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EMOS-METALさんのベビメタ小説(上)


タイトル未定  (EMOS-METAL)

―序章―
  
 奇妙な光景だった。
 東京ドームのステージでは、巨大アイドルグループAKP44のメンバーが華やかに唄い、踊り、観客をあおっていた。満員の客席では、誰もがステージ上のパフォーマンスに熱狂していたが、普段のライブとはどこか様子が違っていた。
 演奏される曲は、いつもの甘いポップミュージックではなく、ゴスペルをベースにテクノとハウスをミックスさせたミニマルサウンド。歌と演奏に身を任せていたオーディエンスたちは、徐々に自我を奪われ、トランス状態に入っていくようだった。そこにメッセージ性の強い歌詞がたたみかけてくる。
『今を壊せ』『時間を否定せよ』『未来を見るな』『国を疑え』『学校を信じるな』『すべては幻想だ』……。アイドルが発するとは思えないような過激なテーゼばかりだった。
 クライマックスに向かってそんなフレーズが延々リフレインされていく。トランス状態はスパイラルを描きながら上昇を続け、それがピークに達したとき、4万人以上の観客は誰もが涙を流していた。

 やがてコンサートは大団円を迎えた。ドームから吐き出された観客たちは、憑き物が落ちたように穏やかな表情に変わっていた。ただし、よく見ると、いったん彼らの目の奥に宿った狂気めいた光は、いつまでも熾火のようにくすぶっていた。

 時間を否定せよ。
 すべては幻想だ。


―第1章 世界は終わるのよ―
  
【1】 すず香
  
 前日までの厳しい寒気は北の海上へ抜けたものの、分厚い雲が日本列島をすっぽりと覆っていた。漠然とした不安をかきたてられるような生暖かい曇天模様。時折吹く強い春風が、歩道に散った桜の花びらを舞い上がらせた。
  
 ボイストレーニングのレッスンを終えた中元すず香は、酷使した喉を冷やそうと、行きつけのカフェに立ち寄り、お気に入りのミントアイスクリームを注文した。
「あぁ、喉が気持ちいい~」
 大好物に熱中するあまり、自分のテーブルの向かいの席に、芸能界の超大物プロデューサー、沖本康史がそっと座ったのに気づかなかった。
「そのアイス、もう一ついかがかな?」
 いきなり声をかけられたすず香は、あまりの驚きで言葉が出せず、頭だけをペコンと下げた。
「中元さん、ボクのことは知っている?」
「もちろんです。この業界で沖本さんを知らない人はいませんから」
「それはよかった。ずっとキミと話をしたいと思っていたんだ」
「私とですか?」
 怪訝そうな視線を正面から受け止めながら沖本はささやくように言った。
  
「世界は終わるのよ」

 意外な言葉に、すず香の目が大きく開いた。
「え? どういうことですか?」
「うん、それについて聞いて欲しい話がある。よかったら、これから僕と一緒に来てくれない? 今日のボイトレは終わったんでしょ。会わせたい人もいるし」
 戸惑いながらも、椅子からすっと立ち上がったすず香は、今度は折り目正しく丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありません。ほかの事務所の人と勝手に話すとアミューズに怒られちゃいます。それに、これからBABYMETALのメンバーの水野由結ちゃん、菊地最愛ちゃんとの約束もあるんです」
「心配ないよ。水野くん、菊地くんも呼んでいるから。それにKOBAMETALくんもね」と沖本は鷹揚に笑顔を返した。
「ああ、由結ちゃん、最愛ちゃんも来るんですか。それにKOBAさんもOKしているんなら大丈夫ですね。どこに行くんですか?」
「うちの事務所だよ。外にクルマを待たせているから、乗ってちょうだいな」
「はい。わかりました」
 並んでカフェを出た2人は、沖本のクルマに乗り込んだ。
「沖本さんがBABYEMETAL全員を集めて、どんなお話なんですか」
「世界は終わるのよ」
「???」
 再び、すず香は混乱した。ただ、そんな様子はおかまいなしに、2人を乗せたクルマは急発進した。

【2】 由結&最愛
  
 ダンスレッスンの休憩時間、水野由結と菊地最愛はロッカールームで汗をぬぐっていた。
「ねえ最愛、すぅちゃんとご飯食べるの久しぶりだね。何を食べる?」
「そうだなあ。野菜鍋なんてどう?サラダバー付きで」
「また野菜? パワーが出ないよ~」
「由結は何が食べたいのよ?」
「お肉よ、お肉!カルビにハラミ、ロースとタン塩、それに山盛りのレバ刺し」
 欧米人のように両肩をすくめながら最愛が言う。
「顔に似合わずパワフルだなあ、由結は。まあ、最愛は別にお肉でもいいけどね」
「由結、おいしいお肉のお店見つけたんだ。今夜はそこでいいかどうか、すぅちゃんにメールしてみる」
「うん、お願い」
 自分のバッグからスマホを取り出すと、由結はいきなり首をかしげた。
「あれぇ? 由結のスマホに知らないアドレスからメールが入ってる」
「え、何が書いてあるの?」
「えーと......何これ。『世界は終わるのよ』だって」
「それって、『LEGEND I』の紙芝居じゃん。って、え~? ちょっと待って、最愛のスマホにも同じメールが来てる。『世界は終わるのよ』って」
「うちら2人のメアド知っている人なんか、あまりいないよね。なんか気味が悪いな」
「ホントだよね……。あ、由結、次のレッスンが始まちゃう。考えるのは後にして、スタジオに行こ!」
「うん」
 お互いの手を取り合った2人は、急ぎ足でスタジオに戻っていった。

  【3】 すず香
  
 沖本のオフィスに到着すると、意外な人物がすず香を出迎えた。
「こんにちは、中元すず香さん。17歳にしては、なかなかのオーラを出しているね」
 AKPグループのリーダー、中橋みなみだった。
「BABYMETALの中元すず香です。よろしくお願いします」
「堅苦しいあいさつなんていいわ。テレビ局で会ったことあるでしょ。それより、どうするの? うちに来るの」
「え、何のことですか? 何も聞いていないんですけど」
「あなた、うちのグループに入る気があるのか、ってこと」
「すぅがAKPに?……それは無理です。今は何よりもBABYMETALが大切だし、次の活動を待っていてくれるファンがたくさんいるし」
 黙って2人のやり取りを見ていた沖本が口を開いた。
「実はキミがOKしてくれたら、水野くん、菊地くんにも来てもらう予定なんだ。つまり、BABYMETALをユニット丸ごと、うちのグループに移籍させたいと思っているんだよ」
「ちょっと待ってください。その前に、由結ちゃん、最愛ちゃんはいつここに来るんですか?」
「ここに来るなんて言ってないよ。呼んでいるとは言ったけど」
「そんな、ひどい」
「まあ、聞きなさい。ボクはBABYMETALを高く評価しているんだ。うちのグループでも、メンバーを再編成して、BABYパンク、BABYプログレ、BABYブルースなんかをスタートさせようとしているんだよ。ある大きな目的のためにね。BABYMETALにはその先頭に立ってほしいんだ」
「それって引き抜きじゃないですか。アミューズがOKするわけがないですよ」
 ふっと笑いながら煙草に火をつけ、沖本は余裕たっぷりに煙を吐き出した。
「弱肉強食の音楽業界だからね。キミと水野くん、菊地くんがOKすれば、どうにでもなる話さ。それにKOBAMETALくんにもうちに来てもらうつもりだし」
「由結ちゃんや最愛ちゃんだって、絶対に納得しないですよ。私たち、さくら学院のおかげでここまで来れたんです。アミューズを離れるなんて無理です」
「ふふふ、それはどうかな? だって、世界は終わるのよ」
「さっきからそれ、まったく意味わからないんですけど。とにかく、今日は予定があるので帰らせてください」
 終始、複雑な表情を見せていた中橋が口を開いた。
「まだ帰れない。もうしばらく、ここにいてもらうわ。BABYMETALは必ず私たちの一員になる。だって、世界は終わるのよ」
 相変わらず、言っていることは理解できなかったが、中橋の口調には高圧的な雰囲気はなく、むしろ多少の躊躇と気遣いが感じられるのが不思議だった。
 すず香は混乱した頭を必死に整理しながら、この場からどう立ち去ろうかを考えていた。

【4】 由結&最愛
   
「あれ~、すぅちゃんに電話、つながらないなあ」
 レッスンを終え、いつも通り、あっという間の早業で着替えをすませていた由結は、自分のスマホをにらみながら最愛に言った。
「なんでだろう。すぅちゃんには、この時間に電話する、って伝えてあったのにね」とシャツのボタンを留めながら最愛も小首をかしげた。「まあ、着歴見たら、すぐに折り返してくるでしょ」
「そうだね。じゃあ最愛、どこかでケーキでも食べて待ってようよ」
「喉も渇いたね。生ビールとイカゲソもいいな」
「何言ってるのよ。そこのカフェに入るよ」
「はーい♥」
 店に入ると、ケーキのショーケースを前に2人であれこれ大騒ぎしながらオーダーを決め、窓際のテーブルに陣取った。すぐに、それぞれが注文したケーキとジュースが運ばれてきた。2人ともフォークを手に取ると、なぜかテーブル越しにぐっと身を乗り出して、まず相手のお皿に乗ったケーキの味見から始めた。
「ん、それ、おいしい!」。2人の声がぴったりとユニゾンとなった。
 そこに大きなサングラスをした若い女性が近づいてきた。よく見ると、AKP44の刺原梨乃だった。
「こんにちは、由結ちゃん、最愛ちゃん。私、誰だかわかるよね」
 いきなり声をかけられて面食らった2人だが、同時にさっと椅子から立ち上がると、そろって深々とお辞儀をした。
「こんにちは。もちろんです。2度ぐらいテレビ局でお会いしています。刺原さんこそ、最愛や由結のことがよくわかりましたね。2人とも今日はお化粧もしていないのに」と最愛。
「わかるわよ。あなたたち若いからすっぴんでも変わらないよ。それに私だってBABYMETALのファンだし」
「やったね、最愛」
「おう、やったぜ! 由結」
 小さくガッツポーズをする2人に、いきなり真剣な顔になった刺原が言う。
「早速なんだけどさ、2人にちょっと話があるんだけど。今から私と一緒に来てくれない?」
 互いの驚いた顔を見合わせた由結と最愛。そして、再び同時に椅子から立ち上がると、そろって丁寧に頭を下げながら最愛が答えた。
「ごめんなさい。今日はダメなんです。すぅちゃん……中元すず香さんと待ち合わせをしているんです。ね、由結」
「そうなんです。大先輩である刺原さんのお話もゆっくり聞いてみたいんですが、今日は食事会というよりもミーティングみたいなもので、3人でいろいろ決めなくちゃいけないことがあるんです」
 今度は本当にうれそうに微笑みながら、刺原は答えた。
「それなら大丈夫。すぅちゃんは先に来て、2人のこと待っているのよ」
「え?どうして」と2人の驚いた声が再びユニゾンした。
「理由はいろいろあるんだけど……」ひと呼吸置くと、2人の顔を交互に見ながら、刺原は声を落として続けた。
「世界は終わるのよ」

 【5】 すず香
  
 いつの間にか、ソファで眠り込んでいたらしい。すず香はA-KIPAのオフィスで目を覚ました。部屋にはほかに誰もいなかった。
「あれ? すぅ、どうして眠っちゃったんだろう」
 外は日が落ちて暗くなっていた。窓ガラスを鏡代わりにし、自分の髪の毛をさっと整えると、バッグからスマホを取り出した。由結の携帯を呼び出す。ちょっと嫌な予感がしたけど、すぐに呼び出し音が鳴り、由結の声が耳に届いてきた。
「すうちゃん、どうしたの? さっきから電話しているのに、全然、出ないんだもん」
「ごめんね、由結ちゃん。すぅ、A-KIPAの事務所にいるんだ。ここでプロデューサーの沖本さんたちと話していたら、急に眠っちゃったみたい。今、何時?」
「夕方の6時前だよ。すぅちゃん、ホントにA-KIPAの事務所にいるんだ」
 ここで電話の声が変わった。
「すぅちゃん、最愛だよ。今、レッスン場近くのカフェにいるんだけど、ここにAKPの刺原さんが来てて。今、3人で話をしてるの」
「え、そっちには刺原さんが?」すず香は心の底から驚いた声を出した。
 最愛の声がささやき声に変わった。
「うん。世界が終わるから、一緒に来てって言われているの。なんか変なんだけど、どうしよう」
「すぅも沖本さんから同じことを言われてここに連れてこられたんだ。ねえ最愛ちゃん、今、この電話の中身、刺原さんにも聞こえちゃいそう?」
 最愛が声のトーンをさらに一段下げた。
「ううん、大丈夫。今、由結がいろいろ質問攻めにしているから」
「だったらそのまま聞いて。刺原さんと一緒に来ちゃダメ。A-KIPAの人たちの話、なんかヘンだし。すぅもここから抜け出すから、あとで合流しよう。うまく刺原さんと別れられる?」
「まかせといて。まいちゃうから」
「じゃ、お互いにメールで連絡しよう」
「うん、じゃ、切るね」
 すず香はスマホをバッグにしまうと、オフィスのドアをそっと開き、ビルの出口を探し始めた。

【6】 由結&最愛
  
 電話を切った最愛は、芸能界のことを興味深そうに聞いている由結にスマホを返し、刺原に「ちょっと失礼します」と声をかけて化粧室に向かった。個室に入ると、すぐに由結にメールを打ち始めた。
《会計は最愛がすませておくから、刺原さんに気づかれないようにお店を出て。事務所裏の公園で待ってるから》
 送信ボタンを押すと、化粧室を出て、おしゃべりに夢中になっている由結と刺原の様子を、少し離れた物陰からそっとうかがった。ちょうど由結が自分のスマホの着信メールに気づき、中身をチラリと見ると、一瞬「え?」という表情になったのが遠目にもわかった。が、刺原に気づかれないよう即座に表情を戻し、何事もなかったかのように話に相槌を打っている。
「さすが由結! 反射神経抜群だね」安心した最愛は、静かに会計を済ませて、カフェを出た。
 待ち合わせ場所の公園に由結が姿を見せたのは、10分ほど後だった。
「どうしたの、最愛。急にあんなメールが来たからびっくりしちゃったよ」
  先輩を置き去りにした罪悪感よりも、重大ないたずらをやり遂げた後の子供のように、どこかワクワクしている様子だった。
「刺原さんに気づかれなかった?」
「大丈夫だよ。『最愛がトイレから帰ってこないから、ちょっと見てきます』って言って、そのまま抜け出てきたから」
 最愛は自分の両手で由結の両頬を包み込むと、その手をグリグリ動かしながら言った。
「やっぱ由結は頼りになるよ」
「テンション上がった? 刑事ドラマみたいだね。で、何があったの?」
 すぅとの通話で聞いたことを話すと、それまでは笑顔だった由結の表情が不安に覆われていく。「いったい何が起こっているんだろ。早速、すぅちゃんに連絡してみようよ」
「うん。じゃ、今度は最愛がメール入れるね」とスマホを取り出しながら言った。
《最愛です。刺原さんをまいて、由結と2人になりました。これから「いつものお店」に行って、そっちで連絡を待っています》
 送信ボタンを押すと、不安そうに足元の石を蹴っている由結に視線を戻し、いたずらっぽい表情で「もう1個、ケーキ食べたくない?」と聞いた。
 自分を元気づけようという最愛の思いを察した由結も、不安をグッと押さえつけると、「ふん!」という真面目な顔を作り「食べるでしょ。そりゃ」
 通りかかったタクシーに2人で乗り込み、以前からBABYMETAL3人が行きつけにしている「いつものお店」である都心のカフェ「楽園」に向かった。

【7】 すず香
  
「見つかったらどうしよう?」
 足音をたてないようにA-KIPAの事務所を出たすず香は、意外にあっさりとビルのエントランスから外に出ることができた。幸いなことに、誰にも見つからなかったようだったが、緊張で膝小僧が少し震えていた。
 A-KIPAの裏通りは、夜になると昼間の喧騒がうそのように人通りが少なくなる。今にも自分の心臓の音が聞こえそうで、心細くなったすず香は、タクシーを止めて乗り込んだ。BABYMETAL行きつけのカフェ「楽園」の場所を運転手に伝えると、最愛にメールを打つためにスマホを取り出した。まさにその瞬間、最愛からのメールが着信した。
 2人は刺原をまいて、自分と同じく楽園カフェに向かっているという。すず香は、「さすがBABYMETALは以心伝心だな。楽園カフェならオーナーさんもスタッフさんもみんな知り合いだから安心だもんね」と独り言を言いながら、《すぅも脱出成功。タクシーで楽園に向かってます》と返信した。
 1分も経たずに、最愛からのメールが返ってきた。
《すぅちゃんGood Job!うちらはもう楽園に着いて、今、由結が3個目のケーキを食べてます。晩ご飯にはお肉を食べたいんだって》
 思わず噴き出してしまい、運転手がバックミラー越しにこちらを見たのに気づいた。
「まったく。由結ちゃん、ますますほっぺがプニプニしたって知らないから」
 今度は運転手に聞こえないようにつぶやくと、由結、最愛の弾けたような笑顔が目の前に浮かんできた。それだけで、ぐったりと疲れて冷え切っていた全身に、一気に血がめぐり、心がふんわりと温かくなっていた。
 早くあの2人に会いたい――。そんな思いが猛烈に高まっていくのを感じた。

【8】 すず香
  
 由結、最愛と待ち合わたカフェ「楽園」は、繁華街のにぎやかな通りから数ブロック奥に入ったところにある。表通りでタクシーを降りたすず香は、クルマが1台通れるかどうかの細い一方通行を歩いて入っていった。30メートルほど先にカフェ「楽園」の控えめな看板が見えてきたところで、チラリと交差点のミラーに目をやった。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。AKPの中橋が、自分の数メートル後をつけてきているのがミラーに写し出されていたのだ。
 (そうか、すぅは泳がされていたんだ。刺原さんが由結ちゃんと最愛ちゃんを見失ったから、今度は私が合流するのを待っていたのね。A-KIPAの事務所を簡単に抜け出せたのもこのためだったのか)
 瞬時に状況を理解したすず香は、猛烈な勢いでバクバクと打ち始めた心拍を整えようと、そっと深呼吸をする。カフェ「楽園」手前の路地を曲がり、その先のファストフード店へと入っていった。カウンターで注文したオレンジジュースを手に、2階の客席へ。店内は空いていた。一番奥の席に座るなり、あわててスマホを取り出すと、最愛の番号を呼び出した。相変わらず、膝小僧がガタガタと震えていた。

【9】 由結&最愛
  
 3つ目のケーキを食べ終えた由結は「ふーっ」と大きく息をつき、ピーチティーの残りを一気に飲み干した。
「満足した? 由結」大きなえくぼを作った最愛が、あきれたような笑顔で尋ねる。
「うん。満足した。けど、アップルパイを食べていないのが心残り」
「ちょっとぉ! いくら由結でも、それ以上食べたら太るよ。MIKIKO先生に怒られても知らないよ」
「なんか不安だから、アップルパイでも食べてなくちゃ落ち着かないよ。ねぇ、最愛も食べようよ」
「よく言うよ。それに最愛だって、もうケーキ2つ食べてるんだからね。これ以上食べたら、晩ご飯を食べられなくなっちゃうよ」
「だったらアップルパイはあきらめるの?」と小さな子供のような口調で言う由結。
 怒ったような、笑ったような、泣いたような複雑な表情を見せながら最愛が返した。
「もうっ! 食べるに決まっているでしょ。由結だけがおいしそうに食べるのを黙って見ていられるわけないじゃん」
 パッと花が開いたような笑顔になった由結。「だよね、だよね。じゃあマスターさん、アップルパイ2つ! それにピーチティーもお代わりください」と大きな声で注文した。
「やれやれ。それにしてもすぅちゃん遅いね。タクシーでここに向かってるって言ってたけど」と最愛。
「うん、そろそろ着いてもいいころだよね」
 そのとき、最愛のスマホの着信音が鳴った。
「あ、すぅちゃんだ!……もしもし、すぅちゃん、今どこにいるの?」
「ああ、最愛ちゃん、今、すぐ近くの……」とすず香の声が届いたと思ったら、いきなり電話がプツンと切れた。
「あれ? 切れちゃった。電波が悪いのかな?」と怪訝そうな表情を見せながら、すぅのスマホに折り返した。
「おかしいなあ。呼び出し音は鳴っているけど、すぅちゃん、出ないよ」
「呼び出しているってことは、電波は届いているってことだよね」と両腕を組んだ由結が、窓から外を見ながら言った。
「今、すぐ近くの、って言ったところで切れちゃった。なんか焦っているような声だった」
「近くまで来てるってことか。心配だなあ。探しに行こうか」
「そうだね。ここのマスターさんに、すぅちゃんが来たら、最愛か由結に電話をするように言ってもらえばいいしね」
「そうしよう。マスターさ~ん、ごめんなさい! やっぱりアップルパイはキャンセルしてください。それでは、すぅちゃん捜索隊、レッツゴー!」
 2人は同時に右手の拳を振り上げて、席から立ち上がった。

【10】 すず香
  
 ちょうど最愛の声が電話から聞こえた瞬間だった。ゆっくりと階段を登ってきた中橋の姿が目に飛び込んできた。皮肉な笑顔を浮かべて、すず香のテーブルに一直線に近づいてくる。
「尾行、気づかれちゃったみたいね。素人に探偵の真似は難しいな」
 全身から冷や汗が吹き出した。最愛とつながったばかりの電話は、自然に親指が動いて切っていた。
「中橋さん、なんで私の後をつけてくるんですか? 今日はお話しするつもりはありません」
「だって刺原が由結ちゃん、最愛ちゃんに撒かれちゃったんだもん。ホントに刺原って使えないヤツ。あなたの後をつければ、2人と合流するはずでしょ。どうしても、沖本先生の話を3人一緒に聞いてほしいんだよ」
 手に持ったスマホが振動を始めた。最愛からの折り返しだろう。すず香はおなかにグッと力を入れると、覚悟を決めた。どんなに心細くても、由結と最愛を巻き込むわけにはいかない――。心の中の弱気を追い払うと、中橋のきれいに整った顔をにらみ返し、はっきりと強い口調で言った。
「今日は無理です。それに何を言われたって、私はアミューズを離れるつもりはありません」
 鼻で笑いながら、中橋は言う。「だって、世界が終わったら、BABYMETALだって活動できなくなるんだよ。あなたたちが大好きなさくら学院だってなくなっちゃうし」
「さっきから何度も世界が終わるって聞きましたが、どういうことなんですか?」
「私の口からは言えないよ。だから、BABYMETALの3人で沖本先生の話を聞いてほしいんだよ。これから由結ちゃん、最愛ちゃんと会うんでしょ。さあ、私も連れて行って」
 すず香の隣に腰をかけると、有無を言わせぬ口調で迫った。
 人はまばらな店内だが、周囲がこちらの様子を横目で気にし始めたようだった。とはいえ、さすがにAKPとBABYMETALが揉めていることまでは想像していないようだった。
 すず香は毅然とした口調で言葉を返した。
「よくわからないお話で、由結ちゃんや最愛ちゃんを巻き込むわけにはいきません。とにかく今日は家に帰ります」
 大ききなため息をつくと、中橋はあきれたように言った。
「あなた、もっと賢い子かと思った。そんな大きな声を出して、騒ぎになり、マスコミにでも書かれたら、BABYMETALもAKPも世間から変な注目を集めて、活動できないようになっちゃうわよ。アミューズにも迷惑がかかるし、何よりも由結ちゃんや最愛ちゃんの夢を潰すことにもなる。それでもいいの?」
すず香は言葉に詰まった。すかさず中橋が続けた。
「あなたに何かを強制しようっていうんじゃない。同じ芸能界にいるんだから、そんなことができないことはわかるでしょ。ホントは私だって、こんなことはしたくない。でもこれから世界は大変なことになる。だから、私たちに力を貸してほしい、ってことなの」
 強引なだが、不思議なことに、中橋の目に邪悪な色は見つけられない。むしろ、すず香に対する気遣いのような気配さえ感じた。
「わかりました。とにかく沖本さんのお話は聞きます。ただし、今日は私一人です。由結ちゃん、最愛ちゃんはまだ中学生だし、ご両親も心配すると思います。だから、今日は私だけにしてください」
 中橋の視線を跳ね返しながら言った。
「思ったより強いのね。仕方ないわ」中橋は意外とあっさりとあきらめたようで、自分のスマホを取り出した。「もしもし、沖本先生ですか? すず香さん、どうしても今日は由結ちゃん、最愛ちゃんと会わせないって言い張っているんです。どうしますか?」
 しばらく小声で話をした後、すず香の方に顔を向けて言った。
「沖本先生は、今日はあなただけでいいってさ。外にクルマを用意してあるから、一緒に乗ってちょうだい」
 すず香は黙って、コクリとうなずいた。

【11】 由結&最愛

 カフェ楽園を出た2人は、大通りに向かって並んで歩いた。昼間に比べると、一気に気温が下がり、風が吹くと一気に体温が奪われる。由結は黒、最愛がグレーのスプリングコート姿。今日はどちらも実年齢よりも少し大人っぽく見える。
「まず、どこを探そうか」と由結。勢いよく店を出たところまではよかったが、2人に具体的なアイデアがあるわけではなかった。
「とにかくタクシーが停まりそうな表通りに出てみよう。にぎやかなほうが、うちらも心強いし」と最愛が答える。不安が2人をいつもより早歩きにさせていた。
「やっぱり、誰か大人に相談したほうがいいよね。うちらのパパやママだと事情がわからないだろうから、やっぱKOBAさんかMIKIKO先生かなあ」と由結が切り出したところで、2人は大通りに出た。
「うん。だけど、その前にすぅちゃんと話をしなくちゃ。最愛と由結は、ほとんど何も知らないんだから。憶測で騒ぎを大きくして、沖本さんを怒らせたりしたらアミューズに迷惑がかかるし」
「それもそうだね」と言った由結の目が、大通りの反対側に注がれたとたん、大きく見開かれた。「あ、すぅちゃん!」
 停車中の大きな黒いワゴン車に、ちょうどすず香が乗り込むところだった。すぐ後ろに中橋の姿も見える。由結と同時に気づいた最愛が大声で「すぅちゃん!」と呼びかけたが、交通量の多い通りの向こう側には届かない。すず香たちを乗せたワゴン車はすぐに発車し、あっという間に遠ざかって行った。由結と最愛は呆然と見送るしかなかった。2人とも世界から取り残されたような不安と心細さを感じていた。
「どうしよう」こんなときだというのに、やっぱり2人の声はユニゾンになり、涙袋は同じように大きく膨らんでいた。
 ふと由結が思い出したように言った。
「ねえ、彩未ちゃんに相談してみない? 芸能界のこともよく知っているはずだし、AKPのメンバーにも親しい人がいるって言ってたし」
「そうか。そうだね。いい考えかもしれない。彩未ちゃんに電話してみよう」
 最愛はバッグから涙をぬぐうハンカチと一緒にスマホを取り出した。

【12】 由結&最愛、彩未

 由結と最愛がカフェ楽園に戻ってから1時間ほどして、武藤彩未がやってきた。カウンター席にちょこんと並んで腰をかけて、泣きそうな顔をしている2人を見るなり、その空気に不似合いな明るい声をかけた。
「由結ちゃん、最愛ちゃん、どうしたの? しょんぼりしちゃって、いつも元気な『ゆいもあコンビ』に似合わないよ」
「彩未ちゃん、こんな時間に呼び出しちゃってゴメンなさい。どうすればいいかわからなくなっちゃって」と最愛。
 にっこりと笑った彩未は、カウンターの2人の席の間に立つと、両腕で最愛、そして由結の肩を自分の胸に引き寄せ、それぞれの髪の毛をそっと撫でた。
「彩未だって、久しぶりに由結ちゃん、最愛ちゃんに会えてうれしいよ。今日、明日はお休みだから、全然大丈夫。さあ、何があったのか話してみて?」
 限界まで耐え抜いてきた由結、最愛の涙腺は、このとき同時に決壊した。

【13】 彩未、由結&最愛

 2人の話を最後まで黙って聞いた彩未は、「ヘンな話だね。なぜA-KIPAがBABYMETALに関心を持つのかな」と首をかしげた。「少なくとも、すぅちゃんが連絡もなしに2人の前から消えちゃって、しかも行方不明なのだから、ただ事でなないよね」
「でしょ。すぅちゃんがクルマに乗せられたとき、一緒にいたのはAKP44の中橋みなみさんだったと思う。ね、由結」
「うん、遠かったけど、顔ははっきり見えた。なかみなさんだった」
 有名人の固有名詞が出たことで、彩未は人差し指を自分の唇に当てると、小声で「しーっ」と言いながら続けた。「手がかりは3人が聞いている『世界は終わる』っていうフレーズだけだね。だけど、すぅちゃんがA-KIPAのクルマに乗っただけじゃ警察に届けるわけにもいかないし、アミューズにも相談しにくいよね。それに、すぅちゃんは無理やり誘拐されたわけじゃないんでしょ」
「自分からクルマに乗り込んだよ。今はスマホも切っているみたい」と最愛。
「わかったわ。心配だけど、いくらなんでもA-KIPAが乱暴はしないでしょ。だから今日は遅いから2人ともおウチに帰りなさい。2人のママには彩未から、遅くなった言い訳の電話をしてあげるから」
 由結が上目勝ちに尋ねた。「彩未ちゃんは、どうするの?」
「ウチの親だって心配するから、まずはおウチに帰って調べてみるよ。AKPなら渡辺まよよさんの携帯番号を知っているし、ほかにも心当たりを探してみる。明日、また3人で会いましょう。でも、この話はまだ秘密ね。2人が言ったとおり、たいした話じゃなかったら、大勢に迷惑をかけることになっちゃうからね」
「うん、誰にも言わない」この日最後のユニゾンだった。
 最愛が「明日はレッスンもないから、由結と2人で彩未ちゃんの連絡待っているね」と言うと、由結も「彩未ちゃん、来てくれてありがとう。すぅちゃんのことは心配で心配で仕方ないけど、明日も彩未ちゃんと会えるからちょっとうれしい」と少し元気を取り戻したようだった。
「彩未だって、また2人に会えるからうれしいよ」ともう一度、両手で2人の肩を抱いた。

―第2章 破壊、再生、歪み―

【1】 すず香

 AKPの事務所を出た時、時刻は夜の10時を回っていた。
 沖本の話は驚くべきものだった。とはいえ、世界が終わる――、その意味と重大性をすず香自身がはかりかねていた。自宅に戻り、ずっと切っていたスマホのスイッチを入れると、由結、最愛からの着信とメールが数え切れないほど入っていた。
 そして武藤彩未からのメールも。
《すぅちゃん、大丈夫?由結ちゃん、最愛ちゃんが心配しているし、彩未も心配。連絡して!》
 まだ3人には何も話せない。自分がよく理解できないうちに、由結、最愛、それに彩未に話せば、事態だけが先に進んでいき、取り返しが付かないことになりかねない。
「本当に世界は終わるのか、まず、それを自分の目で確かめなくちゃ」
 口に出して言うと、そのまま自分の決意に変わった。再びスマホの電源を切ると、クローゼットから海外旅行用のトランクを出し、荷造りを始めた。
 荷物の準備が出来ると、両親、姉がいるリビングルームに行き、「新学期が始まるまでの春休みの間、ダンスの合宿があるからしばらく帰れないんだ。明日はみんなが寝ている間に出て行くね」と伝えた。

【2】 由結&最愛

 翌日の午前8時、由結の自宅に最愛がやってきた。笑顔で出迎えた由結の母親に、「朝早くからごめんなさい。今日は由結と一緒にやることがいっぱいあるんです」と詫び、すぐに由結の部屋に向かった。いつもは朝寝坊の由結も、この日は早くからパッチリと目を覚まし、シャワーと着替えを済ませて最愛の到着を待っていた。
「おはよう、最愛。ちゃんと眠れた?」
「うん。いろいろ考えようと思ったのに、疲れていたからすぐに眠っちゃったよ。由結は?」
「由結も帰ってきたらバタンキューだった。最愛、朝ごはん、まだでしょ? ママがパンケーキ焼いてくれてるから一緒に食べよう」
「あ、うれしい! でもウチら、昨日から甘いものばかり食べてね?」
「ハードなレッスンをしているから大丈夫だよ。昨日は晩ご飯に予定していたお肉、結局食べ損なったし」
「じゃあ、そういうことにしとこう」
 ノックの音がして、由結の母親がシロップやクリームの代わりにフルーツを散りばめたパンケーキとサラダ、ミルクを運んできた。
「カロリー控えめよ。おデブのブラックベビーメタルじゃファンが悲しむでしょ」とウインクした。
「さすが、由結のママ!」この日1回目のユニゾンとなった。

【3】 彩未、由結&最愛

 ちょうど2人がパンケーキを食べ終えた時、由結のスマホの着信音が鳴り響いた。彩未からだった。
「おはよう。由結ちゃん、ちゃんと眠れた?」
「うん。ばっちり。もう最愛も由結の部屋に来てるよ。で、彩未ちゃん、何かわかった?」
 由結の耳元のスマホに、最愛もぴったりと耳を近づけて話を聞いている。
「少しだけわかったことがある。今から彩未もそこに行っていいかな?」
「うん。由結のママのフルーツパンケーキでおもてなしするわ」
「やっほー! じゃあ、悪いんだけど、ママに2人分お願いしておいてくれる?」
「もちろんいいけど、誰か一緒なの」
「うん、会ったら2人ともびっくりすると思うよ。楽しみにしていて!」
 スマホに耳をあてたまま、至近距離で目を見合わせた由結と最愛。
「オーケー! じゃ、待っているね」
 30分もしないうちに、水野家のチャイムが鳴った。由結と最愛が迎えに出ると、玄関には彩未が笑顔で立っていた。その向こう側には真っ赤なセダンタイプのドイツ車。運転席から降りてきた相手を見て、由結と最愛は、この日2度目のユニゾンをした。
「渡辺さん!」
 彩未の同行者は、AKP一番の人気者、渡辺真代だった。
「由結ちゃん、最愛ちゃん、おはよう。お久しぶりね」
 由結と最愛は、すぐに警戒の表情を浮かべた。それも当然だ。昨日の中元みなみや刺原梨乃の行動を見て以来、2人にとってAKPは得体の知れない怖い対象に変わっていたのだから。
 それを察した渡辺は、彩未をチラッと見た後、テレビでよく見せる華やかな笑顔で言った。
「大丈夫よ。私は『世界は終わるのよ』なんて言わないから。安心して」
「そう。昨日、電話で話たんだけど、まよよさんは大丈夫。味方だよ」と彩未が言うと、緊張が解けた由結と最愛はそろって「ふーっ」と大きく息を吐いた。

【4】 まよよ、彩未、由結&最愛

「おいし~い」彩未と真代は、由結の母親手作りのパンケーキを食べながら声をそろえた。
 2人が食べ終わるまでの間、由結と最愛は、由結のベッドの上に並んで腰をかけ、じっと待っていた。ぴったりと肩を寄せ合い、立てた膝の上に両ひじを突いて、両手に顔を乗せている。2人ともまったく同じポーズだった。
「こうして見ると、あなたたち、ホントに双子ちゃんみたいだね」真代が面白そうに笑う。
 しびれを切らしたように、最愛が言った。「渡辺さん......」
 ハンカチで軽く口元を押さえながら「まよよでいいよ。それに2人の聞きたいことは全部わかっているつもり」と穏やかに答えた。
 ひとつうなずいた最愛は、もう一度、切り出した。「じゃあ、まよよさん。すぅちゃんはどこに行っちゃったんですか? 昨日も今日も電話に出ないし。ご家族も心配していると思うんですけど」
  まず先に彩未が口を開いた。
「今朝、彩未がすぅちゃんのお姉さんの姫ちゃんに電話してみたんだ。すぅちゃんは新学期まではダンスの合宿があるって、朝早く家を出たって言ってた。とくに変わった様子はなかったみたいで、家族も誰も心配していなかったよ」
「ダンスの合宿? そんなの由結も最愛も聞いてないよ」と由結。
「それはそうでしょ。A-KIPAの合宿だから」と冷静な口調で真代が答えた。
「アミューズに黙ってA-KIPAの合宿なんて、ゼッタイにありえないよ」と最愛が声を強めると、それを予想していたように真代が言った。
「すぅちゃんは2つのことを確かめるために、自分から出かけていったんだと思う。1つは、本当に世界が終わるのか? そしてもうひとつは、由結ちゃんと最愛ちゃんにとってどんな選択が一番いいのか? すぅちゃんは、自分のことよりも、あなたたちのことをまず考えたんだと思う」
 由結と最愛には、まったく意味がわからなかったが、声を出さず、じっと次の言葉を待った。

【5】 真代

 ポットの紅茶を運んで来た由結の母親が、代わりに空いた食器を手に部屋を出て行った。
 真代は「これはAKPの中でも、ほんの限られたメンバーしか知らされていないことなんだけど」と前置きし、ゆっくりと話し始めた。
「世界が終わるっていうのはね......今までの音楽業界がいったん破壊されてゼロになり、まったく新しいショービジネスの世界が始まるってことなの。口で言うと単なる新陳代謝が起きるだけみたいに感じるかもしれないけど、そんな呑気な話ではないの」
 真代の話はこうだ。
 日本最大の広告代理店DT堂は、音楽業界全体の売れ行きが落ちていくことに焦りを感じていた。自分たちが投資し、仕掛け、大きな利益をもたらしてきたA-KIPAの勢いにもやや陰りが見え始め、ファンの興味も分散していった。音楽界で圧倒的な覇権を握ってきたDT堂は、そんな状況に苛立ち、いったんすべてをスクラップにして、すべて自分たちがコントロールできる世界の再構築を目指した。
 「テレビも新聞も雑誌もネットも、DT堂が圧力をかけて、近々、すべての情報を出なくさせるつもりなの。ほんの半年ぐらいの間だけど、日本のすべてのメディアから、芸能音楽の話題が完全に消える。といっても、本当に消えちゃったら大騒ぎになるから、その間、ニュースもテレビ番組も雑誌のグラビアもラジオ番組も、すべて事前に用意されたものが少しずつ出されていくの、その間に既存のシステムを全部組み替えちゃおうっていうことなの」
 由結も最愛も、そして彩未も唖然としていたが、黙って真代の話を聞いていた。
「それこそ、ロックもポップスも演歌も、DT堂に利益をもたらさないアーティストはすべて淘汰されるわ。もちろん、アイドルの世界は真っ先に大胆な再構築が始まる。そこでDT堂が真っ先に目をつけたのが沖本先生だったのよ。いったん国内の全アイドルの活動を出来なくして、目をつけためぼしいタレントを先生が全部ピックアップしていくの。もちろんAKPだって例外じゃない。全国のグループは全部解散。沖本先生のメガネにかなった1割ぐらいを残して、すべてを再編成するつもりなのよ」
「じゃあ、さくら学院も?」と泣きそうな声で由結が聞く。
「結構、厳しいわ。でもそれは『ままクロ』も『でんき組』も『ku-te』もみんな同じなの。彩未ちゃんはプロジェクトのメンバーとしてリストアップされているけどね」。真代は伏せ目勝ちにそう言った。自分の存在が認められたというのに、彩未は後輩たちのことを思ってむしろ悲痛な表情になった。
「ちょっと待って。まゆゆさんは選ばれたメンバーに入っているんでしょ」と最愛が強い口調で言うと、真代は控え目にうなずいた。「だったら、沖本さん側の人じゃないですか! どうして、ウチらにそんな話をしてくれるんですか?」
「納得できないからよ。たったひとつの広告代理店が、いろんな女の子の夢や人生をコントロールするなんておかしいじゃない! この世界で人気を得るためには、実力や努力、それに運が欠かせない。人気が出たら、それを維持するためにがんばるし、人気が下がってきたらもっと努力をする。それでもダメならやめるしかない。プロなんだから当然よね。そんな厳しい世界だからこそ、みんなが憧れる輝きを放つんだよ」
 そこまで一気に言うと、少し声のトーンを落として「世界の終わりなんて止めなくちゃいけない。そんな歪んだ世界にいるぐらいなら、引退して普通の女の子になったほうがましだわ」
 3人に向けてというよりも、自分に言い聞かせているようだった。
 フワフワとしたお姫さまキャラのように思っていた真代の、意外な強い一面を見て、3人はまったく言葉を出せずにいた。
「それでね......」冷めかけたミルクティーを一口飲むと、冷静な口調に戻っていた。「どうして沖本先生がBABYMETALに目をつけたかというと」
 ここで彩未が真代を遮った。「それは人気、実力ともに無視できる存在ではないでしょう」と自慢げに言う。後輩の活躍が誇らしくて仕方がない様子だった。
「もちろんそれもある。だけどDT堂と沖本先生は、もっと大きな国際戦略を描いているのよ。BABYMETALは欧米で大成功したでしょ。KOBAMETALさんの戦略がうまくいったのね。このモデルをそっくりほかのアイドルにも応用しようとしているの」
 彩未が口を尖らせながら反応した。「そんなのは無理です。BABYMETALはすぅちゃん、由結ちゃん、最愛ちゃんの3人だから成功したわけで、誰でも同じことができたわけじゃない」
 由結と最愛にはまるで別世界の話だった。呆然として、一言も発せられずにいる。
「彩未ちゃん、そういうことじゃないの。DT堂と沖本先生は、自分たちが集めたアイドルたちの中から、さらに精鋭を集めて国際部を編成しようとしているのよ。BABYMETALの活躍で、世界には日本の女の子たちが活躍できるマーケットがあることがわかったでしょ。それで、今、A-KIPAが秘密に進めているのが北米向けのBABYブルース、ヨーロッパ向けのBABYプログレとBABYパンク、中米向けのBABYレゲエ、南米向けのBABYサンバの養成なの」
 聞いていた3人は思わず苦笑いを浮かべた。そんな安直な思いつきで、BABYMETALのレベルに達するとは思えない。そんな空気を感じた真代が続ける。
「そう。BABYMETALには、すでに海外で認められるだけの実力が伴っているわ。だからこそ、D堂と沖本先生は目をつけたのよ。今後、いろいろなユニットが海外ツアーに出るけれど、すべては人気と実績のあるBABYMETALの前座として行くの。これで集客の心配はなくなるわけだし、現地の話題も集めやすいでしょ」
 彩未は憤慨しながら言った。「ひどいよ。ここまで3人がどんなに努力をしてきたかも知らないくせに、それに便乗するなんて」
 真代は少し悲しそうな顔になった。「沖本先生だって悩んだの。だって、自分が一生懸命育てた子たちを大量に切らなくちゃいけないんだから」
「でも」と言いかけた彩未の言葉を遮って、真代が続けた。「彩未ちゃんの言いたいことはわかるよ。沖本先生は間違ってる。でも本当にズルいのはDT堂よ。大物プロデューサーの沖本先生だって、すべてのメディアを掌握しているDT堂が離れちゃったら何もできなくなっちゃうもん。だから、DT堂が言うとおり、いったん世界を終わらせて、ノアの方舟に本当に才能のある子たちだけを乗せるしか選択肢はなかったの」
 黙っていた由結が、一番気にしていたことを口にした。
「まよよさん、世界の終わりについてはなんとなくわかりましたが、すぅちゃんはどうなるんですか? この話、すぅちゃんも知っているんですか?」
「すぅちゃんも昨日、沖本先生から話の大筋は聞かされたはずよ。そして、プロジェクトに協力を求められた。たぶん、すぅちゃん自身は、どうすべきか決められないので、今日からのA-KIPAの合宿に行って、様子を見極めようとしているんだと思うわ」
「行く前に最愛たちに相談してくれればいいのに」と下を向いたまま最愛がつぶやく。
 真代は由結と最愛の正面に回って、2人の手に自分の両手を重ねながら言った。
「私もAKPの大切な後輩や妹分が切られちゃうの。それも私が世界の終わりを止めなくちゃいけないと考えている理由のひとつだわ。そんな立場の私だからこそ、すぅちゃんの考えていることがよくわかるんだけど」とひと呼吸置いて続けた。
「すぅちゃんは、BABYMETALのすべてが大好きなのよ。それ以上に何よりも、最愛ちゃん、由結ちゃんのことを大切に思っている。今回のことが、2人のためになると確信できるのなら、すぅちゃんは沖本先生の申し出を受けるはずよ。だけど、そうじゃなかったら、自分たちが心血を注いできたBABYMETALが変なことに利用される前に解散してもいいと考えたんじゃないかな。たとえ世界が終わったとしても、3人の絆があればBABYMETALはいつでも出直せるって信じているんだと思う。だから、これから進むべき道、BABYMETALの未来をきちんと見極めてから最愛ちゃん、由結ちゃんに相談しようとしているんだよ」
「すうちゃん......」
 由結と最愛の泣きそうな声がユニゾンした。
 ここまで話すと、真代は3人を均等に見ながら立ち上がった。
「そろそろ、行きましょうか」
  え?と顔を見合わせた3人。「行きましょうって、どこに?」と彩未が聞く。
 真代は少し緊張を浮かべながら答えた。「すぅちゃんを救いに行くの」
「救いに行くって......、すぅちゃんに危険はないんでしょう。沖本さんたちの海外戦略にとって、すぅちゃんは切り札的存在なんだから、悪い扱いはしないと思うんですけど」と彩未。
「実はそんなに簡単な話じゃないのよ。この先に、もっとひどい話が隠れているの。詳しいことはクルマの中で話すから乗ってくれる?」
  由結と最愛、それに彩未は、同時にコクリとうなずいた。


【6】 由結&最愛、彩未、まよよ
 
 真代が運転するセダンは、近くの首都高入り口を登っていった。助手席の彩未は、緊張した表情で前をしっかり見据えている。リアシートの由結と最愛はどちらともなくつないだ手を離さずにいた。
「まよよさん、私たち、どこに向かっているんですか? そして、すぅちゃんを助けるってどういうことなんですか?」沈黙を破るように由結が切り出した。
 注意深く車線変更をしながら、真代は言葉を返した。
「行き先はC県K市。今回のプロジェクトのために、DT堂が海辺のリゾートマンションを1棟丸ごと買い取って、合宿施設を作ったの。沖本先生に声をかけられたタレントたちは、そこに集められてトレーニングを受けているのよ。すぅちゃんもそこにいるわ」
「助けに行くってことは、すぅちゃんにも危険があるんですか?」と由結が心配そうに尋ねた。
「うん。実はDT堂は、今回の目的のために、すごく汚い手段を使おうとしているの」と真代。
「汚い手段?」最愛が心細そうにに言う。
「そうなの。実は合宿では洗脳に近いことが行われるらしいのよ」
「洗脳?」思いがけない言葉に驚いた彩未が、シートから飛び上がりそうになった。
「詳しいことまではわからないんだけど、なんでもイスラエル軍が作った民間用の超音波武器があって、それを浴びた人は、正常な思考力が奪われて、目の前で言われたことをそのまま受け入れちゃうらしいの」
 ここで一呼吸置いた真代は、さらに驚きの事実を伝えた。
「先週、APKが東京ドームでライブをやったのは知ってる?」
「知ってます。仕事があったので行けなかったけど」と彩未。
 まよよは眉を寄せながら言葉を続けた。「来れなくてよかったわ。私も一昨日までインフルエンザだったから出演できなかったの。それで今回の合宿にも呼ばれなかったんだけど。それはともかく、今回のドームライブのセットリストには今までのヒット曲は一切なく、聴いたことがない新曲ばかりだったのね。テクノとハウスをミックスしたような曲ばかり。このとき、D堂はドームの天井スピーカーから客席全体にその超音波をシャワーのように浴びせたらしいの。ドームならそれができるからって、実験をしたのよ。そうしたら......」
「そうしたら?」由結と最愛が心配そうに身を乗り出してきた。
「そうしたら、お客さんはみんな自分を失っちゃったみたいになって、AKPが発した過激なメッセージを全部信じ込んじゃったみたいなの」
「過激なメッセージ?」と彩未。
「今を壊せとか、すべては幻想だとか......。そんなメッセージ内容ななんでもよかったんだろうけど。果に満足したDT堂は、今度は合宿に来たタレントたちが、自分たちに疑問を持たないように、超音波を使おうとしているらしいのよ。もちろんすぅちゃんにもね。そんなことをされたら、すぅちゃんの意志とは関係なく、すべての感情がDT堂にコントロールされちゃうわ。せっかく、由結ちゃん、最愛ちゃんを守るために自分ひとりで行ったのに」
「ゼッタイにダメー! すぅちゃんを助けなきゃ」由結と最愛の悲鳴がユニゾンした。
「だけど......」彩未がずっと心の中にあった素朴な疑問を吐き出した。「私たち、たった4人で助けられるのですか? 向こうには大人がたくさんいるんでしょ? 警察に話したほうがいいんじゃないのかしら?」
「D堂は警察とも密接につながっているから、捜査が入るなんて情報はすぐに筒抜けになっちゃうよ。それで超音波装置を隠しておしまいね」
「だったら、なおさら私たちにすぅちゃんを助けられるのですか?」
「うん、手はあるわ。向こうにも味方がいるの。その人がすぅちゃん救出を助けてくれるはず」
 3人は一斉に真代を見た。「味方って、こっちのスパイがいるってことですか?」と最愛。
「そう。それにD堂も沖本先生もまだ気づいていない」
「誰なんですか、その味方って」と彩未が息せき切って尋ねると、真代は静かに口にした。
「中橋みなみさん」
 驚きのあまり、由結と最愛は声を上げることもできなかった。


注:この妄想小説はフィクションであり、登場する人物、団体等、名称は実在のものとは一切関係ありません。あくまでも”しゃれ”です。フィクションでもしゃれでもないのは「作者のBABYMETALとさくら学院への愛」です。