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EMOS-METALさんのベビメタ小説(下)


―第3章 絆―

【1】 すず香

 ステージの袖で、すず香は自分の出番を待っていた。アリーナ席全体に大きなWODが巻き起こっている。BLACK BABYMETAL姿の由結と最愛が客席を熱狂させていた。

「やっぱりかわいいな、由結ちゃんも最愛ちゃんも。歌もどんどんうまくなってる。すぅも負けていられないぞ」

 2人のパフォーマンスによって、自分の体内でじっと眠っていたパワーが呼び覚まされていく。すず香の好きな感覚だ。

 やがて曲が終わり、由結と最愛がステージの反対側に引っ込んだ。
「さぁ、行くよ、SU-METAL!」

 自分自身に気合いを入れ、漆黒のマントをひるがえしながら、勢いよくステージ中央に向かった。神バンドのラウドなイントロが自分を後押しした。まぶしいスポットライトが四方から当たる。

 しかし、どこか様子が違っていた。いつもは客席から大波のように自分に向かって押し寄せる歓声と圧力が、まったく届いてこないのだ。

 客席を見た。アリーナにもスタンドにも誰もいなかった。

「え?」

 驚いたすず香は、バックの神バンドを振り返った。そこにも誰もいなかった。相変わらずオケだけはイヤモニから流れてくる。引きちぎるようにそれを耳から外すと、ホール全体は無音に包まれていた。

 お客さんはどこに消えちゃったんだろう。神バンドは?
 それに由結ちゃん、最愛ちゃんはどこに行ったの?

 すず香はスポットライトの中でじっと佇んでいた。
      ◇
 目が覚ましたとき、少し汗をかいていた。夢を見ていたらしい。

 少しずつ昇ってきた太陽の光が、リアシートの窓越しにすず香の顔を直撃し、夢から現実へと引き戻したようだった。早朝、A-KIPAが自宅にまわしてくれたクルマに乗り込むと、すず香は再び眠りに落ちてしまった。どれぐらい眠っていたのかはわからないが、クルマは海岸沿いの気持ちのいい国道を飛ばしていた。少しだけ窓を開けると、冷たい潮風がポニーテールを揺らした。

 すず香が目を覚ました気配を感じた若い運転手が、「間もなく着きますよ」と伝えた。

 その言葉通り、クルマは5分ほどで海に面した6階建てマンションのクルマ寄せに滑り込んだ。A-KIPAのメンバー数人がエントランス前に出てきて、すず香を迎えた。

「よく来たわね、すず香ちゃん。いや、SU-METALさんって呼んだほうがいいかしら?」

 集団の中から刺原梨乃がすず香に近づき、笑顔でそう言った。

「いいえ、すず香で結構です。よろしくお願いします」

「昨日は由結ちゃん、最愛ちゃんにまんまとやられちゃったよ」

 すず香は苦笑いを返しただけで何も言わなかった。

「それじゃ、お部屋に案内するわ。今日は午後が各チームごとの練習があって、夜8時から全体ミーティングがあるの。沖本先生やDT堂の人たちも来るから、必ず出席してね。あ、それから合宿中は携帯電話は禁止だから、預かっておくわ」

 すず香は特に異議も申し立てず、自分のスマホを刺原に手渡した。

「わかりました。午後はそれぞれのチームの練習を見せてもらいます。夜のミーティングはどこでやるのですか?」

 すず香の問いかけに対し、刺原はロビー奥の集会場を指差した。
「集まっているのは40人ぐらいね。若い子ばかりだけど、全国からの選りすぐりばかりだから実力はすごいわよ。まだみんな、なぜ自分がここに呼ばれたのかはわかっていないんだけど」
     ◇
 合宿所になっている瀟洒なマンションは、K市最南端に位置していた。ベランダが海に突き出すような造り。どの部屋からも、窓からは海しか見えない構造になっており、リゾートマンションブームだったころには、人気の物件だったことが見て取れる。各フロアには1LDKのとファミリータイプが混在した比較的コンパクトな作りだ。中央に位置する広い4LDKがフロア全体の練習場になっているようだった。

 すず香に用意されていたのは、最上階に当たる6階の角部屋だった。広めの1LDKで、窓際には大きな藤のダブルベッドが備え付けている。ベランダの柵越しにこわごわ下を覗くと、荒い波がテトラポットに打ち付け白く砕けていた。

「いいお部屋ね。由結ちゃん、最愛ちゃんが一緒だったら、3人でお料理作ったり、ゲームやったりして楽しい時間が過ごせそうだな」
 このところ、歌とダンスの個人レッスン、それに新しいアルバムの音作りが平行して行われているため、由結と最愛とはずっと別行動だ。もう1か月近く会っていない。まもなく新曲のレコーディングがスタートするのだが、こんなに長く2人会わなかったのはBABYMETAL結成以来始めてだろう。それだけに、前日の3人での食事会兼ミーティングは何よりも楽しみにしていた。 

 2人に早く会いたい。それ以上に、あの2人は自分が守りたい。
どんなに弱い人間でも、誰かのためなら強くなれる。

 3人の中では年長なのに、ハートはもっとも弱いことを自覚していたすず香も、今は由結と最愛のためにすっかり強くなっている自分に自分で驚いていた。
    ◇
 冷蔵庫からペットボトルの水を出すと、もう一度ベランダに出てみた。すぐ下のフロアから、アカペラの2声ハーモニーが風に乗って耳に届いてきた。すず香の知らない曲だったが、若い女性2人の声質がよく似ているためか、きれいに溶け合った気持ちのいいメロディーだった。

「なんか、いいな」

 すず香は部屋を出て階段を降りると、歌声の聞こえる部屋のチャイムを押した。ハーモニーが唐突に止み、ドアが開いて中学生ぐらいの可愛いらしい女の子2人が顔を出した。由結や最愛よりも、もう少し年下に見える。2人とも長い髪を無造作に後ろでまとめていた。

 すず香は、にっこりと笑顔を見せながら「こんにちは。ベランダにいたら歌が聴こえてきたから」とだけ伝えた。

「わ、BABYMETALのSU-METALさんだ。すごい、すごい!」と1人が興奮した声を出すと、もう1人はまぶしそうな視線を送りながら、礼儀正しく言った。

「私たち、広島アクターズスクールにいて、すず香さんの活躍はずっと見てきたんです。憧れの大先輩ですから」と思いがけないことを言われて、すず香は驚いた。

「へえ、ASHの出身なんだ。デビューは決まっているの?」

「歌とダンスの4人組ユニットで、まずは地元デビューする予定だったのですが、私たち2人だけがここに呼ばれて、あとの2人は広島に残っているんです。今、私たちは中1ですが、小学生のころから4人で仲良くやってきたから、早く元のユニットに戻りたいなって思っているんです」


 世界の終わりについて、この子たちは何も知らない――。
     ◇
 2人はそれぞれ「トモミです」「ヨウコです」と自己紹介すると、すず香の両腕を1本ずつ引っ張り、玄関から部屋に招き入れた。
「ここに来てよかったね。広島に残っている2人も羨ましがるだろうなあ。みんなBABYMETALの大ファンだから。すず香さんに会えるなんて、夢みたい」と2人で大騒ぎをしている。

「すず香さんって呼ばれ方、あまり慣れてないから、すぅちゃんって呼んでね。今度、由結ちゃん、最愛ちゃんにも紹介するね」と言うと、2人は「マジ~?ヤバ過ぎ!」「DVDでしか見たことないけど、実際に見たらどんだけ可愛いんだろう」とますます興奮していた。2人を見ていると、すず香は胸の真ん中に居座っていた黒い影のような不安と苛立ちが、少し薄れていくのを感じた。

 トモミが「ぜひアドバイスをください。すぅちゃんみたいに歌えるようになりたいって、いつも思っているんです」と言うと、ヨウコが「こら、トモ!会ったばかりで、そんなお願いするのは失礼だよ」とたしなめる。

 すず香は「アドバイスなんか出来ないけど、さっきの続きを聴かせてくれる?すぅが習った発声方法と呼吸方法を教えるから」と言うと、2人はまた歓声を上げた。
    ◇
 出身地やASHでのトレーニングなど共通点が多く、すず香と2人が親しくなるまで時間はかからなかった。すでにトモミもヨウコも相当高い歌唱力を身につけており、すず香が学んできた発声法などを伝えると、いっそうそれが引き立つことがわかった。

 1時間ほど歌に夢中になっていると、部屋に昼食が届けられた。ダブルベッドにあぐらをかき、今度は3人でおしゃべりをしながらサンドイッチやサラダを食べた。

 2人は次々に質問を繰り出してきた。さくら学院のこと、BABYMETALの海外ツアーのこと、ボイストレーニングの方法、将来の夢......。おしゃべりの種は尽きることがない。由結や最愛といるときのような、穏やかな気分になっていた。

 食事を終えると、3人分の紅茶を入れながらヨウコが言った。「実際、プロの世界で成功するのはほんの一握りですよね。すぅちゃんみたいに順調な人のほうが全然少ないし」

 すず香も「そうなんだと思う。すぅは、由結ちゃんや最愛ちゃんだけでなく、さくら学院やBABYMETALのスタッフに出会えたからここまで来れたんだ。すごく才能があるのに、なかなか成功できない子たちもたくさんいたからなあ」

「そういう世界だから仕方ないですよ。私たちも、できるだけの努力をして、あとは神のみぞ知るです。BABYMETALみたいにキツネさまが降臨してくれれば一番いいんだけど」と笑った。
 すず香の心の中で自分の決心がひとつの形になりつつあるのを感じた。

 やっぱり世界の終わりなんか間違っている。企業によって成功が約束されているショービズなんか、将来の由結や最愛のためにいいはずがないし、あの2人だってそんな成功は望まないはず。とにかく、今日のミーティングには出席して、しっかりと状況を理解したら、移籍の話はきっぱりと断ろう。
 たとえ世界が終わっても、何が起こっても、BABYMETALは必ず復活できる。

【2】 由結&最愛、彩未、真代

 すず香をどこかに連れ去った張本人の中橋みなみが自分たちの味方?

 真代の言葉に由結も最愛も言葉を失った。

 ちょうど太陽がフロントガラスの正面に回った。真代はダッシュボードから取り出したサングラスをかけながら、ゆっくりと続きを話し始めた。

「驚くのも無理はないわ。私だってみなみさんが沖本先生を裏切るなんて想像もできなかったもん。ずっと沖本先生はみなみさんを可愛がっていし、AKP卒業後のことも心配して、ちゃんとやっていけるように手を回していたし」

 彩未も直射日光に耐えかねて、自分のバッグからサングラスを取り出した。「じゃあ、みなみさんは、うわべでは沖本さんに従順なふりをして、裏では反旗を翻そうとしているってことですか?」

「そういうことになるわ。世界を終わらせる計画があるって聞かされた当初、沖本先生がやることなら、みなみさんは黙って従おうと考えたの。だけど......」

 そこまで話すと、ゆっくりとハンドルを切って、すぐ先のサービスエリアに入っていった。
 パーキングスペースもすいていた。真代は一番隅に駐車していたランドグルーザーに並べて自分のクルマを停めた。

 ランドクルーザーの運転席では、ハンドルに全身を預けた中橋みなみがじっとこちらを見ていた。

【3】 すず香

 トモミ、ヨウコとひとしきりおしゃべりに興じると、「夜のミーティングで会いましょ」と言い残して、すず香は部屋を出た。順番に各フロアの練習場を回ろうと思ったのだ。すべてのフロアでそれぞれA-KIPAが派遣したインストラクターが付き、数人のグループが真剣な表情で歌やダンスのトレーニングを行っていた。
 すず香には見知らぬ顔ばかりだったが、向こうはそうではない。BABYMETALのSU-METALの存在は大きく、誰もが成功者への憧れと嫉妬の入り混じったような視線を向けてきた。

 沖本からは、すず香がどこかに参加する必要はないと言われている。

 ざっと全フロアを回ると、気晴らしに海岸でも散歩しようと1階ロビーに下りて行った。
 AKPの中堅らしきメンバーがエントランス付近にいた。全員がインカム用のイヤホンをつけていて、なぜか物々しい雰囲気だった。

 すず香が「お疲れさまです。みなさん、ここで何をしているんですか?」と尋ねると、1人が近づいてきて言った。「外部からの侵入者を警戒しているのよ。ここにはアイドルの卵が大勢いるでしょ。セキュリティーのためよ」

「でも、みなさんだってアイドルでしょう。プロの警備会社に頼んだほうが確実じゃないですか」とすず香が素朴な疑問を口にすると、「この合宿は秘密なの。警備会社から情報が漏れたら大変でしょう」と即座に反論が帰ってきた。

 警備会社から情報が漏れたなんて話は聞いたことがない。それに、このマンションはオートロック式なので、外部からの侵入者を警戒するのなら、エントランスの外にいないと意味がない。したがって、ここにいる彼女たちが警戒しているのは、外部からの侵入者ではなく、内部の人間が外に出ることなのだとわかる。

「ところで、すず香さん、何かご用?」

「いや、ちょっと海岸でも散歩しようかと思って」とすず香が答えると、「今日はミーティングまで外出禁止なのよ」と自動ドアの前に立ちふさがった。

 心の中だけで「やっぱりな」と言いながら、表面上は「わかりました」と素直に従った。

【4】 みなみ、由結&最愛、彩美、真代
 

 サービスエリアでみなみからの目配せを受け、全員がランクルへと移動した。由結と最愛は手をつないだまま後部シートに入った。

 乗り込むなり、彩未はやや強い口調でみなみへと迫った。「由結ちゃん、最愛ちゃんの話では、みなみさんがすぅちゃんをどこかに連れていったということですね。まずどういうことなのか説明をしてくださいますか?」

「あなた、武藤彩未ちゃんね。ほとんどお話をしたことはなかったけど、よろしくね」とみなみは手を差し出した。釈然としない表情ながら、それを軽く握り返す彩未。続いて、由結と最愛のほうを向き、「由結ちゃん、最愛ちゃんも久しぶり。去年、テレビ局で会って以来ね」と会釈をすると、再び彩未に向き合った。

「まよよから聞いたと思うけど、私は世界の終わりを止めるつもり。沖本先生を裏切ることになるかもしれないけど、それは仕方ないことだと思っているの」
「説明をしてください。本当にいったい何が起こっているのか。由結ちゃん、最愛ちゃんも納得するようにお願いします」と厳しい表情を崩さずに彩未が問いかけた。

 一瞬、みなみは迷ったような視線を真代に送り、「うん」と真代がうなずくのを確認してから切り出した。

「AKPの恥を話すことになるんだけど」と言うと、全員をぐるりと見渡して続けた。「実はAKPの中堅メンバー数人が、DT堂とつながっているの。私たちの総選挙ではなかなか上位に浮上できないからって、DT堂に取り入って、きっかけを作ってもらおうとしているのよ」

 彩未が即座に反応した。「DT堂に取り入るって、いったいどうやって?」

「由結ちゃんや最愛ちゃんがいるから、詳しい話は出来ないわ。彩未ちゃん、察してね」

 彩未は目だけでうなずいた。軽く首をかしげてお互いの顔を見合った由結と最愛も、とくに何も言葉は出さなかった。

「そのAKPメンバー、仮に『世界の終わり決行隊』とでも呼びましょうか。決行隊は、世界を終わらせるだけでは自分たちがトップ選抜になれるかは確信が持てないから、超音波装置を使ってファン全員を洗脳するようにDT堂に働きかけているの。それだけではなく、決行隊は、自分たちが可愛がっている後輩たちを集めて派閥を作り、全員に超音波マシンを使ってDT堂の自由になるようなシステムを作り上げたのよ。これ、どういうことかわかる?」

 由結、最愛、彩未は顔の表情だけで「わからない」と伝えた。
 ここで真代が代わりに言った。

「DT堂は、彼女たちの派閥メンバーたちを、自分たちのクライアント接待にまで自由に使えるようにしたの。テレビや雑誌、新聞、ネットの世界だけでなく、メーカーや金融、サービス、不動産、宗教団体、それに政府関係者まで、接待が必要になれば、現役のアイドルが飛んでいくわ。そのために、DT堂にとっても、決行隊のメンバーは誰もが知っている有名な存在になっている必要があるの。つまり世界を終わらせて、決行隊のメンバーを売り出すことは、DT堂にとっても、決行隊にとってもメリットがあるのよ」

「どこかの国では、嫌がるタレントに接待を強要したからスキャンダルになったけど、こちらはタレントが自ら進んでやるわけだから、問題にはならないわけね」とみなみが言う。「このシステムが機能すれば、DT堂の力はゆるぎ無いものになる。政界、財界、官界のすべてをコントロールできるようになり、潜在的な権力は総理大臣より上になるわ。それどころか、総理大臣だってDT堂の意向をくんだ人を送り込めるようになる」

 由結、最愛、彩未は、嫌悪感で泣きそうになっていた。
 みなみが強い口調でこう続けた。

「これはわかってほしいんだけど、AKPそのものはものすごく純粋にエンターテインメントの世界を目指してきた女の子の集まりよ。私はリーダーから、これは自信を持って断言できる。あなたたちがさくら学院やBABYMETALを心から愛しているように、私もAKPに対しては同じ思いなの。そんな汚いことをするのは、ほんの一握りに過ぎないわ」

 その言葉を真代が受けて続けた。「そう。こんなことがあるからといって、AKPのことをすべて否定してほしくないの。みんな自分を磨いて、芸能界でがんばっている素敵な女の子ばかりよ」

 みなみの表情にじわじわと苦悩がにじみ始めた。
「今回のDT堂と決行隊の計画は、AKPを守るためにも絶対にストップさせなくちゃいけないの。しかも、こんなことが公になったら、世界が終わる前に一大スキャンダルになって、AKPが終わってしまう。だから世間にはわからないようにやらなくちゃいけない」
 ここで最愛が大きな声を出した。
「すぅちゃんは? そんなのAKP内部の話で、すぅちゃんもBABYMETALも関係ないじゃないですか! A-KIPAが新しいユニットを作って海外戦略に結び付けるって聞きましたけど、それは別の話なんですか?」

「いや、それがつながっているの」とみなみ。「DT堂にとってはすごく重要なことなのよ。いったん世界を終わらせたら、しばらくの間、日本の音楽マーケットは大きく縮小する。売り上げは数分の一になっちゃうわ。DT堂だって企業だから、経営のトップや株主を満足させなくちゃいけない。そこで目をつけたのがBABYMETALよ。あなたたちには本当の人気と実力があるから、海外で活躍して利益を上げられるでしょう。それ以外のチームはしばらくBABYMETALのコバンザメで海外でやって、そのうち日本での活動に戻ればいいんだから、とりあえずの安直なユニットをたくさん作っておけばいいわけよ」
 真代がクーラーボックスからミネラルウオーターのペットボトルを出して全員に配った。みなみはそれを一気に半分ぐらい飲み干し、続きを話し始めた。
「すず香さんは、世界が終わって音楽業界の再編が起こることまでは聞かされたと思うけど、こんな汚い事情があることまでは知らない。私は沖本先生に命令されて、すず香さんを連れてくる役割をやったけど、ずっと心の中ですず香さんに断ってほしいって祈っていたの。ところが、すず香さんは、由結ちゃん、最愛ちゃんのためになるかもしれないって考えて、とにかく話だけは知っておこうと思ったのね。昨日だって、私に会って最初はビクビク震えていたけど、どんどん態度が毅然として、目力も強くなっていったわ。お人好しの上に素直すぎるわ、あの人」
「それで今回はどうしようって言うのですか?私たちだけで大丈夫なんですか?DT堂の息がかかっている警察も頼りにならないことは聞きましたけど」と彩未が強い口調で尋ねた。

 みなみは意を決したように言った。
「今日は、計画のキーを握るすず香さんが来るってことで、DT堂や沖本先生も全員が合宿にそろうわ。しかも、DT堂は自分たちの言うことを聞くように、研修生のアイドルの卵たち全員に超音波マシンを使うつもりなの。つまり、この合宿が世界の終わりのキックオフよ。超音波を浴びてしまうと、命の危険はないけど、どれぐらいで元の自分に戻れるのかはわからない。だから計画を止めるなら今日しかないの」

 彩未が反論をした。「ここに由結ちゃん、最愛ちゃんが来る必要があったんですか?もしかしたら、すごく危険なことになるかもしれないのに」

 みなみは当然の疑問といった顔で答えた。
「作戦があるの。それにはどうしても由結ちゃん、最愛ちゃんの助けが必要なのよ。絶対に危険な目に合わせたりはしないから、すず香さんのためだと思って力を貸してほしいの」

 このみなみの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、由結と最愛が「もちろんです」とユニゾンで即答した。
 由結が「すぅちゃんは、由結と最愛のためにピンチになっているんだから、ここで助けに行かなかったら、ゆいもあコンビの名が泣きますよ」ときっぱり答えた。

 最愛が「由結は注意力が足りないから、武道館ライブみたいに、すぐにどこかから落っこちちゃうけど、最愛は絶対にすぅちゃんを助けます」と笑いながら言うと、由結が「最愛だって、すぐに転んだり、靴が脱げちゃったりするから危ないですよ。やっぱりここは由結ががんばらないと」と切り返す。

 全員が笑顔になり、車内に穏やかな空気が流れた。「この2人は、一瞬で場の空気を明るく変えちゃう天才なんですよ」と彩未が困ったような笑顔を見せた。みなみも真代も頼もしそうに2人を見た。
「今回の作戦は、まずすず香さんの救出が第一。あまり多くを求めると逆に失敗するわ。世界の終わりを止める方法は考えてあるし、それは明日以降に私とまよよで実行する」とみなみは話し始めた。
「今日、夜8時から全体ミーティングがあるの。参加者全員、DT堂も沖本先生も出席する。ずっと合宿所のマンションはロックされていて、決行隊の監視の目も厳しいから、それ以前にすず香さんを外に連れ出すのは難しいわ。そして全体の話が終わった後、DT堂、沖本先生が部屋から出て行った後に、例のマシンが使われる」
 由結が首を傾げながら尋ねた。「それで、みなみさんの作戦って?由結たち3人はどうすればいいんですか?」
 みなみは悪戯っぽく笑いながら言った。
「由結ちゃん、最愛ちゃんにはケンカをしてほしいの」
「え? ケンカ?」再び由結と最愛の声がユニゾンした。

【5】 世界の終わり決行隊

 オートロックのドア付近に5人のメンバーが集まっていた。そのうち1人はドア横の管理人室に詰めていた。ドアの開け閉めは、すべて管理人室による遠隔制御で行っている。部屋用のキーでも暗証番号でも開かないようになっていた。来客はほとんどなかったが、もしも誰かが来た場合には、身元を確認し、インカムで沖本に許可を得てから管理人室の操作でドアを開ける仕組みになっていた。
 おそらく売り出し当時、セキュリティーが売り物だったのだろう。メインエントランス以外にマンションに出入りできる場所はない。
 決行隊とはいえ、メンバーは20歳前後の若いアイドルたちだ。誰もが端正な顔立ちとモデルのようなスタイルをしている。ただし、その目にはギラギラした野心が宿っていた。DT堂に引き上げてもらえるかどうかは彼女たちの生命線でもある。いわば、この合宿は彼女たちにとってもタレントとしての未来がかかっていた。退屈なエントランスチェックに対しても真剣そのものだった。

【6】 沖本、由結&最愛

 そろそろミーティング会場に行こうと、自分の部屋で腰を上げた沖本のスマホが鳴った。見たことのない番号からだった。

「もしもし、沖本さんですか? 私、BABYMETALの菊地最愛です。隣には水野由結もいます。中橋みなみさんからお話を聞いて連絡をさせていただいてます」

「おお、菊地くん。水野くんもいるんだね。うちの中橋と会ったんだね」

「はい。みなみさんから、K市でA-KIPAの合宿があって、それに中元すず香さんも出ているって聞いたんです。興味があるなら、最愛と由結にも来るようにって言われて。それで、すず香さんがいるんならって、由結と2人で電車に乗って近くまで来たんです。これからそちらに行ってもいいですか? すぅちゃんと合流したいんですが」

「もちろんだよ。すず香くんも喜ぶから、早くこちらに来なさい。まもなく全体ミーティングが始まるんで、みんなに紹介するよ。近くの駅かね?迎えのクルマを出そうか?」

「いいえ、大丈夫です。これからタクシーでそちらに向かいます」

「わかった。待っているよ」と電話を切った沖本は、すぐに別室にいるDT堂の幹部のもとに急いだ。

【7】 沖本&DT堂

 DT堂幹部3人が集まった部屋には、AKPの決行隊のメンバーも2人おり、5人でビールを飲んでいた。

 沖本が入ってきても、DT堂幹部の近くを離れず、余裕の笑顔で一瞥しただけだ。

 思わず苛立ったような表情になった沖本だが、「今日、ここにBABYMETALの3人がそろうことになりました。中橋がうまくやってくれたようです。どうしましょうか?」と丁寧な口調で尋ねた。

 DT堂幹部でもっとも年長のリーダー格の男が「例のマシンで一気に決着をつけちゃいましょう。これでBABYMETALもわれわれのものになるわけですなあ。沖本先生、本当にわれわれはツイていますなあ」と缶ビールを少し上に持ち上げ、乾杯のしぐさを見せた。

【8】 すず香

 すず香は、ミーティング出席のために、開始10分ほど前に1階の集会場に入っていった。高校の教室ぐらいの会場には、まだ出席者の姿はなく、パイプ椅子が整然と並べてあるだけだ。すず香は全体の真ん中あたりの席に座り、目を閉じて開始を待っていた。
 誰かが会場に入ってきて、すず香の斜め後ろの席に座ったのが気配でわかった。目を開けて、ゆっくりと振り返ると、中橋みなみだった。驚いて息を呑んだすず香に、慈しむようなやさしい目を向けながら、折りたたんだメモをそっと手渡すと、すぐに無言で部屋を出て行った。
 恐る恐る開いたメモにはこう書かれていた。

<沖本先生とDT堂は、今日のミーティングの最中に超音波マシンを使って、研修生全員の洗脳をするつもり。ここにいると危険です。正面エントランスは監視されていて、今は外に出られなくなっているけど、もうすぐ由結ちゃん、最愛ちゃんがあなたを助けに来る。私のことは信じなくてもいい。由結ちゃん、最愛ちゃんの言うとおりに行動して>

 超音波マシン? 洗脳? ここから逃げる? 由結と最愛が助けに来る?
 どういうことなの?いったいこの合宿は何なの?
 意味をはかりかねていると、集会場に続々と研修生が集まってきた。まもなくミーティングが始まってしまう。
 急激に心臓の鼓動が速く大きくなっている。ゆっくりと考えている時間はない。「本当に由結ちゃん、最愛ちゃんが来るのなら、自分は何も迷わない」
 それだけを決めて、心に刻み込んだ。

【9】 沖本

 ミーティング出席のために、沖本は集会場に入室した。思いがけず、BABYMETALのメンバー全員がそろうことになり、今日が計画の大きなターニングポイントになる。さすがの沖本もやや緊張した。
 この日の段取りは、決行隊全員に十分に説明してある。
 ミーティングは10分ほどで終了する。その後、BABYMETALの水野由結と菊地最愛が部屋の中に入ってくる。全員がそろったところで、「集中力を高めるため」と言って研修生全員に黙祷を指示する。すぐにDT堂幹部4人、沖本が退室する。その後、目を閉じている研修生全員に超音波を照射する。研修生、それにBABYMETALの3人は、一瞬、トランス状態になる。その後、あらたためて入室したDT堂の幹部と沖本がじっくりと洗脳行為を行う。
 ミーティング開始まであと2分。研修生全員が着席していた。沖本、DT堂幹部4人も、前方で研修生たちに向き合う位置に座った。そのとき、エントランスで張っていたAKP決行隊の一人がやってきて、沖本の耳元に「武藤彩未、それにBABYMETALの水野由結と菊地最愛が正面に来ています。どうしますか?」と囁いた。「中に入れろ」と目だけで合図したが、決行隊は困惑した表情を浮かべて言った、「水野と菊地がケンカをしているようで、エントランスで揉めているんです」
「ケンカだって?」沖本はDT堂の幹部に「ちょっと失礼。ミーティングは予定通りに開始してください」と断り、エントランスロビーに向かった。

【10】 由結&最愛

 エントランスでは、開いたままの自動ドアをはさんで由結と最愛が険悪な雰囲気で向き合っていた。

「だからイヤだって言っているじゃない!」と由結が最愛をにらみつけていた。ちょっと低めのハスキーな声。あえて感情を抑えたトーンは顔に似合わず意外な迫力がある。

 それに対して最愛が「どうして由結はいつもそうなの? せっかくここまで来たのに、急に気が変わるなんて勝手過ぎるよ」と強気に返した。こちらはステージと同じような甲高い声だ。

「今、気が変わったわけじゃないでしょ。前からそう言っているじゃん。最愛のほうこそ、自分の意見をころころ変えるでしょ。さくら学院だって、BABYMETALのステージだって、いつもそうなんだから」

「そんな話をしているときじゃないでしょ」

「じゃあ、いつすればいいっていうのよ」

 最愛は口の中だけで「(ああ、めんどくさい)」と言って、「とにかく、すぅちゃんと話をしてから決めようよ。まずは中に入りなよ」と諭すように言う。

 由結は「イヤだね。そうやって、何度も最愛に言いくるめられてきたんだから。ちゃんと、ここで決めてからじゃないとすぅちゃんにも会わないからね」

 あきらめたような表情になった最愛は、「じゃあ、好きにしなさい。最愛は一人ですぅちゃんと話をしてくるから」と言い捨てた。

 由結は自動ドアのレール上に立ち、開きっぱなしのドアに背中を預け、完全にそっぽを向いていた。
 傍らの彩未はおろおろしながら、2人の様子を見るだけだ。
 周囲のAKP決行隊がニヤニヤしながら2人に言い争いを見ている。
「仲が良さそうに見えるBABYMETALだって、一皮むけばこんなものだわ」
 高見の見物とばかり、全員がその場に座り込み、ヒソヒソ話をしながら楽しそうに様子を見ていた。由結と最愛の喧嘩によって、それまでの張り詰めたような緊張感は逆に緩んでいた。

 エントランスに着いた沖本は、少しあわてた口調で言った。「とにかく、水野さん、そんなところにいないで、中に入りなさい。なぜ揉めているのかは知らないけど、ゆっくりと話し合えばいいんだから」

 由結はふてくされた表情で、沖本の顔も見なかった。

 少し離れた場所から、振り返ってそれを見た最愛が、大声を出した。「由結、いい加減にしなさい。沖本さんに失礼でしょ」
にもかかわらず、由結は腕を組み、表情ひとつ変えずに開けっ放しのドアにもたれたままだった。
 最愛は、「もう知らない!」と言い残し、ひとりで集会場に向かって歩き出した。

 沖本は焦り始めた。もうミーティングが終わるころだ。DT堂の意向は、BABYMETAL3人をまとめて洗脳してしまうということ。由結だけがここに残ってしまうと、後々面倒になる。沖本は、由結の手を取って強引に中に引っ張り入れようとした。

【11】 すず香


 集会場では、ミーティングが終了していた。決行隊の一人が、席を立ち上がりかけている研修生に向かって「全員、そのまま座っていて!」と言うと、全員、再び腰を下ろした。

 由結と最愛が部屋に入ってくるまで、全員をここに待たせておくようにとの指示だった。
「この合宿では、みんな集中力も高めてもらいます。今から全員、黙祷!」

 前方で決行隊のメンバー2人が仁王立ちになって、監視するように全員を睥睨していた。ざわついていた室内が静かになり、ピリッとした緊張感が支配した。咳をしたり、鼻をすすったりすることもはばかられるような雰囲気だった。

 そのまま5分、10分と時間が過ぎていく。

 由結も最愛も部屋に来ない。沖本さえも戻ってこなかった。
 物音ひとつしない部屋で、時間だけがじりじりと過ぎていった。

 長い沈黙に慣れていない研修生たちは、少しずつ落ち着きがなくなってきた。誰もが心の中で、「(いつまで黙祷が続くのよ!)」と思っていた。

 ただ一人、すず香を除いて。

 すず香は目を閉じてはいたが、どんな音や気配も逃さないように五感を最大限研ぎ澄ませていた。
 明らかに様子がおかしい。そっと薄目を開けて見ると、先ほど号令をかけたAKPの一人は、ラッパの先端部分をつけたマシンガンのような機械を手に持っていた。
「(あれは、みなみさんのメモにあった超音波の洗脳装置? ここにいる研修生全員にそれを浴びせて、洗脳しようっていうの?)」

 すず香の頭の中は猛スピードで回転をしていた。
 みなみの言うとおりなら、そのうち由結と最愛が部屋にやってくる。ジンジンとした緊張感が全身を包み始め、鳥肌がたちそうだった。
「(すぅ、あわてないで。落ち着いて、由結ちゃん、最愛ちゃんを待つの)」と何度も自分に言い聞かせ、音を立てないようにそっと深呼吸をした。
 黙祷を続けてきた研修生たちにも、いよいよ限界が近づいていた。目を開けているものはいないが、誰もがもじもじと動き出した。

 監視していたAKPのメンバー2人も、「どうしたらいいのか」と指示を求める視線をDT堂幹部に送り始めた。

 DT堂の幹部たちもしびれを切らしていた。沖本はどうしたのだ? BABYMETALがここに揃うのではなかったのか?
 15分が過ぎると、とうとう限界となった。
 研修生の中には、うんざりした様子をあからさまにアピールするために溜息をついている者もいるし、隣とひそひそ話をしている者もいる。

 とにかく予定通り、洗脳に入ろう――。今日のところ、BABYMETALについてはすず香だけいい。DT堂の3人が目だけで会話をして、決行の腹を決めた。AKP決行隊の一人に、超音波照射をするように目配せすると、音を立てないようにそっと研修室から退場していった。目を閉じたままの研修生は、それに誰も気づいていない。

 すず香だけは、薄目越しにその様子を見ていた。

 決行隊が研修生に向けて超音波マシンを構えた。いよいよ一刻の猶予もなくなり、本当の危機が迫ったようだ。

 すず香は大声を出して、全員に知らせようと思った、その瞬間だった。
    ◇
 「待ちなさい!」
 
よく通る大きな声とともに後方のドアが開き、中橋みなみが部屋に飛び込んできた。そのまま小走りでマシンを持っている決行隊に近づいていった。

「バカなことはやめなさい!」

 決行隊の一人が「何ですか、みなみさん。これはDT堂と沖本先生の命令なんです。いくらみなみさんでも、止める権利はありません」と金切り声を上げた。みなみが必死の形相で、研修生の手からマシンを引き離そうともみ合っている。もう1人の決行隊メンバーが後ろからみなみを引き剥がそうとしていた。

 思いがけない形で沈黙が破られた研修生たちだが、目の前で何が起きているのか、まったく理解できていない。唖然とした表情でその様子を見ていた。すず香も驚いて、その場に立ち尽くしていた。

「すぅちゃん!」今度は同じ後方ドアから最愛の緊迫した声が耳に届いた。
「こっちよ!早く、早く」

「うん」と最愛に合図を送ったものの、前方でもみ合っているみなみが気になって、すぐに動き出せない。

 再び最愛の声が聞こえた。「何やっているの! すぅちゃん、早くってば!」

 すず香は「でも、このままではみなみさんが......」と大声で答える。

「いいから。みなみさんは、すぅちゃんを巻き込んだことを後悔して、今日はすぅちゃんを逃がそうとしてくれているの。すぅちゃんが逃げなければ、みなみさんの思いを裏切ることになるわ。エントランスで由結と彩未ちゃんが待っているから、とにかく最愛と一緒に来て」と叫んでいる。

「うん、わかった」と答えて、最愛の元に駆け寄ろうとした。前方ではみなみは2人を相手に完全な劣勢にたたされていた。

「(みなみさんがあのマシンを奪い返されたら洗脳の超音波が浴びせられる。早くこの部屋から出なくちゃ)」
 研修生全員も、突然の最愛の登場に加え、前方では自分たちに物騒なものが向けられていたことを認識し、異常を察して、一斉に逃げ出そうと立ち上がった。あちこちでパイプ椅子が倒れ、悲鳴が響く。われ先にと出口に向かう研修生ら室内は軽いパニック状態になっていた。
 
 出口のところで最愛がすず香に向かって手を伸ばしている。

 すず香もあとわずかで、最愛の手に自分の手が重なるというところで、部屋の隅でトモミとヨウコが震えて床にへたり込んでいるのが目に入った。おそらく今回の参加者で最年少の2人は、恐怖で腰が抜けてしまったらしく、二人で抱き合ってブルブルと震えていた。
 その瞬間、すず香の決意がひるがえった。目の前の最愛に「ほかの子たちを逃がしてあげて!」と伝えると、クルリと半回転して、決行隊ともみ合っているみなみの方へと走り出していた。そして、トモミとヨウコを指差して「最愛ちゃん、お願い! あそこで座り込んでいる2人も助けてあげて!」と叫んだ。

 最愛は「すぅちゃん!」と悲鳴に近い声で叫びながら、すぐに「わかった。任せておいて!」と冷静な言葉を返し、トモミとヨウコの座っている場所に走り出した。
 ちょうど、部屋に由結が姿を見せた。エントランスでやっとのことで沖本の手を振りほどき、ようやく集会所に駆け込んできたのだ。

「由結、手伝って!」と最愛が叫ぶ。即座に状況を理解した由結が「OK!」と答え、トモミとヨウコの元へ駆け寄ると、一人では立つこともままならない2人にそれぞれの肩を出し、部屋の外に連れ出していった。

 やっとのことでエントランスに戻り、由結が大泣きしている2人の肩に手を乗せて、「もう大丈夫だから安心してね。ほらほらしっかりしなさい」と言い含めていた。

 最愛が「おお~、由結、お姉ちゃんだねぇ」と冷やかすと、由結も「最愛もちょっとは生徒会長らしいことをしなさいよ」と混ぜ返す。
    ◇
 由結と最愛が部屋から出て行くのを目の端で確かめながら、すず香はみなみを羽交い絞めにしている決行隊の一人を引き離し、さらに近くにいるもう一人につかみかかった。超音波マシンをフロアに落としてしまった決行隊は、すぐに咄嗟に近くにある椅子をつかみ上げて、すず香に向けて威嚇する。美少女2人が、相手の隙をうかがいながら睨み合っていた。

 フロアの超音波マシンを拾い上げようとするもう一人の決行隊に、みなみが覆いかぶさって、後ろ手に締め上げた。それをスルリと外して、再び、決行隊がマシンを手にした。
 今度はマシンを離さないようにと両手でしっかり抱きかかえている。みなみとすず香にマシンを向け、超音波を照射するためのトリガーに指をかけた。
「もうダメだ」とみなみは思わず、顔を両手で覆った。すず香にも絶望感が襲った。
 そのとき、集会所の出入り口から大きな声が部屋に響いた。

 そのとき、集会所の出入り口から大きな声が部屋に響いた。

「そこまでよ!」

 真代だった。隣には彩未の姿もあった。決行隊の2人に向けて、
「DT堂も沖本先生も、さっきクルマでここを出て行ったわ。もう、そんな武器を使っても意味がないの。あなたたちの計画はおしまい。エントランスにいたあなたたちの仲間も、全員、観念したわ」

 それを聞いた決行隊の2人は、暴れるのをピタリとやめ、その場にへたり込んだ。

 彩未がすず香のもとに駆け寄り、洋服の乱れをさっと直した。
「大丈夫? すぅちゃん」

「彩未ちゃん、久しぶり! 新しいアルバム、聴いたよ。カッコいいね!」

「まったく、それどころじゃないでしょ」と目に涙をためながら彩未が答えた。
 ゆっくりと立ち上がったみなみが、真代に言った。
「間一髪だったわ。ありがとう、まよよ。もうダメだって覚悟したよ」

「正面玄関でクルマのエンジンをかけてみんなを待っていたら、エントランスから研修生全員が逃げ出してきたのでびっくりしちゃって。それで、エントランスで誘導役だった彩未ちゃんとこっちに来たのよ」

 すず香は真代に尋ねた。「由結ちゃんと最愛ちゃんは大丈夫ですか? それに、トモミちゃんやヨウコちゃんも」

「みんな無事よ。集合場所の海岸で待っている。ここに着く前にコンビニでお菓子をいっぱい買っていたから、トモミちゃんやヨウコちゃんと一緒にそれでも食べて待っているはずよ」
 
 みなみが「じゃあ、引き上げましょ。まよよ、もう一台のクルマも正面に回しておいてくれる?」

「わかったわ」と言って、真代は走って集会所を出て行った。
 すず香を振り返ったみなみは、「すず香さん、さっき、どうして逃げなかったのよ」とたしなめるように言う。

「わかりません。体が勝手に動いちゃったんですよ。みなみさんが敵じゃないってわかったし」とこともなげに返した。

「あなた、イメージよりもずっと強いのね。でももっと賢くなりなさい」

「強くはありません。怖いです。今でも心臓がバクバクですよ。でも、これでもかなり賢いんですよ。みんな間違ったイメージで見ていますけど」と笑った。

 決行隊の2人は、その場ですすり泣いていた。
 計画の失敗、それにDT堂の幹部と沖本からがここから逃げていったことを見た決行隊のメンバーが、途方にくれたように集会所に集まってきた。
 みなみは、床で泣いている決行隊の2人に向かって言った。「さあ、あなたたちも立ちなさい。もうこんなことは終わり。沖本先生には私からちゃんと話すから、今までのようにAKPらしく実力主義でがんばっていきましょう。DT堂だって、こんなことが明るみに出たら大変だから、もう世界の終わりなんか諦めるはずよ」

 すず香は黙ってその様子を見ていたが、また由結と最愛の顔をちゃんと見ていないことを思い出し、早足で出口に歩き始めた。

 そのときだった。
 床にへたり込んでいた1人が突然飛び跳ねるように立ち上がってニヤリと笑うと、床に落ちていたマシンを拾い上げた。そして、すず香、みなみ、それに決行隊メンバー6人に向かっていきなり引き金を引いた。不気味な金属音が響き、すず香もみなみも真後ろの至近距離からまともに大量の超音波を浴びていた。全員の動きが一瞬止まった。それを見て、そのメンバーは今度は自分に向けて照射した。
 
 部屋の時間が流れていくのを忘れてしまったかのようになった。
    ◇
 彩未がちょっと目を離した隙の出来事だった。
 何が起こったのか即座には理解できなかった。
ただ部屋で唯一、超音波を浴びずにすんだようだった。
 すず香もみなみも、部屋にいた全員が無表情でその場に立ち竦んでいた。決行隊の一人が呆然と超音波マシンを手にしているのを見て、ようやく何が起こったのか、状況を察した。

「すぅちゃん!」

 彩未の悲鳴が響き渡った。すず香に駆け寄ると、その両肩に手を置き、強く揺さぶった。すず香の目は彩未を正面から見ているが、まったく表情が動かなかった。
「すぅちゃん、彩未だよ、わかる? あっちで由結ちゃんも最愛ちゃんもすぅちゃんのこと待っているんだよ。ねえ、すぅちゃん!すぅちゃんったら!」

 それでもすず香の表情は変わらず、感情のない顔で彩未の目をじっと見るだけだった。
 彩未の悲鳴を聞いて、再び真代が戻ってきた。その場を見るなり表情は凍り付き、両手で顔を覆いながら膝をついた。
 翌日、ネットやスポーツ紙のニュースには、事件のことはもちろん何も報道されなかった。
 その代わりに2つの短い芸能ニュースが人の関心を呼んだ。



【中橋みなみ、芸能界引退】
 
 AKP44の中橋みなみが同グループからの脱退を表明し、同時に芸能界も引退することがわかった。中橋は海外の大学への入学を目指し、勉強をスタートさせるという。

【BABYMETAL 中元すず香が休養】
 
 BABYMETALのSU-METAL(本名・中元すず香・17)は体調不良のため、しばらく活動を休止することが所属のアミューズから発表された。過労でしばらく入院加療が必要とのこと。今後、国内外のライブが予定されているBABYMETALは、当面、水野由結(15)、菊地最愛(15)の2人で活動を継続する。

—エピローグ— 


 東京近郊のアリーナで開かれたBABYMETALのライブには、3万人の観客が詰め掛けていた。
 SU-METALが休養に入り、YUIMETAL、MOAMETALの2人だけで活動するようになって1年近くが過ぎていた。以前の3人の時代のナンバーはほとんど封印され、ライブのセットリストは2人用に書き下ろされた新曲がほとんどだった。

 それでもBABYMETALの人気は衰えるどころか上昇一途で、それにともなって、ファンの間ではSU-METAL時代の活動が早くも伝説化していた。YUIMETAL、MOAMETALのダンスはもちろん、驚異的な進歩を遂げた歌唱力も含め、パフォーマンスレベルが上がれば上がるほどSU-METALの実力が神格化され、待望論が強くなるという不思議な現象が起こっていた。
    ◇
 この日のライブも大変な盛況のうちにエンディングを迎えた。

 アンコールを終え、由結と最愛は息を弾ませながら楽屋に戻った。

「今日のお客さんもすごいね。盛り上がり過ぎでヤバいくらい」と最愛が顔を上気させながら言う。

 由結も「ホントだね。でも、すぅちゃんはいつ復帰できるんだろ。アメリカの病院に入院してから、もう1年ぐらいになるけど」と言う。

「予想より入院が長引いたらしいから。その後にはニューヨークでリハビリとボイトレをするって話だったけど、今ごろどうしているんだろうね。いい加減に会いたいよ」

「うん。やっぱり3人揃わないとBABYMETALじゃないからね。ねえ、最愛、今度の休みに、アメリカに会いに行っちゃおうか」

「あ、いいね。彩未ちゃんも誘ってさ。それに、広島のトモミちゃん、ヨウコちゃんも行きたいって言いそう」

「きゃー、楽しみになってきた! すぅちゃんに会えるんだ」

「うん!なんか元気になってきた。元気になってきたところで、最愛、今日はこの後、何を食べて帰る? 由結はゼッタイにお肉を食べたいんだけど。カルビにハラミ、ロースとタン塩、それに......」

「山盛りのレバ刺しでしょ。しかし、すぅちゃんから焼肉に話をいきなりチェンジするなよ。由結のマイペースぶりに付き合っていると頭がクラクラするよ」
 そこに、プロデューサーのKOBAMETALが息を切らせながら2人の楽屋に入ってきた。

「客電を点けたんだけど、お客さんが帰らないんだよ。収まらないから、もう1曲いきたいんだけど、2人とも大丈夫?」

 あっけに取られたような顔で由結が答えた。「大丈夫ですけど、もう曲がないですよ」

「大丈夫だよ。神バンドには伝えてあるから、急いで最愛はステージ上手、由結は下手に回って。さ、早く!」とだけ言うと、すぐにKOBAMETALはステージ裏に駆け出していった。

 追い立てられるようにあわてて楽屋を出ながら「何を演奏するのか言ってなかったよね?」と最愛。
「もう1度、おねだり大作戦でもやるのかな?」と由結も首をかしげた。「でもパーカー着てないし」
「ま、神バンドさんがリードしてくれるだろうから、合わせていけばいいか」
「そうだね」
「でもKOBAさん、慌て過ぎだよね」

 2人は小走りのまま、ステージの裏に出た。

 上手と下手に分かれる分岐点でお互いの手のひらをパチーンと合わせると、「じゃ、後でね。今日はお肉だからね」と由結が言うと、最愛も「わかったわよ。なんだか最愛もおなかがすいてきたよ」と笑いながら、お互いにくるりと背を向け、自分のポジションに向かった。
    ◇
 そのとき、アリーナ全体が地鳴りのような歓声で揺れた。会場の客電が再び消灯したらしい。

 ステージをはさむ両端で由結と最愛が位置についた。相変わらず、何の曲をやるのかはわからない。イントロが始まったら合わせていくしかない。

 ドラムのカウントに続いて始まったのは、轟音を響かせた懐かしい3連のイントロだった。

「BABYMETAL DEATH」だ。

「えっ?」封印されていた曲が始まったことで、ステージをはさんだ由結と最愛がびっくりしてお互いの顔を見合わせた。

 そのとき、ステージ中央の下からゆっくりとゴンドラがせり上がってきた。
客席では地響きのような大歓声が巻き起こった。
 すず香が乗っていた。以前と同じように、顔の前できつねサインの両手をクロスさせていた。
由結と最愛は即座に状況を理解した。

 すず香は、優しい目を由結に向け、軽くうなずいた。

 さらに次に最愛のほうを見ると、小さくウインクをした。

 由結と最愛の瞳は見る見るうちに涙でいっぱいになっていった。それでも、2人とも絶対にそれをこぼさないようにと天井を見上げると、次の瞬間にはキリッとした表情に変わり、ステージ中央にゆっくりと一歩ずつ進んでいった。

 センターのすず香をはさんで、取り澄ました表情の3人が並ぶ。すれ違っていた時間が一つに重なった。

 そして、3人の声が美しくユニゾンした。 


「BABYMETAL DEATH !」


 —— 完 —— 



注:この妄想小説はフィクションであり、登場する人物、団体等、名称は実在のものとは一切関係ありません。あくまでも”しゃれ”です。フィクションでもしゃれでもないのは「作者のBABYMETALとさくら学院への愛」です。