
「あったわ!いわゆる、伝説の剣みたいなものです。」
小汚い無地の黒い袋にどうやら細長い物が入ってるようだ。剣という割には少し短いような気もする。短剣なのだろうか。
「わからないけど、ひょっとしたら役に立つかもしれないから…。じゃあ、戻りましょう。2人の元へ。」
今度は階段を駆け上がる。そしてその目に飛び込んできたのは絶望的な戦況だった。最愛の服には複数の切り裂かれた痕があり、息もかなりあがっている。対して由結は顔色一つ変えず呼吸も乱れていない。余裕のノーガードで立っている。
「遅いよ……最愛、顔笑ったんだから…。」
戻って来た2人に気付いた最愛はやはり視線を由結から外さずに言った。
「菊地と水野……オレの中では互角だと思ってたんだけどなぁ…。」
「先生、だから今の彼女は由結じゃないんだってば!ブラックトマト君なのよ…。」
だから、名前的には弱そうなんですけど……。


奇妙な筒18

劣勢の最愛にすかさず紅の騎士が加勢する。
さすが騎士というだけあって見事な剣捌きだ。しかしそんな騎士の剣をもブラックトマト君は華麗にあしらっている。技だけではない、力も相当なものだ。
「これは……かなりヤバいかもね。」
今度は2人掛かりで対抗する。それでもまだ由結には余裕があるように見える。
「まったく何なのよぉ。大体黒いトマトなんて八百屋に置いてあっても誰も買わないっつーの!」
「ムカー!」
最愛の軽口にブラックトマト君が怒り出す。由結の繰り出す剣突きのスピードが一層上がり、2人は防戦一方になった。
「もう限界かも…。ダメ元で奥の手を出してみるしかないわ!」
スーメタルはそう言うと先程、宝物庫から持ってきた伝説の剣とやらを取り出した。黒い袋の中身を見て森先生は驚愕する。
「おい、中元!それって……卒業証書を入れる筒じゃん!キュポンてやるやつ!」
「それのどこが伝説の剣なのよー、すぅちゃんのうすらトンカチー!」
「なによー、凄い魔法のキュポンキュポンかもしれないでしょー!由結ちゃん、ちょっと叩かせてー…………ポコ。」
「ガハハー、痛くなーい!」
絶望的だ。もう隠し玉も奥の手もない。ブラックトマト君の圧倒的な力にまたしても屈してしまうのか?
「すぅね……実は前世で由結ちゃんに……ううん、ブラックトマト君に負けちゃったの。」
スーメタルが命を落としてしまうという前世のバッドエンド。その際もスーメタルはブラックトマト君に苦杯を喫していた。森先生はそんな不安を思わず口にしてしまった。
「……なぁ中元、今のこの状況ってさ……ひょっとして前世と同じ感じなんじゃないか?」
「はい……残念ながら絶望的です。………………いや、違うところが一つだけある!」


奇妙な筒19

「中元、一つだけ違うところってどこだ?」
「えっとー、伝説の剣がキュッポンキュッポンだったのとー、森先生がいることー。」
「二つあるじゃんかー!」
「中元ー、ブラトマ君にまでツッコまれちゃってんじゃねーか………って、まさか今ツッコんだのって…ひょっとして水野か?……意識があるのか?」
ブラトマ君は一瞬苦悶の表情を浮かべたがすぐさま元の白目に戻った。しかし間違いない、由結も一生懸命闘っているのだ。
立っているのがやっとの最愛だが頭の方は冴えていた。
「すぅちゃんが言う前世との二つの相違点。由結と最愛がこの世界に飛ばされた時の状況。間違いないわ。森先生がその奇妙な筒を触る度に何かが起こってる!」
「確かに水野と菊地が筒に吸い込まれたとき、誰も蓋を開けられなかったのにオレが簡単に開けちゃったんだ…。翌日菊地が戻って来たときもオレが筒を開けたんだよ!でも何でオレなんだよ?」
「試しに先生、この筒の蓋を開けてみてください。」
スーメタルは森先生に筒を渡す前に自分で蓋を開けてみようとしたが、固くて開けることができない。スーメタルは両手を上げ肩をすくめてお手上げのポーズをしてみせた。
「あー!ダメだ!最愛もやっぱり開けられないや。……ひょっとしてコイツなら開けられちゃったりして…。」
そう言うと最愛は筒をブラトマ君に渡した。先程からかなりの腕力を見せつけてたのだから力づくで開けてしまうかもしれない。自信満々に渾身の力を込めて蓋を開けようとする。しかしやっぱりビクともしない。
「あー、ブラトマ君でもダメかー!」
何度も必死に開封を試みるが蓋はビクともしない。ブラトマ君はかなり悔しがっていたが、皆に促され筒を森先生に渡した。
「なんかさー、お前達ダメだなー。こういうのって力じゃなくてコツなんだよー。」
得意げに講釈を垂れると森先生はあっさりソレを成し遂げた。

「キュポン」


奇妙な筒20

森先生が筒の蓋をあっさりと開けた途端。
「パァーン!」
仰げば尊しのジャケ写のように色とりどりの紙テープや紙吹雪が筒の中から飛び出した。……以上。
「………え?これだけ?………吸い込まれたりとか、飛ばされたりとか、ぐるぐるぶるんとかってしないの?」
最愛はこの奥の手に一縷の望みを残していただけに残念そうに空を仰ぐ。そんな最愛を森先生の声が我に返らせた。
「おい……水野が……何か変だぞ!」
筒から飛び出てきた紙テープや紙吹雪は由結の身体中に纏わりついていた。すると大きな振動と共に由結の身体が大きく震え出す。由結は悲鳴を上げ、苦しそうに頭を抱えている。その身体から眩い光が解き放たれる。と次の瞬間、由結の身体が二つに分裂してしまった。
「由結ちゃんが……2人になっちゃった。」
2人の由結は見た目も振る舞いも全く見分けがつかない。右の由結も左の由結もどちらも由結だ。右の由結も可愛いが左の由結も可愛い。右由結も左由結も由結ゆいゆいゆいマジゆいちゃん。
「おい!菊地ならどちらが本物の水野か見分けられるんじゃないか?」
「えーっ!だって、どっちもどう見たって由結なんだもん。どっちも姿勢がいいし、どっちも胸がないし…。」
それに対するリアクションでも見分けがつかない。ああ、なるほど。両方とも由結ちゃんなんだ。なんか得した気分。なんてオチがつくはずもない。2人の由結は互いを指さしユニゾンでこう言い放った。
「私が本物の由結で、アッチは偽物よ。」


 
奇妙な筒21

今、目の前で2人の由結が対峙している。
「偽者の由結とは由結自身が決着をつけるわ!」
「由結は絶対に勝ってこの世界に平和を取り戻すの。」
そう言うと2人の由結は拳を合わせ始めた。互いにパンチやキックを繰り出してそれを防ぎ合う。しばらくは固唾を飲んで見守っていた3人だが、まずはスーメタルが口を開いた。
「なんかー、これってすぅの紅月の間奏のやつみたいなんですけどー。」
「っていうかこれ、決着とかつかねぇんじゃねぇの?」
「由結顔笑れ!ああ!由結も顔笑れ!」
最愛はそう言いながらも森先生の言う通り、決着がつかないような気がしていた。何故なら間違いなくどちらも本物の由結にしか見えないのだから。そこはかとなく感じている違和感もある。
「ねぇ……すぅちゃんはどう思う?」
「そうね……由結ちゃんAは右側からの攻撃が多いような気がするわね。それに由結ちゃんBが気付いているかどうかがこの試合のポイントね。」
「そうじゃなくってさ…。大体どっちがAでどっちがBやっちゅうねん。」
「だからー、ガードの上からでも強引にパンチを浴びせてくるのが由結ちゃんAでー。キックでやたらと急所を狙って蹴ってくるのが由結ちゃんBよ。」
その解説を聞いて、最愛は再び2人の由結に目をやった。スーメタルの解説通り、どちらの由結にも攻撃のクセがあるみたいだ。最愛は必死に思い出していた。由結のクセ、普段のクセ、歩き方、笑い方、ご飯を食べるとき、悲しいときー、がぶ飲みしたいときー。そして最愛は閃いた。引っ掛かっていた違和感とはこれだったんだ!最愛はおもむろに2人の由結の方へと近づいていくと一声。
「この試合、やめーい!」


奇妙な筒22

最愛が試合を中断させた。答えがわかったのだ。2人の由結はこぞって最愛の元へと駆け寄る。
「由結が本物の由結だよね?」
またユニゾン。そんな2人に一瞥もくれず最愛は続けた。
「それでは、発表します!」
「………………。」
「先生!早く、ドラムロールやってよ!」
「はぁ?こんな時に何をぶっこんできてんだよ菊地は!ドラムなんかねぇよ!」
「先生、口があるでしょ!口でやってください。」
「何だよ!怖ぇよ!やるけどさぁ………ドゥルルルルルルル…。」
「それでは第1回本物の水野由結コンテストのグランパスは!」
「グランプリだろ!名古屋出身だもんな菊地は………ジャカジャン!」
「先生……ジャン!できてほしかった…。」
「うっせぇよ!早く発表しろよ!」
「はい、グランプリは……………該当者ナシです!つまり2人とも偽者だぁー!」
「ええー!」
会場はざわついた。2人ともどこから見たって由結なのだ。なのに両方ともが偽者だなんて…。当の由結2人は親指を下に向けブーイングしてる。
「どういうこと?最愛ちゃん。」
「すぅちゃんって、クラゲ奪還作戦の際に由結に直接会ったの?」
「ううん、間者を通じて連絡を取り合ったわ。」
「やっぱり会ってなかったのね…。まぁ、その由結からして本物だったかどうか怪しいけど…。最愛もね、5年間も由結に会ってなかった。森先生は5日前に向こうの世界で由結に会ってるけど、それは15歳の由結。」
「そうか、わかったぞ!3人とも誰もこちらの世界にいる25歳の水野に会ってないじゃねぇか!」
「そう、つまりこの2人を基準にしてしまってたから2人とも本物っぽく見えてたのよ。2人ともよくできた偽者なのにね……違うかしら?どこかで見てる黒幕さん?」
皆が辺りを見回す。すると意外なところから黒幕が名乗り出てきた。
「パチパチパチ、お見事。その通りです、さすが菊地最愛……いや、モアメタル。」


奇妙な筒23

声のする方を一斉に見ると森先生が驚き尻餅をついているところだった。
「わ、何だ何だ!モノが喋ったぞ!」
森先生から放り出されたのはあの伝説の剣といわれていた奇妙な筒……なんと!先程の声の主だ。これにはさすがの紅の騎士も驚きを隠せない。
「ちょっと!おててがないのに拍手してたよー!すげぇ!」
「そこじゃないでしょ、すぅちゃん。」
奇妙な筒は足がないのにテクテク歩き、口がないのに喋り始めた。
「私の名は奇妙な筒。こっちの世界の全てを統括するプロデューサーであり神である。」
「こっちの世界の神?」
「いかにも。そんなことよりモアメタルよ、見事にまやかしを見破り真実を導き出したのぉ。さすがじゃ、偉い偉い。そしてスーメタルよ、幾度の困難にも挫けずに何度も立ち上がってよくぞここまで辿り着いた。あっぱれじゃ!」
奇妙な筒が指をパチンと鳴らすと偽者の2人の由結は灰となって崩れ落ちた。
「ねえ!指がないのに今、指パッチンしてたよー!」
「中元ー。お前、筒の話をちゃんと聞いてんのかー?しかし、菊地はどうしてあれが2人とも偽者だってわかったんだ?」
森先生の疑問に最愛が答える。
「こっちの世界で逞しく生きてきたけど由結が優しい子だって思い返してたの…。さっきの2人は相手の嫌がる攻撃を互いに繰り出してたわ。戦い方としてはプロフェッショナルだけど、由結はそんな戦い方はしないはず。でも……筒さん、本物の由結はどこにいるの?」
当然の疑問だ。スーメタルも森先生もそれが今一番知りたいこととばかりにじっと奇妙な筒を見ている。すると筒の顔つきが変わった。顔はないけど。
「もう、ユイメタルはいないんじゃよ…。」
 


奇妙な筒24

「いないって………まさか!」
「いやいやいや、死んだのではない。モアメタルと別れた5年前にユイメタルはアチラの世界に戻ったんじゃよ…。」
5年前、セントモア王国の後継者問題が勃発。国王を由結にするか最愛にするかで国内勢力が二分され、結果最愛が国王となった過去があった。
「実はその頃、ユイメタルは自分達のせいで平和な国に争いが起きそうになってることに心を痛めてたんじゃよ。国王もモアメタルにやってもらって、自分はプロデュース委員長になりたいと提案しとったんじゃ。それにホワイトアイの連中が納得しなかったから事件は起きた。ユイメタルはセントモアから無理矢理連れ出されホワイトアイの連中の勢力拡大の為の宣伝に利用されとったんじゃ。」
最愛は遠い目をして黙って話を聞いている。
「しかしユイメタルはある日アジトから逃げ出したんじゃ。迫りくる追手をことごとく躱しセントモア王国を目指しておった。しかしのぅ、高所にある細い道を進んでおった時に、ほんの不注意で足を踏み外してしまったんじゃ。さすがのユイメタルも滑落しては無事で済まないだろう。私はユイメタル可愛さに咄嗟に魔法であの子をアチラの世界に送り返してしまったのじゃよ…。」
「どれぐらいの高さから落っこっちゃったんですか?」
スーメタルが心配そうに尋ねると。
「……2mぐらい、じゃったかのぅ。」
「過保護すぎるわ!大体アチラの世界でも落ちちゃったけど無事だったし!」
森先生はそう言うとあの赤い夜の素晴らしさについて、奇妙な筒に向って懇々と説明し出した。
 


奇妙な筒25

「でもさっきの偽者から、確かに本物の由結の気配を感じたんだけど…。」
最愛が首を捻ると筒は早速弁明をする。
「その咄嗟の魔法のせいでどうやらユイメタルの精神がほんの一部分だけこっちの世界に残ってしまったみたいなんじゃ。」
「え?じゃあ、由結ちゃんの心の一部がどこかに彷徨っちゃってるってこと?」
「いかにも。ユイメタルの常識の心がこっちに残ってしまっている。つまりアチラの世界のユイメタルは今、非常識な子になってしまっておるのじゃ!」
3人は首を縦にも横にも振れない微妙な面持ち。
「なら試しにアチラへ帰ったらお箸やキャベツの数え方を訊いてみるがいい。正しく答えられんじゃろうて。」
「よっしゃ、今度LoGiRLでその企画やってみるか!」
森先生はさくら学院のこととなると貪欲になる。メモを取り出した森先生を横目にスーメタルが本質を突く。
「筒さん、由結ちゃんをこっちに連れて来たら彷徨う魂は元に戻せるの?」
「ああ、居心地のいい本来の身体の中に自ら戻っていくはずじゃ。私はお主らをアチラの世界に戻すことはできるのじゃが、自由にこっちに呼ぶことはできん。それには協力者が必要なのじゃよ。」
「まさか、その協力者が……オレ?」
「そうじゃよ選ばれし者、森先生。いや、伝説の勇者、森ハヤシ!」
「えー!これが伝説の勇者w?」
「おい菊地、先生を指差すな!」
「この人が勇者って………なんか弱そうなんですけどーw」
「おい中元、先生を親指でヒッチハイク風に指差すんじゃねぇよ!」
「とにかくみんなで一度アチラの世界に戻ってユイメタルをこっちに連れてくるのじゃ!もちろん私も行く。」
 


奇妙な筒26

「ちょっと待ったー!そういえばアチラの世界に戻ったらこっちの世界の記憶ってなくなっちゃうんじゃなかったっけ?そしたらどうやって水野を連れてまだ戻ってこれるんだろうか、いや戻れまい。」
「さすが伝説の勇者、その通りじゃ。」
「……じゃあさ、最愛がやるべきことをメモして持って行くからさ。アチラでそのメモを見たらその通りに行動するかも♪」
「過去にその方法で上手くいった試しはない。とにかく行ってみるしかないのじゃ。」
「でも今回マイナス面はないんじゃないか?例えこちらに帰って来れなくても水野が少し常識を知らない感じになるだけだろ?」
「いや、精神が不安定な状態なんじゃよ。最悪、ユイメタルの精神が崩壊してしまうかもしれん。」
ここで紅の騎士が前に出て剣を天にかざす。
「行こう!行くしかない!やらないで後悔なんてしたくないもん!」
最愛が同調する。
「そうだよ、行こう!きっと私達ならなんとかできるよ!じゃあ、筒の神様……お願いします!」
「あい分かった!それでは行くぞ!お主らを2015年の3月、アチラの世界へと導くのじゃー!」

「ジリリリリ!」
目覚ましが鳴り、今日もまた朝が訪れた。
「うーん、いい天気!」
いつもと違って今日の最愛は目覚めがよい。昨日はあんなに顔笑ってかなり疲れているはずなのに、すこぶる身体の調子がいい。背伸びをしてからベッドを降りて、卓上のカレンダーにふと目をやる。
「今日は3月30日、マフィアの日か……。」
卒業式は前日に終わっていた……。


奇妙な筒27

すぅが目を覚ましたとき、時計の針は既に12時を回っていた。
「なんか、すごく変な夢を見たなぁ……。」
不思議だけれど、どこか懐かしい夢。どんな夢だったかもハッキリと憶えている。今日は家には誰もいない。ダイニングテーブルには「チンして食べて」のメモと朝食の残り。自分で作った紅茶を飲んで、すぅは姉の部屋のクローゼットで着て行く洋服を漁り始める。
「今日は最愛ちゃんに合わせてコーディネートするか…。」
支度を済ませると待ち合わせ場所のいつもの喫茶店へと向かった。道すがら誰もすぅには気付かない。オーラを消して歩くのなんて慣れたもんだ。
「カランカラン」
店内に入ると奥の方の席、帽子を目深に被った最愛が無言で手を振っている。すぅは最愛の正面の席に座ると早速ガールズトークが始まった。
「今日ね、変な夢を見たんだー。」
そう言いながら手を挙げてウェイターを呼ぶ。
「ロイヤルミルクティーとショートケーキのセットで。」
「で?で?どんな夢を見たの?」
珍しく最愛が積極的に聞く体勢を見せるものだから、すぅは饒舌に夢の話をし始めた。
「あのね、この世界ではない、なんか別の世界があってね。そこですぅは国を創った英雄なの。」
「のっけからぶっ飛んでますなぁ。」
「でね、あーだこーだで歳を取ってから田舎町に隠居して一人で慎ましく年金生活を送るの。」
「設定がカオスw」
「そしたらー、15歳くらいの女の子2人がお金も、食べる物も、寝る所もないって困ってたの…。可哀想だからウチに来る?って声掛けて。それからおばあちゃんのすぅと2人の女の子は一緒に暮らし始めたわ。2人ともいい子で優しくて、ダンスが上手だったから隣町の芸能事務所紹介してあげたらね……あっという間に大スターになっちゃったのー。で、それを見届けてすぅは老衰で死んじゃいます。享年130歳でした。」
「長生きねw」


奇妙な筒28

「カランカラン」

喫茶店入口の扉が開いた。
「友達と待ち合わせなんですけど…。」
ウェイターにそう告げると、先に来ている2人が待つ奥の席へと由結は来た。
「あ~、由結ちゃんも目が真っ赤ー!」
「だって昨日卒業式だったから仕方ないじゃん。最愛も目が腫れちゃってるねw」
「すぅちゃんだって、昨日泣いてたクセにw」
いつもの3人だが、わずかながら異変もあった。
「ちょっと、由結!今また白目になってたよ!気をつけなきゃ!」
「えー!またなってた?おかしいな…やってる自覚はないんだけど…。」
最愛が心配なのは、由結が無意識に白目を披露してしまうこと。公の場ではまだ自制できているが、少しでも気を抜くと白目になっていることが度々見受けられるのだ。他にも誰かが止めるまでずっとトマト君をやり続けたりもする。
由結はキツネアップでウェイターを呼ぶとメニューを見ながら質問する。
「ケーキセットなんですけど…紅茶とショートケーキで…。ケーキの苺って…ホントにあっという間すぎて…ミニトマトに替えてもらえないかと…。」
「由結!何言ってんのよトンチンカン!」
「は!すいません…今の何だろ?あの、忘れてください!普通に苺で…。」
ウェイターが困ったような愛想笑いで立ち去ると、すぅは心配そうに由結の顔を覗き込む。
「トマト君も白目も無意識にやっちゃってるみたいだけど…大丈夫なの?」
「うん、大丈夫よ……大丈夫!これからは気をつけます。それよりも、ほら!今日集まった理由。最愛はまだ思い出せないの?」
「うーん…思い出せないんだよねぇ。とっても大事な用事だったはずなんだけどなぁ。」
3人はそれぞれ小さなメモ書きをテーブルの上に出して並べた。

「3月30日。卒業証書の筒を持参して、いつもの喫茶店で必ず3人で集まること!」

最愛の字で書かれたメモ書き通り、3人はここに集まったのだ。


奇妙な筒29

「キュポンキュポンキュポンキュポン」

「あの…お客様。他のお客様の迷惑になりますので店内でのキュポンキュポンはお控え頂きますようお願いします。」
「すいませーん。」
由結は恥ずかしそうに筒をしまった。
「まずは何でこの筒が必要なのか…だよね?卒業に関係することなのかな?」
最愛は自分で書いたはずのメモ書きを不思議そうに眺めている。
「でも卒業関係だったら、すぅは一応部外者だし。この3人が集まったってことはベビメタなんじゃないかなぁ…。」
「最愛はもちろん、すぅちゃんもそのメモ自分で持ってたんでしょ?由結は昨日の卒業式前に最愛から渡されたんだよね。」
「えっ、そうなの?ひょっとして最愛ちゃん、他にも誰かにメモ渡した?」
「えっとね、校長先生。」
「嘘ー、校長先生来るのー?すぅ苦手なんですけどー。」

「カランカラン」

3人が入口の方に視線を向けると、そこに立っていたのは……森先生だ。
「あれ?森先生じゃん!最愛、先生にもメモ渡したの?」
首を横に振る最愛に森先生は近づいてきた。
「おい、菊地!訳わかんないだけどなんだよこのメモ書き。校長先生命令でここに書かれてる通りしてあげてくれって言われたんだけどさぁ、いきなり3人のお会計払えって書いてあんぞ、これ!」
「やりぃ!先生、3600円です。」
森先生はテーブルの上に渋々お金を置くと、そのメモを3人に見せた。お会計の次は卒業証書の筒を全て開けると書かれているだけだ。
「え?先生に筒をキュポンってやってもらう為にわざわざ集まったの?」
「じゃあ、貸して。よくわかんねぇけどオレ開けるから。」
「はい、菊地………キュポン。次、水野………キュポン。………それでは終わります。って何なんだよこれ!」
 


奇妙な筒30

「菊地のメモも見せろよ。」
森先生は開いている席に座ると最愛が最愛自身に書いたメモを読みだした。
「最愛は必ずこれを実行に移さないといけません。これができなければBABYMETALが終わってしまいます。やることリスト。由結に由結メモを渡す。校長先生に森先生メモを渡す。すぅちゃんにメモの確認。3月30日に必ず3人で集まる。卒業証書の筒は必ず持って行くんだぞ!何も起こらなかったとしてもすぐに帰っちゃダメだぞ。諦めるな!必ず上手くいく!GOOD LUCK!」
「で、中元と水野のメモには卒業式の筒を持ってここに来いって書いてあるだけか…。」
「あと、ハゲまるクンも描かれてますよ………って、そういえばすぅも筒を持って来てたんだっけ。」
「あ、そうだ!すぅちゃん卒業生じゃなかったからすっかり忘れてた。」
「でもメモには筒持って来いって書いてあるから、昨夜探して持って来たよ。でもさ、中身確認しようとしたんだけど開かないんだよね……ほれ。」
すぅの出した筒を受け取ったのは由結。どれどれとばかりに白目剥きだしで力を込めるも蓋は開かない。
「固っ!中が真空になってるんじゃないの?」
続いてバトンを受け取った最愛は一瞬蓋に手を掛けたがさっと森先生に筒を渡した。
「なんか最愛がやっても開かない気がした。先生お願いします。」
森先生は筒を受け取ると封印を解く呪文を唱えた。
「いいか、こういうのは力じゃない、コツなんだ。」

「キュポン」

その瞬間、4人はあっという間に筒の中へと吸い込まれていった。
 


奇妙な筒31

4人はこっちの世界に帰ってきた。こっちの世界に帰ってきたと同時に今までの記憶が一気に甦ってくる。3秒ほどの沈黙の後、最愛とすぅと森先生の3人が雄叫びを上げた。
「いやったぁー!」
由結は状況を把握できず今にも白目になってしまいそう。そしてこっちの世界の状況はというと、どうやらこれから3国共同声明を発表しに行かんとするところのようだ。
「あの場面……だね。よし!平和の訪れを世界中の人達に知らせに行こう!」
「ちょ、待ってよぉ。由結には何がなんだか…。」
「大丈夫、とりま由結はニコニコ笑ってればいいから。」
揚々と歩く3人を見送って森先生は筒に話しかけた。
「結果的に菊地のメモのおかげで上手くいきましたな。」
「まったく大した子達じゃよ。さすがキツネ様の申し子じゃ。」
驚いた様子で森先生は切り返す。
「え!キツネ様をご存じで?…っていうか本当にいるのかよ!」
「知ってるも何も、こっちの世界で3人を修業させたいと言ったのはキツネ様じゃよ。アチラの世界で前人未到の偉業を成し遂げる為には尋常じゃない精神力が必要だから、こっちの世界で鍛えてほしいって頼まれたんじゃい。」
森先生は視線を上げテラスの壇上に登った3人に視線を送ると目から熱いものがこみあげてきた。毎度生徒達に泣かされてきた先生だが今日の涙はひと味違う。
「これからは塩分控えめにしなきゃな…。」
どうやらかなりしょっぱかったようだ。
無事に大仕事を成し遂げた3人はバックヤードで抱き合った。こっちの世界での初のBABYMETAL揃い踏みとなったのだ。
 


奇妙な筒32(終)

さて、決別の時。
「では、アチラの世界でも頑張るんじゃぞ。お前達なら必ずや成功できる!」
「うん、筒さんも元気でね。寂しくなっても、もうすぅ達のこと呼ばないでね。」
「筒さん、由結を元の由結に戻してくれてありがとう。これでスーパーレディーになれるかも!」
森先生が口を挟む。
「なれるさ!お前達なら。………ん?どうした、菊地?なんか拾い食いでもしたか?」
「やめてよ、友那乃じゃないんだから!……あのね、最愛はこっちに残った方がいいのかなって…。」
「えー!何で?アチラの世界で世界征服しようよ!」
由結が最愛の手を掴んで引っ張る。絶対に離さないと言わんばかりに力強い。
「こっちの世界は最愛がいなくなったら本当にいなくなっちゃうでしょ?アチラの世界では違う最愛がいてくれてるから…。最愛は国王だし、こっちの世界の為にも残らなきゃ!」
「モアメタルは優しい子じゃのぉ。しかし心配はいらん。こっちの世界は私の世界。少しだけ設定を変えるくらいちょちょいのちょいじゃ。お主達は元々アチラの住人なんじゃからアチラへ帰るべきなんじゃ。心配ない、悪いようにはせんから…。」
最愛は大きく頷くと皆に声を掛けた。
「じゃあ、帰ろう!」

森先生は自宅でLoGiRLを観ていた。本来ならばこの画面の中に自分は映っているはずだった。しかし今回は卒業生4人の集大成を父兄さん達に見せる為、出演を見合わせていた。
クイズコーナーでは由結だけがお箸とキャベツの数え方を間違える。
「何だよ水野!精神が完全に戻ったって結局は間違えちゃうんじゃねぇかw………あれ?何言ってるんだ、オレ?」
その数十分後、森先生の頬を幾筋もの涙が伝っていた。画面の中の生徒達が口々に訴えかける。

「私達、森先生がいないとダメなんです!」

        ~完~


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メロスピ部長の小説【奇妙な筒